横浜基地を強襲したBETAの大軍団。その中より現れたのは変異種とも……いや、まさしく化け物と呼ぶに相応しい特徴を持った個体群であった。

 それらは決して、いきなり獲物を襲うようなことはせず、ただゆっくりと歩を進めるばかり。しかしそれも相対するものにとっては耐え難い恐怖である。理解不能なモンスターが自分に向かってじわじわと、追い詰めるかのようににじり寄って来るのだ。

 しかも……

 

『し―――――ロ―――――が―――――ネェェェェェェェェッッッ!!!』

 

 人間の顔を無理矢理縫いつけたようなパーツを持ったBETAたちは一様にその名を叫び、向かってくる障害物を全て蹴散らしながら確実にメインゲートへ歩を進めていく。

 この光景を目の当たりにした基地の衛士たちは皆、恐慌状態に陥って我先にと施設内部へ逃げ込んだ。恐らく今までと同じように戦えば倒せるはずの相手ということは彼らも頭で理解している。それでも彼らに引き金を引くことを躊躇わせるのは、敵の体の一部に人の顔面があるからだ。

 人間は同じ命でありながら牛や豚、鶏の肉を喰らい、道楽の一環として他の動物を狩り、さらにはその毛皮や骸を服飾や観賞に用いてきた。しかし人は同じ人の命を弄ぶことに抵抗を感じる(無論、例外は腐るほどあるが)。それは人類という――――自分と同じ形をしたものを傷つけることで、自身をも傷つけることを連想してしまうからだ。

 故に、生きた人面という盾を身に纏う事は対人類戦において少なからず効果的な戦術であると言わざるを得ない。いかにしてBETAがその発想に至り、それを実現したかはともかくとして。

 そして、

 

『ち、ちくしょう! どうなってんだ、こりゃ!?』

『あれは本当にBETAなのか!? HQ、解答を求む! HQ!』

 

 一度広がり始めた混乱は歯止めが利かない。完全に虚を突かれた横浜基地の衛士たちは瞬く間に恐慌状態に陥り、もはや収拾のつかないところまできてしまっていた。

 さらに勇猛なヴァルキリーズの面々にとっては、死んだはずの恩師が化けて出たようなものである。異形共が纏う生きた顔面が神宮司まりも軍曹のものであっては、隊長の任を預かるみちるさえ取り乱しても仕方あるまい。

 

「なんてこと……」

 

 発令所の香月夕呼もショックを受けていた。初歩的とはいえ陽動戦術を仕掛けることが可能な知能を持ち合わせていることは重々承知。しかしここまで高度かつ効果的な心理戦を実行してくるなど予測の範疇になかった。

 人間が抱く恐怖の概念を多少なりとも理解できていなければ……いや、理解不可能と判断されたBETAにこんなことが出来るはずがない。

 

「各部隊、後退を継続。支援砲撃も航空支援も完全に止まっています」

「ぬぅ……無理もないが、やらねばこちらがやられるのだ」

 

 後方の居る自分達に、現場に立つ者ほどの恐怖を感じることは出来まい。ラダビノットはそれが分かる人間であるが故に、自分の言葉では彼らの心を奮い立たせることは出来ないと知っていた。

 では一体誰がそれを為せるというのか。

 誰よりも速く戦場を駆け、

 如何なる苦境も恐れず、

 強かに戦い続ける兵(つわもの)……

 

『てめえら、なに呆けてやがるんだっっっ!!!』

「っ!?」

 

 はたと視線を動かせば、涼宮遥のインカムに向かって怒鳴りつける白銀武の姿。通信回線はオープンに設定されており、ヴァルキリーズどころか全ての部隊に彼の怒声が響き渡っていた。

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

[.絶対運命・陽

 

 

 メインゲートの前まで後退していたヴァルキリーズの十一人は、武の一喝に身を竦ませその動きを止めた。通信は全回線を使って送られており、今頃基地の全ての部隊が彼の声に驚いていることだろう。

 

『なんで逃げる! なんで目を背ける! あいつらが神宮司軍曹の顔と声を使ってるからか? それとも、まさかあれが本当に軍曹だなんて思ってんのか!?』

 

 あの声、そして顔は紛れもなく神宮司軍曹のものだった。彼女をよく知る者なら尚の事、思わないはずがなかった。

 

『あいつらは軍曹じゃないし、ましてや人間でもねえ。目ぇかっぽじって、よぉく見てみろ……あれは本当に人間か? 神宮司軍曹か? 俺たちの仲間か? そう見える奴が居るなら今すぐ名乗り出やがれっ!』

 

 言われて戦場に立つ兵士全員が気付いた。

 自分たちが、知らず知らずのうちに視線を前方以外の何処かしかに向けたまま戻そうとしていなかったことを。

 沈黙が流れ、誰も名乗り出ないことを確認したのか。武は再び口を開いた。

 

『軍曹でもなければ人間ですらない。じゃあ奴らはなんだ? 俺たちの家族を、恩師を、仲間を、恋人を食い殺した奴らはなんだ!?』

 

 その言葉を受けて一斉に、全ての戦術機が突撃砲を構え、あるいは長刀を抜き放つ。戦車部隊ならば初弾を装填して狙いを定め、航空部隊ならば搭載する全ての火器の安全装置を解除した。

 重厚な金属音がそこかしこから幾重にも重なって響き、無数のエンジンが甲高い唸りを上げる。それは即ち、戦意の現れだ。

 

『奴らは敵だ! 奴らは仇だ! 今も俺たちの大切なものを奪おうと足並み揃えて真っ直ぐ突っ込んできやがる……だったらやる事は一つだよな?』

 

 伊隅はふと、自分の指から震えが消えていることに気付いた。状況を確認する、などと言い訳をしながらここまで逃げてきたほど彼女は未知との遭遇に怯えていた。

 心の中では、真実を知る自分こそが先頭に立って戦わなければと思っていた。それでも、あの異形たちの前ではその決意も粉微塵に踏み潰されてしまってどうしようもなかったのだ。

 

『健闘を祈る! そして……死ぬな! 俺もすぐに行く!』

 

 そして自分の不知火が大破したままだというのに、彼はここに来るといった。自分も共に戦うのだと、声も高らかに宣言したのだ。きっとあいつのことだ、戦術機を確保できなかったら生身にライフル一丁でも飛び出してくるに違いない。

 

――――これ以上あいつにでかい顔をされては、隊長の面目丸潰れよ。

 

 部隊内の状況を確認する。十一機の不知火は全て戦闘態勢で伊隅の指示を待っていた。

 

「ヴァルキリーズ各機、これから正面に打って出る! 奴らに軍曹の死を踏み躙らせるわけにはいかん、覚悟はいいな……?」

『了解!』

 

 伊隅が声を張り上げ、残る十人がそれに応える。

 各々の顔には迷いも恐れもない。それぞれに為すべき事を為さんとする決意のみがその眼に宿っていた。

 

 

 

 

 インカムを涼宮中尉に返して、一息つく。

 今の俺にはこうやって叫ぶことしか出来なかった。まりもちゃんの顔を持ったBETAが湧いて出て、それから逃げる様に後退する仲間の姿を見たら頭がカッとなって……気付けば恥ずかしい大演説だ。

 

「白銀少尉、ありがとう」

「中尉?」

 

 インカムを付け直しながら涼宮中尉が言う。

 

「あのBETAを見たら頭真っ白になっちゃって、少尉がああやって言ってくれなかったらすぐには立ち直れなかったよ。水月も皆も、同じだと思う」

「そう言ってもらえると嬉しいッス」

 

 ともかくこれで精神的に負けることはないだろうけど、問題は敵の数だ。ほんの数分足らずで奴らはメインゲート前まで悠々とやってきて包囲網を固めつつある。こうなったら施設内への侵入も時間の問題だ。

 

「司令、充填封鎖を急がせてください。充填剤の硬化にはどれぐらい掛かりますか?」

「注入作業完了まであと10分、完全硬化に20分……。最低でも30分は必要だ。ここまで接近を許している以上、守り切れるか厳しいな」

 

 さっきの宣言もある以上、やっぱり俺が出るしかない……

 

「先生。整備班に言って機体を用意して下さい。この際、動くなら機種は何でもいい」

 

 陽炎だろうが激震だろうが、やってできないことはない。機体の不遇を理由に負けるなら、最初から衛士を名乗る資格なんか無いってもんだ。

 

「仕方ないわね。ピアティフ、空いている機体の確保を――――」

「副司令! 暗号回線に通信が!」

 

 暗号回線? ピアティフ中尉のコンソールを覗き込むと、そこには、

 

「つ、月詠中尉!?」

 

 通信ウィンドウには月詠さんにこれまたそっくりな女性の顔が映っている。違いがあるとすれば衛士強化装備の色が黒ってことぐらいで、本当に瓜二つなのだった。背景から見ても、月詠中尉のそっくりさんが衛士強化装備を着けていることからも戦術機のコックピットにいることは間違いない。

 

『私は公儀隠密“御庭番”の月詠真耶(まや)中尉だ』

 

 こ、公儀隠密ぅぅぅぅぅっ!?

 ってことはあれか、忍者か!? しかも御庭番ということは、かつて江戸城の警護を負かされていたという、あの伝説の忍軍……! 将軍家が健在とはいえ、まさかそこまで残っていたとは。

 

「城内省……いや、将軍直属の裏の精鋭。BETAの本州侵攻の折、全員討ち死にしたと聞いていたが?」

 

 ラダビノット司令、そんなことも知ってるんですか。

 

『今は斯様な無駄口を叩いている場合ではない……白銀武は何処に?』

 

 この人もすげえなぁ。司令相手にタメ口とは……っていうか、俺に用があるのか。

 

「俺が白銀です」

 

 とりあえず名乗ってみるけど、まさか俺を暗殺しに来たとかそんなんじゃねぇだろうな? いや、案外あり得るぞ。月詠中尉(真那さんの方)は紆余曲折を経て打ち解けたが、こっちはマジで俺をスパイ扱いしていていい機会だからドサクサに紛れてヤッちまおう的な……?

 

『用があるのは私ではない』

『久しぶりだな、白銀武。クーデターの一見以来か』

「よ、鎧衣課長!?」

 

 なんでアンタがこんなところに!?

