2001年12月27日

――――国連極東方面第11軍横浜基地・副司令室

 

 部屋に備え付けられたソファーに寝転がり、香月夕呼は文字通り頭を抱えていた。甲21号作戦後の定例会議にて国連安保理から全滅した国連戦術機甲降下兵団の被害状況について、こちらの落ち度を再三再四指摘された。作戦の結果、永久に失われた『佐渡島』という日本の国土について言及されたこともある。

 日本政府からも同様のクレームが寄せられ、さらに凄乃皇弐型の自爆によりオルタネイティヴ計画そのものの頓挫さえ疑われる始末だ。もっとも凄乃皇こそがオルタネイティヴ4の成果であるように見せかけていただけに、この反応は至極当然のものであったが。

 しかしこれぐらいの事ならば夕呼にとって予測の範疇にある。先程まで行なわれていた日本政府との報告会議においても、頭の固い官僚共を手玉にとってやったばかりだ。特に大きな問題ではない。

 では何が彼女を悩ませているのか。

 頭痛の種は彼女の抱える優秀すぎる部下だ。

 

 白銀武。

 今回の作戦において、己の能力を完璧なまでに行使したことで彼の存在はもはや天才衛士の枠を逸脱――――否、完膚無きまでに粉砕してしまっていた。帝国陸軍は元より国連軍上層部、果てはソ連や米国までもその特異性に気付いてしまった。各組織からのヘッドハントはもちろん、状況次第では命を狙われる可能性が濃厚なのだ。

 そして彼は優秀な衛士だが、優秀な兵士ではない。

 生身の戦闘では彼もまた凡庸な一兵士に過ぎないのだ。

 方々手は尽くしているが、どこぞの諜報機関が本気で(後先考えずに)掛かれば彼一人の命ぐらい仕留めるのは決して難くないだろう。

 そしてなお厄介なことは、彼を付け狙うのは人間だけではないという事だ。

 甲21号作戦における最大の目的であった、00ユニットによるハイヴ周辺のBETAに対するリーディングで得られたデータを解析した結果。さらに作戦中のあらゆる戦況情報を統合、分析した結果―――――ある事実が浮かび上がってきた。

 

BETAは白銀を最優先目標、あるいはそれに準する某かに認定している)

 

 それが夕呼の結論だ。

 敵の大攻勢に対し単騎突入した白銀武を、第一陣のBETA群は総力を挙げて潰しにかかった。白銀が現れたと見るや敵の悉くは進路を変え、彼を食い殺さんと襲い掛かったのである。

 特にそれを裏付けたのは光線級の奇妙な行動だった。

 洋上からの支援砲撃が断続的に行なわれている最中ならば、光線級は優先して『空間飛翔体』である砲弾を迎撃するはずである。実際、作戦中もその行動パターンは適合する。

 しかしここに白銀という攻撃目標が加わるとその優先順位はがらりと変化した。最寄りの光線級は白銀へレーザー照射を試み、他のBETAが障害となって照射が難しい位置に居る場合は回避行動により空中へ脱した時に備え、対空への照射態勢を保持。

 無論、この間に降り注ぐ支援砲撃は無視している。

 

 共に最上の艦橋でデータ観測を行なった涼宮遥とイリーナ・ピアティフには緘口令を布いている。白銀に関する収集したデータは全て凍結。対外的にも、彼本人のためにも今はまだ周知を図るべきではない。

 とはいえ白銀自身にはこの事実を伝えなければならない。そしてその上で、次の対策を練らなければならないのだ。皮肉なことに、この事態を招いた白銀本人でなければ解決できないというのが現状だった。

 

「現場からは好評なのよね、アイツは……」

 

 ぼやきながら咥えた煙草に火をつける。

 組織の上層部からは疎まれ、警戒されている白銀だが現場の兵士からの評価は極めて高い。

敵の大軍を相手取り見事戦況を押し返して見せたこと。

 撤退の困難なウィスキー部隊の残存兵の為に敵陣への再突入。

 さらに凄乃皇自爆の威力圏内に残った第二戦隊旗艦・信濃と共に生還を果たした。

 これらの要素は白銀を帝国の英雄へと押し上げるに十分すぎる理由となっていたのだ。信濃の艦長である安部が直々に筆を取った謝状は、報告会議に参加した煌武院悠陽の手より夕呼へ託されたことからも確かだろう。

 しかしこれが彼の手に渡るのはもうしばらく後になると夕呼は見ていた。一応今日の夜にここへ来るように呼びつけてはいるが、はてさて日付が変わる前に辿り着ければ僥倖と言えよう。

 何せ彼は今、先の戦いで大破した不知火・弐式の弁明に必死だろうから。

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

Z.絶対運命・序

 

『ナンジャコリャァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!?』

 

 事の始まりは、フラリとA01専用ハンガーに現れたアルフィ特尉のカッ飛んだ悲鳴だった。俺はこの叫びを聞いた時点で逃げ出せばよかったのだと、五分後に後悔したんだが後の祭りって奴さ。おかげで午後からのシミュレーター訓練に参加できず……速瀬中尉になんと言われるやら。

 ともかく、なぜか頭や腕に包帯を巻いた特尉はズタボロになった弐式の前までヨロヨロと歩いてくると、そのままへたり込んでしまった。

 いや、そうなるのも当然だろうさ。

 何せ左腕は肩のシールドや駆動系もろとも吹き飛んでいたし、右脚は太ももの半ば辺りからフレームが思い切り捻じれている。戦闘機動の要とも言えるジャンプユニットはバッチリ半壊し、残った手足もあちこち関節が死んでいたり制御回路に重大な損傷があったりして……とにかく、酷い有様だった。