 

『帝国の英雄たる白銀武少尉に殿下はどうしても褒美を取らせたいのだそうだ』

「褒美ですか?」

『うむ。そしてこの窮地に少尉が今最も必要としているものを貸し与えるよう仰られた』

 

 俺が今必要としているもの……それはBETAと戦うための力、戦術機だ。かといって、幾ら何でも真耶さん(面倒臭いのでこう呼ぶことにした)が乗っている機体をくれるって訳にはいかないだろう。

 それに不知火・弐式が大破して、代わりの機体を俺が探していることを殿下がどうして知っているのか……

 

『私の記憶が正しければ、横浜基地には斯衛の機体が一機残っていたはず。それを君が使えるようにするために、私は来たのだ』

 

 斯衛の機体……つまり武御雷のことだ。ここにある武御雷は五機、内四機は月詠中尉と三バカの機体で、きっと今頃は緊急出撃しているはずだ。そうなると残る一機は冥夜の為に搬入された、将軍専用機ってことになる。

 

「あ、あの専用機は生体認証システムが……」

『だから言っただろう。そのために私は来たのだ。我々は現在そちらから北東およそ五キロメートルの地点におります。基地司令殿、許可いただけますかな?』

 

 戦況を考えれば、申し出を受けないわけがない。

 

BETAの侵入を阻止するため、使用可能なゲートはメインゲートのみだ。すでに地上設備を放棄、封鎖している以上、ハンガーへ行く方法はそれしかない」

『了解。では施設内での誘導を頼みます』

「聞いての通りだ、少尉。君は今すぐA01専用ハンガーへ行き、搭乗準備を進めたまえ」

 

 これで戦える。俺も、戦えるんだ。

 

「了解っ!」

 

 

 発令所を飛び出していった武には見向きもせず、夕呼は別の決断を迫られていた。つまり、反応炉を停止させるか否かである。

 メインゲートでは残存部隊が善戦してくれているが敵の突破は時間の問題だ。

 武の『予言』ではBETAの狙いの半分はここの反応炉であることに間違いない(残り半分は言うまでもなく武だろう)。

 

(最下層の安全が確保されている今しかない、か……)

 

 セキュリティを見る限り施設内部にBETAは一匹も入り込んではいない。敵が雪崩れ込めば真っ先に最下層を目指すはずで、そうなれば戦術機で炉を破壊する以外に手段がなくなる。生身の人間ではBETAの群れを突破することは不可能だからだ。

 いや……BETAとの戦争が始まって以来、人間の独力で奴らを打ち負かしたことなど一度も無い。戦車や戦術機といった兵器に頼れば話は別だが、敵に己の姿を晒せば待っているのは間違いなく死だ。

 だからこそ今なのだ。反応炉の制御室は戦術機では入れないし、そこへ続く施設、通路も同様で人が歩いていく以外に辿り着く術は無い。

 

「司令、私は今から最下層に降ります」

「香月博士?」

「奴らの最大の目的はここの反応炉でエネルギーの補給を行なうこと。その供給を立てば持久戦に持ち込むことが出来ます。そして停止操作を行なうことが出来るのは、この場にいる私だけですわ」

 

 誰かが行かねばならない。

 死と隣り合わせの――――否、死が待ち受けるこの任務を果たさねばならない。その必要性と重要性も、ラダビノットも理解しているはずだ。

 

「ならん、ならんぞ博士! 第四計画責任者たるその身を、万一にも危険に晒すことは断じてならん!」

「ですが停止コードを知っているのは私だけ。私が行かなければ止めることは出来ません」

 

 その時、

 

「私が志願します!」

 

 席を立ち、そう叫んだのは涼宮遥だった。

 

「機器の操作には慣れていますし、失礼ですが文人出身の副司令よりも衛士訓練を受けていた私ならば早く制御室まで辿り着けます。停止コードを教えていただければ、何の問題も無いはずです」

 

 毅然としたその態度。

 合理的な判断。

 そして往くべき者が往き、残るべきものが残るという最善性。

 今までそれを徹してきた自分だけに、夕呼は苦虫を噛み潰したような思いだった。

 彼女を往かせてはならない。往かせればきっとどこからかBETAが湧いて出て彼女を喰い殺してしまうだろう。そんな可能性がありありと頭に浮かんでしまっては、迷うなという方が酷な話だ。

 

(白銀め……余計なことばかり喋って)

 

 情が移った自分が情けなくも、どこかほっとしている。返り血に塗れたこの身にも、まだ人間らしい感情が残っていたのだ。

 しかし、それもここまで。

 如何なる情もこの場で殺す。

 人類の勝利の為に……親友すら犠牲としたこの道を進むには、それしかない。

 間違いなく死ぬと分かっていても、送り出すしかないのだ。

 

「ピアティフ」

「はっ!」

「涼宮中尉に制御室での作業をレクチャーしなさい。五分以内よ」

「了解しました」

 

 一瞬呆然とする遥を、夕呼は叱咤する。

 

「ボサっとしてないで、準備しなさい。最下層にBETAの進入は確認されていないけど、それも時間が経てば分からない。なにより言い出した以上、失敗は許さないわよ」

「りょ、了解!」

 

 インカムからデータリンク機能を兼ね備えた衛士用のヘッドセットを装着し、遥はピアティフと共に確認作業に入った。その間に憲兵を呼び、彼女の護衛の旨を伝えておく。歩兵用のライフルではBETAに対抗できるかどうか危うい部分はあるが、最悪使い捨ての盾として機能すれば問題ない。

 そして遥の準備も整い、いざ出発となった矢先だった。

 

「これから出立か? やれやれ、ギリギリになったな」

 

 発令所の入り口に立つのは以前の男口調に戻ったアルフィ・ハーネット。

 

「あんた、今まで何処に……」

「弐式の修理だ。あとは跳躍推進ユニットだけだからな」

 

 その居姿は普段の士官制服とも作業用のツナギとも異なる衛士強化装備だった。何より目立つのは両腕のナックルガードで、下腕を完全に覆ってしまっている。さらに腰のアタッチメントにはショットガンと予備の弾薬、手に握るのは一振りの太刀だった。

 

「と、特尉。君はまさか……」

「通信機を借りるぞ。――――――白銀?」

 

 ラダビノットの問いかけも気にかけず、アルフィは出撃態勢の武へ通信を入れる。

 

「そっちはどうかしら?」

『プロテクトは解除して、今は着座調整してる最中です。地上には機材搬入用エレベーターの予備で出ます』

 

 地上設備は放棄されたため戦術機運搬用のメインエレベーターは停止している。彼が使おうとしているのは基地の裏手にある物資運搬のための小型昇降機だ。

 

「私はこれから涼宮中尉たちと最下層に降りる」

『はい』

「最後の確認よ。命令は?」

 

 しばしの沈黙。

 そして武は告げた。

 

『中尉を、お願いします』

「……分かったわ。上は任せるわよ」

『もちろんです。一匹だって行かせやしませんよ』

 

 女性の口調に戻ったのもここまで、通信を切ったアルフィは腰のショットガンと弾薬を外して遥へ放った。堅い木製のストックのそれは、M37と呼ばれる古いタイプのショットガンだった。

 

「え、え?」

「拳銃じゃあ役に立たん。それを使え」

 

 確かに拳銃の弾丸ではBETAを殺しきることは難しい。あの強靭な生命体を殺すには全身ごと粉砕するしかないのだ。それを言えばライフルとて同じことで、如何に貫通力に優れていてもBETAに対し有効打にはなり得ない。

 最も効果的なのは対戦車ロケットなどの重火器である。爆発の衝撃による完全な面制圧で丸ごと吹き飛ばせれば確実だが、生憎と基地施設の通路は狭く、こういった兵器を運用するに向いていない。

 しかしアルフィの言動は、まるで行く先にBETAが待ち構えているかのようである。セキュリティに異常はないのだが……

 ともかく一行は出発した。時間は一分一秒も惜しいのだ。

 最後に、発令所を出るアルフィはこうはき捨てた。

 

「奴らは狡猾な知能の持ち主だ。上のあれさえも陽動、ということは在り得る」

 

 陽動……その言葉に夕呼が反応しないわけが無かった。すぐさまオペレーターの一人に地上で確認されているBETAをタイプごとに分析させる。結果は五分と待たずに出た。

 

「なんてこと」

 

 地上に出現しているのは主に大型種だが、これは特に問題ではない。重要なのは小型種だ。確認されている小型種は戦車級が1000体程度で、戦闘の規模から判断してあまりに少なすぎた。

 何より、対人戦闘に特化した兵士級や闘士級がまったく見られない。

 

「まさか――――――――」

 

 

 

 

 網膜投影される機体の状態を再確認する。

 Type00F『武御雷』。

 背部兵装・未搭載。

 右主兵装・未搭載。

 左主兵装・未搭載。

 主機出力は良好。管制システム『XM3』に異常なし。

 

『どうかね、行けるか? 白銀少尉』

「ええ、ばっちりです。最高の機体ですよ、こいつは」

 

 通信ウィンドウの向こうでにやりと笑う鎧衣課長に俺はそう答えた。

 この将軍専用の武御雷に搭載されている生体認証システム。それを解除したのは鎧衣課長が持ってきた『鍵』だった。それは本土が戦場となり、搭乗資格を持つ者が何某かの理由で已む無く他の者に機体を譲るための……最後の『鍵』。

 物自体、見た目は只の指輪だけど鎧衣課長曰く「特殊な電磁処理が施されている」らしい。機体側頭部のメンテナンスハッチからシステムにアクセスして、指輪のデータを読み込ませると認証は解除できた。

 最もこの指輪、『殿下の殿方』になる人物に託される予定だったとか。そんな話をされても困るんだけどなぁ。

 

「ところで、一つ聞いてもいいですか?」

『なにかね』

「隣の武御雷って、もしかして」

 

 そう、俺の隣のハンガーには黒に塗装された武御雷が固定されて推進剤や弾薬の補給の真っ最中。

 いやそもそも、俺がハンガーに来た数分後には課長達が到着していた。殆どタッチの差と言ってもいい。いくら戦術機でもどうやったって五キロメートルの距離を一瞬で移動することは不可能なはずなんだが。

 

『かつてあれと同じ黒塗りの戦術機があったのだよ。影より殿下の御身を御守りする為の十二人の“御庭番”さ。代々選ばれた衛士たちが駆る漆黒の機体は時代の流れと共に激震、陽炎、不知火と姿を変え……』

「武御雷になった?」

『いや……』

 

 鎧衣課長は首を振った。そういえばさっき基地司令も、本州侵攻の時に全滅したとか言ってたっけ。

 

『月詠――――混同するから真耶中尉と呼ぼうか。彼女は“御庭番”最後の生き残りなのさ。京から関東へお移りになる帝のため、護衛として中尉を残して残る十一人は討ち果て、その跡を継いだ』

 

 そんなことがあったのか……

 

『だから黒塗りの武御雷は一機のみ。真耶中尉のためだけに与えられた隠密の証なのだよ。―――――横道に逸れたな、これからどうするかね?』

 

 言われるまでも無い。反応炉は涼宮中尉たちに任せるしかない以上、俺の戦場は地上……メインゲートだ。テンション上げたからって何とかなる状況じゃないはずだし、それに礼を言わなきゃならない人が二人も居る。

 

「上へ行きます。下はまだ安全なはずですから」

『では彼らも連れて行ってあげたまえ』

「彼ら?」

『先程から舞台の袖で出番はまだか、と待ち構えている』

 

 言われて格納庫の反対側へ視線を飛ばすと、そこには帝国軍を示すグレーのカラーリングの不知火が二機。

 そして開いた通信ウィンドウを見た瞬間、俺は本気で驚く羽目になった。

 

 

 

 

 最下層へ向かう貨物エレベータは重低音を繰り返しながら下降を続けている。もう二、三分で到着するはずだったが、乗る四人の表情は一様に無表情だ。

 その中で遥はエレベータに乗る直前に副司令から届いた通信で、聴かされた言葉を反芻していた。

 

『反応炉を停止させるには最下層の制御室のメインコンソールから、三つのパスコードを入力してセキュリティを解除する必要があるわ。必要な手順を踏めば自動的に炉の循環機能を止めるための静止弁が打ち込まれて、反応炉は停止するはずよ。

 もし失敗すれば、迎撃で手一杯のヴァルキリーズから破壊工作チームを抽出するしかない。そうなればやっと拮抗した戦線は必然的に崩壊して私達は破滅する。何としてでも止めるのよ、涼宮』

 

 次は無い。誰かがフォローしてくれるわけも無い。為すか死ぬかの最前線に自分はこうして立っているのだと思うと、体が震えて堪らなかった。

 『不幸な事故』で仲間と共に戦う術を失った彼女にとって、後方での情報管制という任務は最大の妥協点であると同時に最大の屈辱でもあった。総合戦技演習に合格したものの、負傷によって失った両脚は擬似生体で補ってもなお遥の戦術機搭乗適性を著しく低下させた。

 もちろん今の任務には誇りと覚悟を以って当たっている。前か後ろかという違いだけで、その重要性はなんら変わりない。だからこれは夢だ。水月や茜と共に肩を並べて戦う、という昔から見ていた淡い夢に過ぎない。

 しかしその夢は、実現と共に遥を恐怖のどん底へと突き落とした。

 BETAとの遭遇戦。

 その可能性が脳裏を過ぎった瞬間、遥は自身の無力さを思い知った。

 情報管制を行う彼女もBETAの各個体が持つ特徴・能力は十分把握している。だからこそ生身の自分が、戦術機ではまず相手にされない対人戦型BETAにさえ勝てる要素が無いという事実に気付くまでほんの数秒で十分だった。

 

 ガコン、と音がしてエレベータが停止した。

 自動でハッチが開いていき、ターミナルがその姿を現す。そこにあの恐ろしい敵の姿は無い。

 

「ふぅ……」

 

 遥は安心のあまり息を漏らした。いきなり小型種に襲われて任務失敗という結末は避けられたわけだ。すでにここは最下層で、あとはそれなりに入り組んだ通路を抜ければ制御室に着く。HQからもBETA侵入の報告は無く、とりあえずは問題なし―――――

 そう思って一歩踏み出そうとした遥を、

 

「待て」

 

 アルフィ・ハーネットは制止した。

 

「特尉?」

「全員、耳を澄ませろ。前方……そう、ゲートの隔壁の向こうだ」

 

 言われるがままに遥、そして護衛として同行したフランクリン、ウィリアム両伍長も聴覚を前方へ集中させる。

 しん、と静寂が彼らを包み―――――

 

『!?』

 

 聞こえるではないか。

 沈黙の中からひた、ひた、と何かの足音が、あまりの小ささに聞き逃してしまうかもしれないぐらいだが……それでも確かに何者かの気配がそこにはある。

 もはや是非を問うまでもない、遥は確信した。

 

 すでにここは、BETAの巣だ―――――!

 

「そう息むな、中尉」

 

 隣に立つアルフィに肩を叩かれ、遥は気付いた。

 

「まだ隔壁は破られていない。向こうもこっちには気付いているだろうが、あれを抉じ開けるだけの頭数はまだ揃っていないようだ」

 

 けれどそれは、逆に言えばいずれは突破されることを意味する。そして後退したところで作戦は成功しないし、何より逃げ切れる保証は無い。

 かといってBETAを倒しながら制御室を目指すというのも現実的ではなかった。たった四人の歩兵の攻撃力などで倒せるBETAの数など高が知れている。

 

「逃げるか、涼宮? 並の人間ならば逃げて当然の状況だぞ?」

 

 けれどそんなシチュエーション、どう転んだところで最後に待っているのは無残な死だ。細切れの肉片と化してBETAの餌になる。

 前へ進もうと、

 後ろへ下がろうと、

 結果が同じだというのなら……

 

「行きましょう、特尉。私達はそのためにここへ来たのですから」

 

 死力を尽くして任務に当たり、

 生ある限り最善を尽くし、

 決して犬死しない。

 

「それが、イスミ・ヴァルキリーズです」

 

 特尉が今度は思い切り遥の肩を叩く。

 満面の笑みを浮かべて、爽快な笑い声を響かせる。

 

「フランク、ウィル。我らが戦乙女はこの窮地をまったく恐れていないぞ……どうする?」

 

 二人は迷うことなく踵を鳴らして揃えると声も高らかに叫んだ。

 

「自分達は最後までお供します!」

「例え地獄……いえ、冥府の果てまでも!」

 

 ガコン、と分厚い金属の壁に凹みと歪みが生まれた。ついにBETAたちが侵入者達を迎撃せんと動き始めたのだ。もはや隔壁もいつまで持ち堪えられるか。

 

「フォーメイションだ」

 

 静かにアルフィが告げる。眼前では化け物が徒党を組んで前進しようとひしめき合っているのに、その声はとても静かだ。

 

「涼宮中尉はセンター、ただ最短距離で目標へ辿り着くことだけを考えろ。ルートの指定は君が行なえ」

 

 こくり、と遥が頷く。

 

「伍長どもは中尉を死守せよ。道は私が拓くが、彼女に毛ほどの傷でも付けてみろ。どでかい大砲にG弾と一緒に詰め込んで大陸のど真ん中までブッ飛ばしてやる」

Yes, sir!』

 

 びしり、と敬礼する伍長たちに「私はサーじゃないぞ」と毒づくアルフィへ、遥は尋ねた。特尉はどこのポジションなのか、と。

 

「私か? 私は決まっている。この場でもっとも過酷で、残虐で、非道で、絶望的で――――――もっとも素晴らしい」

 

 言いながら、もはや隔壁を抉じ開けて侵入を始めた小型種たちへアルフィは歩を進めていく。その口元は吊り上り、不気味とも思える笑みを作り出していた。

 歩きながら刃を鳴らして携えていた太刀を抜き放つ。白銀の光が薄暗いターミナルに煌めいて消えていく。

 

「化け物相手の一騎駆けよ」

 

 

 

 

『ヴィクター3、前に出すぎだ! ヴィクター3!』

『弾幕だ、弾幕を張れ! 動ける高射砲は第二滑走路へ向けろ!』

『正面はヴァルキリーズの取り分だ! チーム・レイピアはトマホークと合流してBゲートに行け!』

 

 炸裂する砲弾。

 砕ける甲殻。

 飛び散る肉片。

 土壇場からの迎撃はすでに敵味方入り乱れる乱戦の様相を呈していた。戦闘再開からすでに二十分が経過し、全部隊が死力を尽くす中で状況は五分五分のところまで何とか漕ぎ着けた。

 だが時間が経てば経つほど形勢は人類側に不利になる。BETAと比較してより限りある兵器、物資、人員で戦わねばならない以上、拮抗したところで大したアドバンテージとは言えない。

 それでも戦い続けられるのは、眼前から迫り来る恐怖とそれに立ち向かおうとする意思があるからに他ならない。

 死にたくない、生きたい。

 死への抵抗は即ち敵への反抗であり、闘争の原点である。

 そのシンプルで確かな感情が兵士達を猛然と突き動かし、雪崩れ込もうとするBETAをかろうじてではあるが押し返すに至った。

 

B小隊、一度下がって補給するわよ!』

「了解!」

 

 水月の指示に従い、冥夜は彩峰と共にメインゲート内まで機体を正面に向けたまま逆噴射で一気に後退する。機体を反転させる暇を惜しんでの荒業だ。ゲート内のターミナルで事前に運び込まれていた補給コンテナから推進剤の供給ケーブルを引きずり出して機体に接続した。

 これで冥夜たちB小隊の補給は三回目だ。AC小隊はまだ一回も補給していないにも拘らずこの回数は異常だが、消耗が激しいのには訳がある。

 ヴァルキリーズのA小隊とC小隊はそれぞれ、メインゲートの左右に張り付いて敵の迎撃を行なっている。それに対してB小隊はメインゲートから扇状に設定された正面を広範囲にカバーしている。途中から緊急出撃した第19独立警備小隊の武御雷四機が加わったことである程度楽にはなったが、それでも他の部隊のフォローに廻るなど戦闘量は他の二小隊に比べて非常に多い。

 

HQよりヴァルキリーズ。反応炉停止に向かった工作チームが中隊規模の小型BETAと遭遇した。チームは消息不明』

『お、お姉ちゃんが!?』

 

 驚きの声を上げる茜だが無理もない。生身の人間がBETAに抗う術は殆どないのだから……地下の反応炉からエネルギー補給を行なうことがBETAの目的であり、遥がその反応炉を停止させるために最下層へ向かったことは事前に聞かされていた。

 

『おねえ、ちゃん……』

『茜! なに呆けてんの、しっかりしなさい!』

 

 水月の怒声が飛ぶが、放心状態の茜には届いていない。

 

『嫌……うそだよ、そんな……おねえちゃん……』

 

 完全に動きを止めた茜の不知火に複数の要撃級が迫る。助けに行きたい水月だが、補給中の機体から接続したケーブルを排除する時間も無い。すでに要撃級の一体は茜を間合いに捉えていた。胴体に生えた人面が、右だけ肥大化した眼球を向けて獲物を見やる。

 

『茜さんは、やらせんっ!!!』

 

 気合一閃、不知火の胸部を穿つはずだったBETAの右腕は胴体諸共、真っ二つに切り裂かれていた。さらに横へ凪ぐ暴風の如き二撃目に、獲物へ群がろうとしていた残りの要撃級たちの衝角が次々に砕かれる。

 彼女の不知火を庇うように現れたのは、灰色に染められた同じ不知火だった。その右手が振るうのは長刀ではなく戦術機と同じ丈もある剛槍である。

 

『はっはっは! 茜さん、この俺が来たからにはもう安心! 奴らの好き勝手にはさせやしません!』

『――――――――ご、剛田クン?』

 

 茜が間の抜けた――――もとい呆気に取られた表情を浮かべてその名を呼ぶ。

 忘れ去られた英雄。

 抹消された豪傑。

 最強の熱血漢。

 かつて帝国陸軍に斯く在りきと歌われた剛田城二その人である。

 

『先走りすぎだ、剛田少尉。無茶が過ぎるぞ』

 

 新手の敵戦力へ迫る突撃級を背後から36ミリ砲の斉射で押さえ、もう一機不知火が現れる。こちらも剛田機と同じく灰色の帝国軍カラーだ。

 

『な、アンタ……』

「中尉?」

 

 その衛士の声を聞いた瞬間、水月の表情が一変した。

 声が掠れている。

 肩が震えている。

 溢れ出す感情を堪えるのが精一杯といったところだろうか。

 

『孝之!? 孝之なの!?』

『へへっ……貸した昼飯代をたかりに、地獄の底から帰ってきたぜ』

 

 冥夜たち新人組は二人の間にある事情を知らないだろう。

 しかし水月と少なからず付き合いのある他の面々は彼の孝之なる男が彼女と、そして遥の想い人であることを察することが出来た。二年前、本州奪回のための明星作戦において戦死した……もはや再会さえ叶わぬ男なのだ。

 

『今まで一体何処で』

『積もる話は後だ。今はこいつらを掃除することが先決さ』

 

 突撃砲を左手に持ち替え、右手に長刀を構えさせる孝之は悠々と包囲を始めたBETAたちへ向き直る。

 その彼へ、みちるがその戦意を問うた。

 

『私がA01中隊を預かる伊隅みちる大尉だ』

『旧沙霧中隊所属……鳴海孝之中尉および剛田城二少尉、これよりそちらの指揮下に入り任務の遂行に全力で臨む所存であります』

 

 沙霧中隊。

 先の甲21号作戦において沙霧大尉が率い、佐渡島と共にその姿を消した部隊の俗称である。

 

『―――――了解した、協力に感謝する。剛田少尉は涼宮少尉と共にメインゲート内まで後退、鳴海中尉は開いた穴をカバーしろ!』

『了解』

『了解!』

 

 感動の再会も束の間のことで、すぐさま戦闘に埋没する彼らはやはりプロフェッショナルであった。

 

『水月』

 

 突撃砲のトリガーを引きながら孝之が水月を呼ぶ。彼女はすでに別の部隊のフォローのために戦列を離れようとしていた。

 

『遥なら大丈夫だ』

『だといいけど』

『白銀少尉だったっけ? 彼が迎えに行った』

『ふふっ……尚のこと心配だわ』

 

 あいつのことだ。仲間を、遥を助けるためなら最下層を丸ごと吹き飛ばすぐらいやりかねない。

 

『信じなきゃ駄目だろうが。天才衛士なんだろ、彼』

『分かってるわよ。バカ』

 

 

 

 

 返り血で溢れかえる通路を抜けてT字路を左へ曲がり、四人は全速力で駆け抜けていく。チームの左右を守るウィリアムとフランクリンはライフルの弾層を交換しながら後方を警戒し、前衛を務めるアルフィは刀を振って血を拭い一度鞘に収めつつ速度は一定を保ったまま。

 そして遥は網膜投影された最下層のマップデータだけを頼りに制御室への道を探している。とっくにデータリンクは不通になっており(恐らくBETAが中継器を破壊したのだろう)、事前にダウンロードしたデータが命綱だ。

 

「次の十字路を右です!」

 

 そこから先は真っ直ぐに一本道だ。すでに反応炉のある機密セクターには到達しているので、後は脇目も振らず突き進めば制御室に到着できるはず。

 そう……突き進むことができれば、の話だ。

 貨物エレベータから制御室まで最短ならば15分の距離。しかしすでに同じ15分が経過してなお辿り着けないのは、途中で数回に渡って交戦したBETAのためだ。正直、遥には何が起こったのかよく分からない。敵の真っ只中を突っ切る間に、斬り捨てられた兵士級や闘士級のBETAの死骸を見たぐらいだ。

 

「後は、直進だな? 脚は大丈夫か?」

「当然です……私だって、ヴァルキリーズの一員です、から」

 

 そう答える遥の息はとっくに上がっている。

 移植した擬似生体との同調性は問題ないレベルだったが、極限状態で酷使すれば生身とのズレが生じるのは必然だった。そしてそのズレを補って無理を続ければ体力を激しく消耗する羽目になる。

 例え戦術機搭乗訓練を受けるに必要な身体能力を体得した彼女でも、その負担は決して軽いものではない。ましてここまで幾度もBETAと直接交戦を繰り返してきたのだ、精神的にも肉体的にもそろそろ辛いはずだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 最後の直線三百メートル余りは呆気なく通り抜けることが出来た。連中が何処から入り込んだかは分からないが、この辺りはまだ押さえられていないと信じたいところである。

 

「中尉、作業を始めてくれ。ウィルとフランクは入り口を固めろ」

 

 制御室の中、二人の憲兵はドアの外で歩哨に立つ。制御室のコントロールパネルを操作しながら遥はふと、アルフィが二人を愛称で呼ぶことに気付いた。

 

「特尉は、伍長たちと仲がいいんですね」

 

 そんな突然の質問にアルフィはそんなことか、と鼻を鳴らした。

 

「フランクとは同じ子持ちでね、親同士で馬が合う。ウィルは今度基地の女性整備士と結婚するらしくて、三人揃って勉強会って奴だよ」

「そういえば特尉はお子さんが……女の子ですか?」

「うん? ああ、人見知りする子でね。私と夫以外に中々懐かない。久しく会っていないな……電話ぐらいじゃ物足りなくて困る」

 

 電子音が鳴って最初のロックが解除された。

 

「ご亭主も、衛士なんですか?」

「ちょっと違うが、まあ似たようなものか。今時珍しい純真さと男前を兼ね備えた……」

「まるで白銀少尉みたい」

「あんな子供と一緒にするな。いいか、夫というのは常に妻を敬愛し――――」

 

 二つ目のロックが外れ、部屋の外から蒸気音が聞こえてくる。

 

「その想いが横にぶれぬよう、強い意思と愛を持っているべきだ。トウヤの場合……ああ、私の亭主なんだが、とにかくまさにそれを体現した素晴らしい男性なのだぞ? あんな尻の青い猿とは次元が違う、次元が」

「もしかして、年下なんですか? ご亭主」

「う、うむ……まあ、その……年下か」

 

 三つ目のロックを解除。静止弁が稼動して炉が完全に停止する。

 

「止まったな」

「はい。問題ありません」

「よし、すぐに脱出―――――!?」

 

 外から形振り構わぬ悲鳴と助けを呼ぶ声。それも一瞬の内に途切れて辺りはぴたと静まり返った。いや、不気味なほどにはっきりと……クチャクチャという何かの咀嚼音だけが聞こえてくる。

 

(ウィル、フランク……)

 

 恐らくもう肉片と化した友たちに詫びる。認めたくはないが油断していたのだ。制御室にさえ辿り着けばどうとでもなる、生きて帰れるものだと思い込んでしまっていた。それが敵の奇襲という可能性を頭のうちから締め出していたのだ。

 

「涼宮、ショットガンを貸せ」

「は、はい」

 

 受け取ったショットガン―――――M37を真っ直ぐに正面の窓へ向けた。制御室は反応炉を一望できる位置にあり、その窓は広く大きく取られていた。

 

「窓から跳ぶ。掴まっていろ」

「え?……は、はいっ!」

 

 銃のチェンバーから装填されていた散弾を抜き、代わりに腰のポーチから取り出した徹甲弾を込める。先述の窓は反応炉の暴走に備えて強力な複合強化ガラスを使っているので、そんな弾丸を使わなければ破壊できないのだ。

 制御室は外のホールの床からおよそ40メートル弱の高さにある。飛び降りれば着地もままならず即死してしまうほどだが、二人ともそこ以外に逃げ道がないことを悟っていた。

 BETAは空が飛べない。

 この高度から生じる着地の衝撃。

 リスクとは到底言えない可能性を孕むが、賭けるならばそれしかない。

 

「いくぞっ!」

 

 銃声。

 一発目……ガラスは敗れない。

 再装填から二発目……貫通はしたが、波状のヒビが入っただけで粉砕できず。

 そして三発目を再装填したところで背後から、今度は金属の悲鳴が聞こえてきた。BETAがついに制御室へ踏み込もうとしているのだ。アルフィとて遥というお荷物を抱えたまま奴らと切り結べば無事では済まない。

 

「シィィィィィッ!」

 

 彼女の決断は早かった。

 もはやトリガーを引く暇もないと見るやそのまま助走をつけて跳躍。その鋭く突き出された右脚がバリバリと強化ガラスを食い破った。

 

「き――――きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

 遥が悲鳴を上げる。

 BETAへの恐怖ではなく、純粋な高さと宙に放り出された無重力感から来る落下への恐怖だ。

 驚くべきことにガラスを突き破ってなお、二人は宙を横に近い放物線を描いて飛翔していた。大人二人分の重量を鑑みても、アルフィの脚力は尋常ではない。

 かくて脱出に成功したかに見えた二人だが、最大最後の難関が残っている。結局、着地の問題は解決のしようもなく、残された道はどちらかをクッションにして一人が生き延びるだけだ。

 

『の、のわぁぁぁああぁぁああぁああぁぁぁぁっっっ!!!』

 

 なんともバカっぽい叫び声が聞こえたと思った瞬間、アルフィと遥は巨大な機械の掌の中に納まっていた。強かに額を装甲にぶつけてしまったために二人とも涙目である。

 

『迎えに来ましたよ。特尉は無茶やりそうだから、必要だろうと思って。いやまあ、いきなり宙に飛び出してたんで驚きましたけど!?』

 

 二人が見上げれば、そこには紫に染め上げられた装甲を纏う武御雷の貌がある。そして声の主は聞き間違えるはずもなく、白銀武だった。

 

「ふん……なら早く中尉を連れて上へ戻りなさい」

『特尉は、どうする気ですか?』

「奴らを食い止める」

 

 くい、と顎で示した先―――――破られた外壁から溢れ出る小型種の群れが凄い速さでフロアに広がっていき、現れた鋼の巨人を取り囲みつつある。敵の数は百を超えており、それをアルフィはたった一人で迎え撃つと言うのだ。

 だがここで食い止めなければ基地施設は小型種に下から一気に制圧されてしまうだろう。そして地上で大型種の猛攻が続く以上、武に最下層で雑魚を

掃討させるのは得策ではない。

 いや、この上下同時襲撃こそがBETAの本命に違いない。武が上を護れば下から小型種が施設内部を破壊し、下を護れば大型種が機甲戦力を蹂躙してゲートから雪崩れ込む。敵が戦力を二分した時点で、人類側も戦力を分散せざるを得なかったのだ。

 しかし場に伏せられたカードは後一枚だけ残っている。

 

『……弐式の修理は残ってますよ?』

「ちゃんと後で仕上げるわよ」

 

 着地した戦術機の全高はおよそ20メートル弱。マニピュレーターの位置ならば15、6メートルほどの高さになる。これならば問題なかったのか、アルフィは躊躇なく飛び降りていった。

 武御雷が一歩、二歩と後退する間に遥はそのコックピットへ乗り移っていた。最大戦速で飛行する戦術機のGを機体の外で受ければ木の葉のように揺り落とされてしまうだろう。

 武が離脱した瞬間、兵士級、闘士級のBETAが一斉に動き出した。そしてアルフィはその只中へ単身飛び込んでいく。彼女が手にするのは刀一本。

 

 どう足掻いても、勝機などあるはずもない……

 

 

 

 

 軍服に袖を通しながら発令所へ向かう通路を歩くのは鑑純夏だ。その傍らで彼女の早足に必死に追いつこうと歩く社霞は息も絶え絶えである。

 反応炉が停止した瞬間、純夏は目覚めた。ODLの浄化処置を行なっていた純夏だったがそれも反応炉が動いていればの話で、それが停止した以上は処置を中断するしかない。

 もっともこんなこと、二人にしてみればすでに何万回と繰り返された事でとっくの昔に慣れている。いきなり反応炉が停止することも、武が武御雷に乗って出撃したことも……純夏と霞には分かりきっていた。

 この世界は、決して三回目などではない。

 武の言う二回目の世界でさえ、数え切れないほどのループの果てにあったのだ。今ここで観測するものがそのすぐ次であるわけがなかった。

 武が初めてオリジナルハイヴを破壊し、生還してから延べ百万回目。

 それが今ここに至るまでの道程である。

 

「白銀さんは、大丈夫でしょうか」

 

 霞が目を伏せ、心配そうに呟く。

 

「んー、たぶん大丈夫だよ。いきなり上からG弾が落ちてこなければ」

 

 二人の記憶に寄れば、この篭城戦を好機と判断したオルタネイティヴ5の連中が横浜基地にG弾を落としたことも多々あった。大体、三千回ぐらいだろうか……百万回も繰り返していれば記憶も曖昧になってくる。

 

「でも涼宮中尉は……」

「それはきっと大丈夫。今回は助っ人が居るし」

 

 これまで繰り返して、ようやく現れたイレギュラー。

 果たしてこれが初登場なのか、それとも最初から居ながら今まで姿を見せなかっただけなのか。いずれにせよアルフィ・ハーネットという人物は突如として出現した異端の存在なのである。

 しかしこれで、すべてのピースが揃った。

 

「涼宮中尉を助けるためには、生身でBETAと戦える人が必要でした」

 

 武の願い――――『仲間の救出と生存』――――にはそれが不可欠だった。武ではどう足掻いても篭城戦中に涼宮中尉を助けに行くことは不可能だった。ヴァルキリーズのエースであるが故に、戦術機以外の兵器を扱う戦闘に参加できなかったのである。

 仮に彼女の窮地にはせ参じたとしても、一緒にBETAに首を引き抜かれるのがオチだった。それは純夏も霞も十回ぐらいはあった結末だと記憶している。

 

「これでやっと終わりかなぁ? 今回は今までと全然違う流れになってるからね、きっと終わりだよね?」

「だと、いいですね」

 

 仲間のために、最後まで戦い続ける。

 それが再構成された『元の世界』に戻る直前の武が発した最後の願い。皮肉にもその願いが彼の運命を本当に分割してしまった。

 片方は諦め、全てを受け入れた彼が『元の世界』へ戻る運命。

 もう片方は諦めきれず、自らの意思で闘争の無限螺旋へ飛び込む運命。

 

 武の後を追った霞もまたその存在を分割された。

 『元の世界』で生まれ変わった武や純夏たちと共に暮らす霞。

 無限螺旋の中で武を助け、願いの成就を祈り続ける霞。

 

 純夏はすべての平行宇宙と接続する量子電導脳を持つため、00ユニットになる度に記憶の統合が行なわれ、結果的にループを体験することとなった。

 ループも百回を越えると武が平行世界から理論を回収せずとも、全ての情報を得た霞の記憶を基に00ユニットを完成させる事が可能になっていた。生来知性に優れ、記憶力も長けていた霞だからこそ成せる業であった。

 武が帝国技術廠への派遣から戻った時点で00ユニットが起動し、純夏として彼を出迎えたのはこういう背景があったからである。

 そんなアドバンテージも結末に近づけば殆ど意味を成さない。ここから先は文字通りの運次第だった。

 

「タケルちゃんが勝つか、世界が勝つか……」

「白銀さんが勝つためにも、私達ができることをすべきです」

「もちろん、そのつもりだよ」

 

 小さくガッツポーズを作り、純夏が霞に微笑む。

 二人は手を繋ぎ、発令所の扉をくぐった。

 

「社、それに……鑑?」

 

 最初に気付いた夕呼が振り返り、そして得心して頷いた。

 

「反応炉が止まって浄化処置が中断されたのね。それで、何の用?」

 

 忙しいんだけど、と暗に示す夕呼へ純夏は告げた。

 

「神宮司先生のことで、分かったことがあります」

「!?」

 

 それは今、この場に居る誰しもが知りたいと思う事柄であった。

 甲21号作戦で得られたリーディングデータの解析は完了していない。だがそれはあくまで夕呼たちにデータベースに記録された物の話であり、データを直接収集した00ユニットである純夏ならばその中から目的の資料だけを抜き出すことは決して不可能ではなかった。

 純夏自身も、人類のBETA化に関する情報に触れるのは今回が初めてだった。総合演習時のまりもの一件を知って、その上で佐渡島ハイヴに接触したことで得られたデータだった。逆に言えば、彼女だけは知っていたのだ。

 今日、この日……奴らがまりもを模した個体を使って強襲を掛けて来る事を。

 

「鑑、率直に聞くわ。あれは何?」

 

 今も友軍の戦術機に襲い掛かり、あるいは倒されるBETAの多くはあの生きた人面を持っていた。武の叱咤によって正気を取り戻したことで現場の兵士達は戦闘に復帰したが、問題はそれだけではない。

 もしBETAが人類に対し、より積極的な戦略を仕掛けてくるのなら……

 

「教えなさい。あれは何なの?」

「あれは……」

 

 もはや一刻の猶予もないのだ。

 

「神宮司先生のDNAデータを基に造り出された、恐らく対人類用の試作兵器です」

「やはり……」

 

 疑いようもなかった。あれはまりもの顔であり、声である……ではどこで奴らは彼女のDNAを得たのだ?

 

「まさか、総合演習の!?」

「はい。あれは、BETA化した神宮司先生の体からここの反応炉が取得、オリジナルハイヴへ送信したものです」

 

 あの時、演出されたBETA奇襲を見事に退けた武を出迎え、まりもは兵士級BETAに襲われ片腕を失い――――――そして同時にBETAの細胞の一部が傷口から彼女の体内へ侵入していたのだ。

 細胞は体内で特殊な信号を発し、まりもの体を徐々に作り変えていった。組織を変質させ、人間のものとは異なる器官を形成し、ゆっくりと彼女を蝕んだ。

 

「体内である程度増殖、変質が進んだBETAの組織や器官の中に反応炉と情報を交換するためのものがありました。そこから反応炉は神宮司先生の遺伝子情報などを得たのだと思います。あと少し、息を引き取るのが遅ければ全身を構成するに十分な情報量が転送されていたはずです」

 

 もしかしたらBETAが人類を……まりもを生産し、それを斥候などの戦力として送り込んでいたかもしれない。武の英断が、その最悪の事態を防いでいたのだ。

 

「でも鑑、何故BETAはまりもの……失礼、神宮司軍曹を模した個体が人類に有効だと判断したのよ?」

「はい。その理由は……香月先生もよく知っていると思います」

「―――――白銀ね」

「でもそれは、全部私の所為なんです」

 

 俯き、純夏が泣きそうな顔で……それでも声は平静を保っていた。

 

「ここの反応炉は、浄化処置中の量子電導脳からあらゆる情報を観測してオリジナルハイヴへ送っていました。その中に、神宮司先生との記憶も……」

「そして、白銀との関連性を発見した」

「たぶんそうです」

 

 いや、そうに違いない。

 他に人類からの情報提供源など存在しない以上、そうでなければならないのだ。

 正直、こんなことは途方もない数のループを繰り返してきた純夏と霞も経験のないことだった。そもそもBETAの細胞が生きた人間の体内で残存する可能性はあまりに低く、今回のようにBETA化に至る事など在り得ない。奴らの人体実験を直に受けた純夏だからこそ分かる。奴らが兵士級の個体を生産する際、使うのは必ず人間の死体なのだ。

 各国の軍などではBETAの肉片や体液が人体に悪影響を及ぼすことを懸念して、それらに接触した人間には徹底した消毒処置が行われるのが通例だ。それはあくまで衛生面の問題であり、未確認の病原菌などの感染や繁殖を恐れてのものだと言われている。

 だからか、BETA化する人間など一人も居なかった。しかしそれは、多くが生存者であり、残された死体は変化が起こる前にBETAに踏み潰されるなどして跡形もなく砕け散っているからかもしれない。

 少なくとも、BETAの細胞や体液は生きた人体内ではその効果を発揮できないようなのだ。様々な副作用(例えば媚薬のようなもの)は得られても、本来の目的である個体を構成する組織の変化には至らなかった。

 まりもにその変化が起こったのは、片腕の損失とそれに伴う大量の出血で一時的にせよ生命反応が低下していたからだ。限りなく死んだ状態に近づいた彼女の体内でBETAの細胞片は活性化し、再び肉体の生命活動が活発になった時点でもはや取り返しのつかないレベルまで到達してしまっていた。

 そして、あの悲劇……

 純夏が最後まで語らずとも、天才を自称する夕呼の頭脳はすでにそれだけの結論を得ていた。なんという皮肉、なんという流転だろう……そして惨劇の起点となった自分は全てを武に投げ打ってしまったのだ。

 

「鑑、ありがとう」

「先生?」

 

 普段の彼女とは違う、打って変わった優しい声で純夏に語りかける。

 

「しばらく休みなさい。もう本格的な浄化処理が出来ない以上、意識を保持するだけでもかなりの負担になるわ。最終決戦まで時間はあるもの」

「先生……」

「社と部屋に戻りなさい。心配しなくていいわ、ここは落とさせやしない。絶対によ」

 

 無言で頷き、来た時と同じように手を繋いで二人は発令所から出て行った。

 夕呼はただ一度、白衣の端を握り締めた。

 

 

 

 

「白銀少尉」

「はい、中尉」

 

 涼宮中尉に呼びかけられて、噴射跳躍を続ける機体の制御も片手に俺は顔を横に向けた。

 今、中尉はコックピットの座る俺の膝の上でなるべく邪魔にならないようにと体を丸めていた。本当は途中で降ろしていこうとも思ったけれど、嫌な予感がしたので止めた。最下層であれだけ小型種が溢れかえっていたんだ、今は基地の何処に潜んでいてもおかしくない。

 なんとなく、神宮司軍曹の時を繰り返しそうな気がしたんだ。

 

「みんなからは隠しとけって言われてたんだけど……」

「言ったのは速瀬中尉ですね」

「うん、よく分かったね」

「それでなんですか? 隠し事って」

 

 涼宮中尉は一度だけ深呼吸してから、

 

「神宮司軍曹の最後は、みんな知ってるの」

「え?」

「一昨日のことなんだけど……少尉が演習に参加しなかった時のブリーフィングで、少尉との連携についてみんなが懐疑的な意見を出したの」

 

 そうか……まあ、俺みたいなのがいると全体の連携が崩れるからな。今までは戦術機の戦闘機動だけの話だったけど、あんな荒唐無稽は軍隊として受け入れるわけにはいかないだろうし。

 

「それで伊隅大尉が怒ったの。私なんか、泣きそうだったよ」

「特尉は? そのとき居なかったんですか?」

「少尉と一緒だったでしょ」

 

 そういえば、そうだった。

 

「とにかく大尉が怒ってね。もう信じられないぐらいカンカンになって、しばらく待っていろとか言って部屋を出てから……たしか十五分ぐらいで戻ってきたの。副司令と一緒に」

「ぶふぅっ!?」

 

 まさかあの時、会議とか何とかで散々待たされたのはこれか!?

 

「汚いよ、少尉」

「す、スンマセン……それで?」

「副司令から神宮司軍曹の最期を聞かされて、それから大尉が言ったの。『例え自分の恩師でも必要ならば犠牲として、泣き喚きながらでも這って前に進む……そんな覚悟のない奴に、白銀を非難する資格もなければヴァルキリーズを名乗る資格もない』」

 

 たぶん大尉が夕呼先生を連れてきたのは、機密や階級の関係で自分にはそれを話す資格がなかったからだ。先生が真相を話したのは、きっとそれだけ部隊内の空気が険悪だったからだろう。

 

「だからきっと、本当の意味でヴァルキリーズを名乗れるのは大尉と柏木少尉と、御剣少尉だけかな」

「え?」

「二人ともね、周りが少尉のことを言いたい放題なのにずっと黙ってたんだよ。それに最後に副司令へ向かって……」

 

 そっと中尉が耳打ちして、俺は危うく機体をシャフトの壁にぶつけそうになった。

 

(何言ってるんだよ、あのバカッ!)

 

 冥夜曰く『惚れた男の背中を預かる身ゆえ、その信念を一度たりとも疑うことはありませぬ』。

 柏木曰く『どんなバカでも付いて行くのが惚れた女の弱み……もとい、特権ですから』。

 そんな赤面ものの台詞を人伝にでも聞かされたらそこら辺の塹壕に飛び込みたくなっちまうだろうが。

 

「いいよね、二人とも少尉が居て」

「……責任は、取ります」

 

 これでさらに純夏と霞が居るんだ。ホント、分身でも分裂でもしたい気分だな。

 

「っと、もうすぐ地上です。しっかり掴まってて下さいよ!」

 

 メインシャフトを抜けた機体を天井にぶつかるギリギリのところで制止させて、あらかじめ開放させておいたゲートを水平噴射跳躍でパスする。そのまま勢いに乗って滑走着地しつつ進路修正、メインゲートへ機体を向き直らせた。

 

「そういえば少尉、武器は?」

「あ」

 

 言われて気付いた。

 突撃砲とか搭載する前に中尉たちの工作班が行方不明になったって聞いて、慌てて飛び出したから武器なんか何一つ持ってなんかいないぞ。せいぜい近接用短刀ぐらいだな。

 

「まあ、拾い物で何とかします」

 

 全ての戦術機兵装はあらゆる機体での運用を前提に設計されていて、同時に全ての戦術機はあらゆる兵装を運用できることを前提に造られている。だから例え所属する軍が違っても補給や兵装の共有は当然出来る。ましてや同じ基地の部隊なら、今の戦況に直面した以上はそうしなければ生き延びられない。

 辺り一面に転がっている兵装コンテナから残っている武装を探しつつ前進していると、ターミナルの傍らで鎮座する二機の不知火が見えた。マーカーで確認すると、涼宮と剛田の機体だ。大方、涼宮中尉のことでパニックになったんで剛田が無理矢理下がらせたってところか。

 

「おい、涼宮!? 生きてるか? お前の姉さんはちゃんと連れて帰ったぞ!」

 

 外部スピーカーの音量を最大にして叫ぶ。

 

『おお、白銀少尉! 茜さんの姉上殿がご無事とは本当か!?』

「一緒にコックピットの中に居る! 涼宮はどうした!?」

『ショックが大きすぎたようだ。俺の声も届かん……くっ、なんと無力なんだ! 俺は!』

 

 むせび泣く剛田。いや、お前の声が届かんのはある意味宿命だろうが。

 

「少尉、降りるね」

 

 いきなり涼宮中尉が立ち上がり、武御雷のハッチを開く。

 慌てて空いていた左手をリフト代わりに中尉の前へ持ってくると、「茜のところへ」と返ってきた。言われるままに涼宮の機体のコックピットへ近づける。

 次の瞬間、中尉は不知火のハッチを強制開放させて中へ乗り込むや、涼宮の頬を思いっきり打っていた。

 

「茜のバカッ! 築地少尉の時と同じ過ちを、また繰り返すつもり!?」

「お、おねえちゃん?」

「みんな、一緒に生き延びたいから必死に頑張ってるのに。私だって、水月だって、白銀少尉だって―――――なのに茜は諦めるの? 私が死んだと思っても、他に守りたいものは沢山あるよね!」

 

 そうだ、誰だって自分の守りたいもののために戦ってる。

 だからこそ希望の光を途絶えさせちゃいけないんだ。

 

『戦え白銀武! 外のBETAが優勢になりつつある今、誰もがお前の到着を待っているはずだ……!』

「剛田少尉」

『どうせ同じ階級だ、呼び捨てで構わんさ』

 

 チキショウ……お前の男気に今は感謝するぜ!

 

「分かった、剛田。二人を頼む!」

『合点承知よ!』

 

 

 

 

『トマホーク2! 応答しろ、トマホーク2!』

『駄目です中尉、残っているのは俺たちだけだ!』

『くっ、せっかく押し返したっていうのに……』

 

 あちこちで友軍の劣勢が目立ち始め、もはや基地内に後退するしかない状況だった。だが一度でも敵の侵入を許せばそこから戦線は一気に瓦解する。この戦場で戦う全ての衛士にはそれが分かっていたし、だからこそHQからの後退指令も突っぱねてまでメインゲートを死守しようと奮戦していた。

 しかしそれもここまでだ。AゲートとBゲートが充填封鎖されて使えないことを知ったBETAは、いよいよメインゲートへすべての攻撃を集中している。狙いが絞られた分対処しやすくなったかに思えるが、その防戦に多大な消耗を強いられては戦力差に劣る人類側の敗北は目に見えていた。

 残る戦力はヴァルキリーズと第19独立警備小隊を含めて三十機余りの戦術機と、かろうじて編成を維持している砲撃支援部隊だけ。第一出現地点で迎撃に当たっていた部隊が残敵を掃討して基地に戻るには最低でもあと一時間は掛かる。

 

『諦めるな、増援は……タケルは必ず来る!』

 

 友軍を庇うように長刀を振るう冥夜。

 

『まだだよ、まだ持ち堪えられる! 怯んだらお終いだよ!』

 

 狙撃仕様の突撃砲で要撃級を押し返しながら晴子が叫ぶ。

 だが敵は次から次へと押し寄せてくる。補給に下がろうにも絶え間なく攻められては誰もここから離れることは出来ない。

 そしてついに、要塞級の一体がメインゲートにあと一歩で取り付ける距離まで接近してしまった。最大限に伸ばした触手を振り回してはヴァルキリーズでも容易に近づけない。水月も慧も冥夜も、突撃前衛は全員が前へ出てしまっていてこの窮地に対処できる人間はもはや居なかった。

 触手がメインゲートの内部へ侵入しようと一際大きく弛み、空を切った瞬間だった。

 

『でぃぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』

 

 紫電が迸り、繰り出された触手は横一文字に切り裂かれて地に落ちる。刹那の一撃に悶える要塞級は下から天へ突き上げられて縦一文字に両断された。

 体液を噴水のように噴き上げて崩れ落ちる要塞級の死骸の向こう――――

 

『よぅ……待たせたな、みんな』

 

 メインゲートの上に降り立つ鋭利なシルエット。

 全身に纏う鎧は至高の紫。

 爛々と輝く双眸は紅。

 両の掌に握られた短剣は敵を求めて疼いている。

 

『タケル』

『たけるさん』

『白銀』

『白銀少尉』

『白銀武』

 

 ヴァルキリーズだけではない。

 この場に集うすべての衛士がその名を呼んだ。

 武御雷を駆る彼は驚くべきことに、日本の国家元首たる政威大将軍さえも味方につけてこの場に馳せ参じたのである。

 

「やっと来たか、白銀」

『スンマセン、大尉。涼宮中尉は無事です』

「そうか……」

 

 みちるもまた、遥の死を覚悟していた。夕呼から話を聞かされたとき、くどい様だがどんな奇跡が起きようと生きては帰れまいとヴァルキリーズの全員が確信したのだ。

 その死の淵から武は命を救い上げてきた。

 

「さあ、遅れてきた分はしっかり働いてもらうぞ!?」

『もちろんです。でも、普通に暴れるだけじゃ能がない』

「何をする気だ?」

『あいつ等を……一気に叩き潰す!』

 

 

 

 

「あいつ等を……一気に叩き潰す!」

 

 やることはたった一つだ。

 位相因果操作能力。

 佐渡島の時のように、いやあの時以上の威力で迫る全ての敵を葬り去る。

 

「来い!」

 

 何処からともなく飛来したダブルブレードを武御雷の右手に掴ませ、それでもまだ足りないと直感する。これでは敵を巻き込むための範囲が足りない。相手を巻き込むための出力が足りない。

 

「!?」

 

 みんなが倒してきたBETAの死骸の影から一斉に何十体もの光線級が姿を見せた。どうやら俺を待っていたらしいな……けど今の俺にはもうレーザーは通用しないっ!

 奔る閃光がスローモーションで視界に飛び込んできた。

 数は二十と八つ……

 

『レ、レーザーを――――斬り捨てた!?』

 

 激震に乗る衛士の一人が震えた声を上げた。

 手にした合体長刀を振るい、BETAのレーザーを悉く切り払う。

 

『白銀、ここは私達が引き受けたよ!』

『攻撃に専念するのだ、タケル!』

 

 不知火を駆って冥夜と柏木が前に出る。

 二人がBETAの動きを抑えてくれている間に、俺の手の中で合体長刀がその形を変えていく。

 グリップの先端同士で繋いでいた二本の長刀を分離して、もう一度……今度は峰同士を繋げて両刃の大剣を創り上げる。天を突くように鋭く伸びた刀身は戦術機の全長と同じぐらいはあるだろう。

 

「ふぅぅぅぅぅ……」

 

 呼吸を整える。高まる鼓動はそのままに、全身の感覚を鋭く研ぎ澄ませた。外から無数の殺意が覗き込んでいるのが分かる。BETABETABETA……奴らはなけなしの光線級がやられて、集団突撃で一気に俺を押しつぶすつもりだ。

 静かに、けど熱く燃え広がる焔の如く意識を拡大させる。

 迫る敵。

 無数に並ぶ因果のレールが形を変え、一つの結果へ結びつこうとする。

 それを俺の焔で燃やして溶かし、全く異なるそれへ創りかえる。

 俺が望む結末は只一つ、完全無欠の大勝利のみ!

 

因果滅断

 

「行くぞっ! みんな、俺の後ろへ下がれぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 創り上げた巨大な大剣―――――因果滅断剣を武御雷はぐるりと一回転させて上段へ流れるような動作で構え直す。二基の噴射跳躍装置が疾走に備えてフレアを噴き上げた。

 絶望に彩られた世界を塗り変える紅蓮の波動を受け、紫に染まった武御雷はその鎧を金色に輝かせる。

 

ダブルブレード・ノヴァ!

 

 異形が織り成す城壁へ武御雷が疾駆する。

 右上段から左下段へ袈裟に斬り、

左下段から右中段へ薙ぎ払い、

 

「シィィィィィッ!」

 

 正面への神速突きに繋がる三連撃。

 それだけで基地の敷地内に残っていたBETAは悉く両断された。例外などあるはずも無く、全て絶命して塵に返る。俺は因果を操り、斬ったものに問答無用で『滅断』の結末を与えた。

 そして例え間合いの外に退避していたとしても、

 

「逃がしゃしねえよ」

 

 『絶対命中』の因果を与えられた滅断剣は敵と定めた敵を必ず斬り伏せる。俺の意識が把握できる範囲に効果は限定されるけれど、逆に言えば俺が捉えている限り回避することは不可能だ。

 

「…………」

 

 ふと、視線を降ろせば斬られた要撃級の半身が崩れていくところだった。そこに残っていたまりもちゃんの顔が……目が俺と合う。

 俺はこれでまりもちゃんを二度殺した。

 一度目はあの病室で。

 二度目は今、絶望が希望に転じた戦場で。

 確かに後悔はある。罪悪感もあるし、気を抜けば全身から力が抜けてしまいそうだ。なんで俺がこんなことを……そう思えて仕方が無い。心のどこかで認めたくない衝動が胸を突く。

 けど、それが俺の選んだ道だ。柏木は全部聞いたうえで俺を受け入れてくれた。冥夜だって俺のことを信じてくれている。純夏も霞も、何も言わずに背中を押してくれている。他のみんなだって、そうだ。

 ほんの一握りの、大切な仲間。

 いつ消えてしまうかも分からない、帰る場所。

 

(それを守るために、まりもちゃん……俺は貴女を殺します)

 

 心の中で告げると、一瞬だけ微笑み、まりもちゃんは要撃級と共に虚空へと消え去った。

 俺の錯覚かもしれない。

 けれど、その瞳は俺に『ありがとう』とも『往け』とも語っていた。そう思う。

 さあ、ボケっとはしていられない。基地の敷地内にいたBETAは全部斬り捨てたが、外からはまだ増援が雪崩れ込んでくるはずなのだから。

 

 

 

 

 跳びかかる白い影は三つ。

 地を這うように迫る影も三つ。

 計六体の兵士級BETAを相手にしながら血払いもそこそこに太刀を鞘へ戻し、アルフィ・ハーネットは眼前に迫る敵を凝視した。ほんの刹那に全ての動きを見定め、神速の踏み込みで迎え撃つ。

 

――――――即ち頭蓋を割り、首を裂き、四肢を殺ぎ落とし、胴を両断する。

 

 六匹の悪魔はまったく同じように斬り伏せられて絶命したが、彼女はそれには一瞥もくれずに先を急ぐ。

 これこそが彼女が帝国軍において特別な扱いを受けている最大の理由である。小型種に限定されるもののBETAの軍勢と生身で互角に渡り合う……明星作戦の折にも負傷した衛士を救出するためにその太刀を振るったという。

 さて最下層で何十体という小型種を刀の一本で迎撃したアルフィだったが、討ち漏らした一部は基地施設内へ侵入を果たしていた。その数は概算で三十体ほど(現時点までにその内の十七体は倒している)と少数であるものの、その脅威は非力な人類にとって筆舌に尽くし難い。

 ようやく中層にまで戻ったところでデータリンクが復旧した。中継器を破壊されて途絶していた通信網も、ここまで来れば交信可能なのだろう。発令所の近くまで来ていることも幸いしているのかもしれない。

 

「ふん……小賢しいな」

 

 網膜投影されたサブウィンドウには、侵入した小型種が分散しながらも発令所へ向かって移動している様子がリアルタイムで表示されている。BETAを示す十三個のマーカーは小刻みに揺れながら通路を猛スピードで移動していた。

 そうなれば彼女も速い。負けじと通路を失踪する。遭遇した四体の闘士級BETAを背後から縦一文字に斬り捨て、その勢いのままに発令所へ飛び込んだ。

 夕呼やラダビノットの驚きの表情を視界の片隅に捉えながら部屋の中央に立って向き直る。出入り口は三箇所あり、彼女から見て正面と斜め左右。

 

(何処から来る……?)

 

 まず左右二つの通路から合わせて八体、いずれも闘士級BETAが手当たり次第に人間を喰らわんと宙を舞う。

 そこへ白刃一閃、無数の肉片に化けたモンスターたちは虚しくその体液と腐肉をぶちまける事になった。バラバラ、ビチャビチャと直視も憚られる異物が床を叩く。 

 これで打ち止めか? もしも、来るなら正面通路だろう。けれどそこはアルフィ自身が発令所へ駆け込んできた通路でもある。そして道すがらBETAを斬った……ならそこから敵は来ないはずだ。

 夕呼の思考はそこで行き詰まり、

 

バガァッ!!!

 

「なっ!?」

 

 天井を突き破って降って来た最後と思しき兵士級の姿に思考もろとも意識が吹き飛ぶほどの恐怖が迫る。不気味な両腕が夕呼を捕らえようと伸び、あと一寸でこの体はズタボロに引き裂かれるだろうという瞬間、

 

ズドムッ!!!

 

 重く轟く銃声にBETAの体は蹴鞠の如くはねて床を転がり、続くポンプアップ音と第二射の爆音を受けて四散した。

 ショットガンを腰のアタッチメントに固定し、アルフィは周囲へ視線を走らせて被害が無いことを確認する。まあ入り口の隔壁が損傷したり、天井に穴が開いたりしたが人的損失に比べればどうということはない。

 もう一度安全を確認し、右手に握る刀――――淡い輝きを宿す刀身を鞘へ戻してメインモニターへ向き直った。地上の戦いはまだ続いている以上、さらなる敵の侵入も予想され、まだまだ不測の事態に備えなければならない。

 しかしそれは杞憂だ。

 地表には奴らにとって忌むべき魔人がいる。地下からの別働隊が壊滅的打撃を受けた今、それを打倒せずしてこの基地を占拠することは不可能に等しい。

 そして……恐るべき異能を持ち、巨大な剣を操り、迫り来る魔を殲滅せしめる彼の参戦によって、基地敷地内に侵入した敵戦力のほぼ全てが塵芥と化した。後方よりなおも横浜基地へ迫る増援も緊急出撃した帝国軍の部隊によって各個撃破され、徐々にその数は減少を始めている。

 

「特尉、君は」

 

 不意にラダビノットに声をかけられ、アルフィが振り返る。発令所に居る全員が彼女を注視していた。

 

「君は、一体何者かね」

 

 九体もの異形を瞬殺した彼女はもはや、人の域に在らず。

 

「さあ? 何者でもいいでしょう、敵でなければ」

 

 微笑って答える美女の唇は、艶やかなるも妖しい美しさを抱えていた。

 

 

 

 戦闘は夜が更け、日付が変わってもしばらく続いたが特記すべき点は特に無い。結果として人類勢は破竹の勢いでBETAを蹂躙したのだ。

 横浜基地から迎撃――――もとい出撃した国連混成戦術機甲部隊(これは仮の呼称である)は前線を押し上げ、帝国軍と挟撃する形でBETAと交戦。帝国の連合艦隊からの支援砲撃も間に合い、夜明け前には敵の全滅を確認するに至った。

 

 ――――陽が昇る。

 

 日輪の輝きを受け、荒野を闊歩する戦術機たちは巨大な影を連ならせる。

 ただ一機、紫の武御雷を除いては。

 

 それが此度の戦いの代償である。

 国連の部隊の先陣に立って出撃した白銀武は人の身に備わらぬ異能を発揮し、BETAを悉く退けた。誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも多く敵を屠ったが故に、友軍は皆敬意さえ忘れ戦慄に身を震わせた。

 

 戦鬼。

 幾重にも返り血を浴びた紫の鎧は魂の穢れを思わせ、突き出したレーダーマストはまさに悪鬼の角。さらに爛々と輝く紅の双眸と併せて、その立ち姿は人外の様相を呈していた。

 けれど彼は一人ではない。後ろで連なり勝ち鬨を上げる友軍たちから孤立し、しかし武御雷に付き従う影は十一。言わずもがな、白銀武の戦友たるイスミ・ヴァルキリーズの面々である。

 中でも左右に寄り添う二機の不知火は、その哀愁を受け止め癒すかのようであった。

 

 

 撤収まで、あと数分もあるまい……しかし鳴海孝之、剛田城二の二人はこの気高き戦士の勇姿を深く胸に刻みつけるべく、瞬きする間も惜しんで見つめるのであった。




筆者の必死な説明コーナー(真面目に説明編・ぱーと3)

 

剛田城二

 知る人ぞ知る、空回り熱血漢。茜への愛だけであと三十年は戦える人。オルタネイティヴ本編では登場しなかったが、『アユマユ・オルタネイティヴ』において流竜馬(OVA版)風にイメージチェンジしていた。詳細はゆきっぷうも知らないので、Refulgenceでは勝手に設定を捏造して頑張ってみた。

 茜とは訓練校に入るまでは同じ学校だったらしく、彼女自身も(不本意かつ嫌悪感たっぷりだが)憶えていた。彼はその後帝国陸軍へ入隊し、衛士となる。しかし持ち前の情熱やらその他諸々のためにお荷物扱いされ、僻地へ飛ばされていたようだ。衛士としての腕は確かで、甲21号作戦の折には沙霧直哉の部下として編入されている。

 

生体認証解除キー

 煌武院悠陽の命を受け、鎧衣左近が横浜基地へ届けた電子キー。実際に鍵の役目を果たしたのは指輪の裏側に特殊コーティングされた電磁媒体で、武御雷の頭部に内蔵されているモジュールに認識させることでシステムのロックを解除できる。

 本来は女性の将軍である悠陽の伴侶が搭乗する際に使用するためのもので、一介の国連軍衛士に貸しちゃったりしてはいけない超機密アイテムだった。逆に言えばこれを使った武は悠陽からプロポーズされたも同然で、鎧衣課長が反対したのもそういう事情があったからである。

 

公儀隠密“御庭番”

 知る人ぞ知る忍者の代名詞(?)。かつては江戸城警護を預かるスーパーエリートニンジャ部隊とも言うべき存在で、形は変わっても将軍が存在する現代において“御庭番”の組織は引き継がれていた。

 といっても組織自体の規模は縮小されており、十二人のスーパーエリートニンジャによって構成されている。全員衛士資格保持者で、常に漆黒に塗られた戦術機を駆る。位置づけとしては将軍直属の私設軍とも言うべきで、将軍の勅命のみで行動する。

 “御庭番”は、BETAの本州侵攻による京都陥落の際に帝の護衛として派遣され、脱出する帝一行の安全を確保するために殿を務めて全滅していた。後に頭領の一人娘であった月詠真耶が後継者として“御庭番”となった。

 本来ならば将軍が私兵を持つことは、12.5事件で政府との関係が是正されている以上相応しくないのだが……頭領たる真耶のみを残す形で存続を許されているのが現状。もっとも、真耶と共に“御庭番”となるはずだった跡継ぎ候補たちも先述の京都陥落で戦死しているので、実質“御庭番”は彼女一人しかいない。

 

因果滅断剣

 甲21号作戦に続いて登場した位相因果操作・奥義の一つ。合体長刀・因果轟断剣を分離、再合体させた両刃の大剣であり、なんつーか斬○刀みたいな? 本文を読んでいただければおおよそ理解いただけると思うが、何かもう説明する必要も無いぐらいのハチャメチャっぷりでゆきっぷうが泣きたいぐらい。

 あらゆる『因果を断ち滅ぼす』ための概念武装で、斬られた存在は全て『因果滅断』――――存在するための因果を断ち滅ぼされる。さらに刀身には絶対命中の因果も与えられており、武の認識領域内に捉えられた敵はたちどころに切り伏せられる。

 つまるところ、常時発動・複数捕捉・広範囲型の『刺し穿つ死棘の槍』みたいなもんである。そりゃあ武も化け物扱いされて当然だよね、うん。

 本来、シナリオの構成上お蔵入りが確定していたのだが……執筆中に再プレイした『斬魔大聖デモンベイン』が色々と影響を及ぼした結果、現在の形に落ち着いたのであった。“ちよれん”の力は今なお健在である。

 

アルフィ・ハーネット

 鋭い双眸に宿る光は蒼、また腰まで届く長髪も深い蒼という明らかに常人を逸脱した風貌を持つ女性。序盤は男勝りどころか凄まじい豪傑ぶりを発揮していたが、甲21号作戦後に武が不知火・弐式を大破させたショックでタガが外れて若干女性的な性格に戻る。これでポニーテールだったら水月とキャラが被っていただろう。

 JFKから出向している身分で、同機関では実働部隊現副隊長(以前は隊長を務めていたが、日本への度重なる出向を理由に今のポジションになった)とテクニカル・オブサーバーを兼任しており、特に第三世代戦術機は不知火、武御雷のテストパイロットを務めていたこともあって操縦技術、知識は極めて秀でている。最初の来日は不知火の壱号機の専属衛士として運用データの収集という任務であった。契約の任期満了と同機の本格的な投入が始まったのはほぼ同時期であり、満足な結果を受けてアルフィは日本を後にする。二度目の来日はそれからしばらく後の1998年。日本がBETAの大攻勢を受けて劣勢に陥る中でのことだった。武御雷の開発に協力する傍ら明星作戦にも参加しており、完成したばかりの不知火・弐式を駆って鳴海孝之・平慎二の両名を救出するなど献身的な活躍をした。

 その後、武御雷のロールアウトを機にJFKに戻るもオルタネイティヴ4への参加要請を受けて再度来日。XM3の開発時にはテクニカル・オブサーバーとして、試験運用を行なっていたA01中隊を陰からサポートしている。

 もともとアルフィは『涼宮遥の救出役』を主眼に置いて引っ張ってきたキャラクターである。原作において人類は生身の単身ないし少数でBETAと互角以上に渡り合うことが限りなく不可能であったため、横浜基地篭城戦において遥を生き延びさせるには必然的に敵を圧倒できる能力を持った超人が求められた。それも人の身で人外を屠ることに長けた超人でなければならなかった。まあ結果はご覧の通り……大失敗?

 アヴァン・ルースとは生物学的にはほぼ同一人物。彼と殆ど同じ遺伝子構造を持ち、性別を決定付ける要素以外は全く瓜二つ。かつて彼女もアヴァンと同様、体内にリフレジェント・クリスタル・オリジナルを宿していたが、ある理由で現在は手放している。それでもクリスタルからの恩恵は健在だとか。近接武器を用いた格闘戦を得意とし、また機動兵器の扱いにも長けるが生身での戦闘こそ彼女の真価を発揮する……らしい。

 だけどゆきっぷうの書くオリキャラは、どうして物語終盤にならないと解説も出来ないような奴ばかりなのだろう。何故なんだ(号泣)

 

 

筆者の必死な説明コーナー(魔ナル京ニ骸ハ塵リヌ編)

 

祷子「MUVLUV Refulgence [をお読みいただき有り難う御座います。半ば勢いで駆け出した本作も残すところ後わずかとなってまいりました。殆ど出番を失いましたけれど、それでも健気に頑張っていきますので応援をよろしくお願いします」

 

美冴「祷子。それは作品ではなく私のことだろう?」

 

祷子「あらいやだ、私だって出番は――――」

 

美冴「あっただろう。前回、涼宮少尉のくだりで」

 

祷子「…………」

 

美冴「…………」

 

祷子「そ、それであの、ハーネット特尉のことですけれど」

 

美冴「ああ。上記の用語解説にもあっただろう? ああゆう無茶をするためだけに呼ばれた人だ、あの内容も致し方あるまい。その辺りも踏まえて本人達がきっちり説明してくれるだろうさ」

 

 

アルフィ「で、結局」

 

ゆきっぷう「俺たちが解説する、と。用語解説んとこで十分だと思うけどなぁ」

 

アルフィ「ふん。私とアヴァンの関係性を伏せていては説明の内にも入らんでしょうに」

 

ゆきっぷう「まあ、そうなんだけどね。だけどお前さんがこれだけ派手に暴れたら解説するしかないだろう」

 

アルフィ「分かってるわよ、それぐらい。じゃあ始めましょ。第一に、マブラヴの世界でBETAの小型種を生身で倒せるかどうか……」

 

ゆきっぷう「それはイエスだ。ライフルなどの小火器でも頭数さえ揃えて射線を集中すれば小型種を撃破できる。しかし今回のシチュエーションではそもそも四人と数が少なく、歩兵火器のみでは難しいだろう。

 そもそも奴らは個々の生命力が異常に高く、風穴を一つ二つ開けても人間のように倒れてはくれない。一撃で手足を?ぎ、どてっぱらを大きく抉り取るぐらいの攻撃力が必要だ」

 

アルフィ「第二に、小型種をもっとも効率的に撃破する方法は?」

 

ゆきっぷう「小型種に限らずBETAには大火力による面制圧が最も有効だ。戦術機の36mmや高射砲などによる弾幕を展開すればいい。しかし施設内部、それも人間用の通路ではこれらの兵器は投入できない。

 もしくは携行可能な対戦車ロケットや対人地雷などの爆発物を用いることも考えられるが、威力が強すぎる上に爆発の煙や破片などで味方に被害が出るだろう」

 

アルフィ「第三、小型種のみを一撃で倒すことが可能な攻撃手段は?」

 

ゆきっぷう「基本は面制圧だ。求められるのは射程や貫通力ではなく、純粋な破壊力……味方に悪影響を与えず、かつ広範囲に効果を及ぼす手段がいい」

 

アルフィ「それで散弾ね」

 

ゆきっぷう「おうよ。小型種の体皮は突撃級のような堅い外殻をもたない。つまり拳銃弾でも破ることは可能だ。しかし一発一発当てていては埒が明かないし、その間に懐に入られてジ・エンド。しかも小型種は総じて動きが素早く、狙いを定めることも難しい」

 

アルフィ「散弾なら一度に大量の弾をばら撒けるし、効果範囲も広いから狙いも多少大雑把で構わない。反動は大きいけど、ちゃんと軍事教練を受けていた人間なら十分扱える」

 

ゆきっぷう「作中でアルフィにショットガンを持たせたのはそういう理由があったのさ。しかもセレクトはM37、『フェザーライト』の異名を持つほどの軽量が自慢だ。軽ければ取り回しも楽で、動き回る小型種に対処しやすくなる」

 

アルフィ「ゆきっぷうにしては珍しく、的確な選択だこと」

 

ゆきっぷう「だろう!? もっと褒めろ、褒め称えろ!」

 

アルフィ「だけど、それだったら遥たちにショットガン持たせりゃ十分だったんじゃないの?」

 

ゆきっぷう「アルフィ……今まで話したのはあくまで小型種を倒す手段に過ぎない。バリケードを組んで侵入してくる奴らを迎撃するだけだったらそれで十分だ。しかし彼女達は敵の只中を突っ切って制御室まで辿り着かなきゃならない、切り込み隊長が必要だ」

 

アルフィ「――――――それで、私?」

 

ゆきっぷう「うむ」

 

アルフィ「アヴァンじゃなくて?」

 

ゆきっぷう「アイツは面倒だからと言って反応炉ごと最下層を吹き飛ばしかねん。そうなったら物語はどうなるよ」

 

アルフィ「……容易に想像できる辺り、悲しいわね」

 

ゆきっぷう「ともかく、剣などの近接武器を用いた戦闘もBETAには散弾ほどではないが有効だ。一太刀で奴らの手足を切り落とせばそれだけでも大きなダメージに繋がり、何より弾切れが無い。銃火器は再装填という克服しがたい隙があるし、弾薬が尽きればそれまでだからな。日本の戦術機に長刀が積極的に装備されている理由はそこにある」

 

アルフィ「とはいえ、その一太刀を浴びせられる人間がいれば、の話でしょう」

 

ゆきっぷう「確かに、戦術機の要領で生身の人間は飛んだり跳ねたりはできん。できる人間も居るには居るがな……」

 

アルフィ「ふうん?」

 

ゆきっぷう「いや、俺も最初は適任者候補を複数揃えて吟味したのだが、三秒でそれらの案は棄却した」

 

アルフィ「何故? 出せばよかったじゃない」

 

ゆきっぷう「残念ながら実用的ではなかった。JFKと連携、帝国軍との橋渡し役、衛士適性、戦術機運用論などの観点から行なうサポート……そして生身で小型種を圧倒する戦闘能力。すべての要素を担える人材は残念ながら俺には用意できなかった」

 

アルフィ「全部一人に押し付ける方が無茶よ」

 

ゆきっぷう「戦闘面においては十分対応できる奴は居たんだ。大十字九郎とか、九門克綺とか……」

 

アルフィ「二人ともニトロ作品の主人公だし、人外入ってるし」

 

ゆきっぷう「それも権謀術数のスキルとか、作品の関連性の兼ね合いから断念せざるを得ず……白羽の矢が立ったのがお前だ。武とトータルイクリプスとの接点を作る上でも、現場サイドで複数の陣営と関わり合いのある存在が必要だった。しょうがないだろ!? 男じゃ月詠さんと綺麗に絡まないんだから!」

 

アルフィ「はいはい、分かったから。最後で物凄い本音が聞こえたけど気にしないでおくわ。最後にもう一つ」

 

ゆきっぷう「なにさ!? 何でも来い! 今の俺はナイアガラの滝を逆走する石鯛ぐらいの勢いだぞ!?」

 

アルフィ「滝を登るのは鯉でしょうが―――――改めて、まりも付きBETAに関するコメントを頂戴したいのだけれど」

 

ゆきっぷう「あ」

 

アルフィ「あ、じゃなくて」

 

ゆきっぷう「あれは武の正義に対するアンチテーゼ的立ち位置なんだ。今はこれ以上語るべき事は無いよ。第一、あれが発生した原理は本編中で書いたじゃないか」

 

アルフィ「いや、そうじゃなくてもっと具体的なコメントを」

 

ゆきっぷう「柏木クーン! 最後、ヨロシク!」

 

晴子「また次回も読んで下さいね! ジャン・ケン・ポン! うふふふっ☆」(天高く突き出すチョキ)

 

霞「……ぽん」(控えめなパー)

 

アルフィ「勝手に終わるなぁぁぁぁぁっ!」

 

霞「また……グスン」

 

アルフィ「そこもっ! ジャンケンで負けて落ち込むなっ!」

 

 

次回予告

 

これは、明日を目指し飛翔する男の物語。

耐えがたき篭城は峻烈なる一騎駆けとなって武は勝利を掴み取る。

残る戦は一つ、敵の居城へ踏み入り全ての元凶を打ち砕く。

そして決戦前夜、武はもう一つの選択の選択を迫られる。

愛すべき、守るべき、命の選択を……

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

\.絶対運命・哀

 

オマケPart3

 

壬姫「また出番無かったですねー」

 

慧「しょうがない。出しゃばったら、巻き添え食う」

 

千鶴「このままコピー用紙の片隅で野垂れ死にかしら」

 

アヴァン「……………」(←出番が殆ど無くて干上がっている人)




基地への襲撃も何とか凌いだ〜。
美姫 「もう手に汗握るわね」
本当に。遥が行くとか行った時は、夕呼じゃないけれど思わず最悪な事態か!?
とか思ったりもしたけれど。
美姫 「何とか乗り切れて良かったわね」
うんうん。それにしても、本当に今回はハラハラしましたよ。
もうどうなるのやらと。
美姫 「ともあれ、こうしてヴァルキリーズは無事だった事だし」
次回はどうなるのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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