 幸いコックピット周りと頭部ユニットは無事だったんだけど、もしここに何らかのダメージがあったら俺はもうこの世には居ないはずだ。

 なにせ――――――

 

「白銀ッ! どういうことだ、コレワ!? 説明しなさい、説明! いやもう、すぐさまこの場で直しなさい天才衛士!」

 

 現在進行形で俺の首を掴み前後左右に激しくシェイク中なのだ。幾ら俺でもこのままでは窒息死しかねないし、この状況がかれこれ一時間以上続いているのだ。いい加減体中の酸素が抜け出てしまう。

 

「返しなさい、私の機体を! 返して、今すぐ、生まれる前の状態でぇぇぇぇっ! 原始に戻りなさぁぁぁぁぁいっ!」

 

 つーか、素の口調はすんげぇ普通に女性的だったのね。

 とりあえず特尉の戒め、もとい絞殺攻撃から脱出した俺は問うた。

 

「予備パーツとかはないんすか?」

「ねぇわよ、そんな無粋なもん。ね、霞ちゃん」

 

 うわーこの人、代えの部品は無いとか言い切っちゃったよ。しかも居るはずのない霞に同意を求めるとか……

 

「はい、アルフィさん」

 

 いや、何で霞がここに居る?

 ここは一応A01専用の格納庫だ。いくら霞でも整備作業中のここに入ってこれるはずがない。

 

「演出、です」

「演出かよ!?」

 

 思わずツッコんでしまった。

 しかも何やら解説始めてるし。

 

「白銀さん、不知火・弐式は既存の機体に各種電子専用装備を搭載したカスタマイズ機ですが……そのベースとなったのは94式一号、技術研究部隊用に建造されたいわばテスト機だったんです」

 

 ナ、ナント……つまり記念すべき量産一号機ってことだよな。しかもそれを基にあれこれ改造していたとは。

 

「研究部隊での運用は過酷を極め、基本動作パターンと第三世代型の運用戦術が確立する頃にはもう耐久限度に達してしまっていたんです。それを新型電子戦装備の運用に適した機体を探していた開発チームが目をつけ、損耗したパーツを大々的に交換して完成したのが、弐式です」

 

 ―――――待てよ? 確か以前、篁中尉や巌谷少佐に聞いた話だと特尉は不知火の壱号機の専属衛士だったんだよな。それでその壱号機が対電子戦装備を搭載のために改修された……不知火壱号機を改修したのが不知火・弐式。

 

「じゃあ、特尉がこんな怒ってるのって……」

「はい。愛用の機体を壊されたからだと」

 

 すっぱりと肯定する霞から視線を外し、恐る恐る振り返ると――――

 

「大破した戦術機の修復費用って馬鹿にならないのよねぇ。そもそも大破したらそのまま解体だもの……常識的に考えれば直そうとは思わないし」

 

 などと恐ろしいことをおっしゃるアルフィ特尉。口元が歪に攣り上がっている。特尉の殺気に霞なんか完璧に石化しちまって、プルプル震えてるぞ? もうこの世に神は居ねえ。

 

「ま、いいわ」

「へ?」

 

 一瞬の内にどす黒いオーラがなりを潜めて、特尉はいつも通りの『何を考えているのかよく分からない笑顔』に戻っていた。

 

「い、いいんですか? だって貴重な―――――」

「どれだけ壊れたものでも直せばいい。報告を聞いた限り、得られたものは多かったようだもの。それで相殺としてあげましょう」

 

 もっとも、とアルフィ特尉は付け加えると、

 

「巌谷には白銀の名前で修理に出しておくから、経費は貴方の自腹で払って頂戴」

「ナヌ!?」

 

 巌谷といえばあのオッサンか!

 割り増し請求されなきゃいいけどなぁ……

 

「冗談はともかく、甲21号作戦での戦闘データを餌にすれば幾らでも直してくれるでしょうし……問題は修理が終わるまでの白銀の搭乗機ね」

 

 そう、それが問題なのだ。

 一時的だとしても弐式が使えないとなると、やはり基地が保有する余剰機を使うべきだと思う。けどA01の性質上、不知火を使うほうが部隊の連携を保つためにも良いんだ。

 ネックなのは、不知火の余剰機がこの基地には無い、ということだ。

 

「どうしたもんかしらねぇ」

「どーしたモンっすかね」

 

 今更悔やんでも仕方ないけど、このままだと非常に不味いことになる。

 あと二日もしないうちに、佐渡島から脱出したBETAの残存戦力はこの横浜基地に押し寄せてくる。まさかそれを生身で迎撃するわけにもいくまいよ。

 ……ん、生身?

 

「私のもう一つの機体を貸すわけにはいかないし、かといってイーグル辺りで妥協すると性能的に……いや、アクティヴならあるいは―――――駄目ね、輸送に漕ぎ着ける手間が多すぎる」

「生身の、戦闘………」

「やっぱり帝国陸軍から不知火をかっぱらうしかないわね……って、どうしたのよ。白銀?」

 

 なんてこった―――――俺は重大なことを見落としていた。

 BETAに対して、それが例え小型種であったとしても生身の人間がライフルぐらいで対抗することは不可能だ。

 それは、あの時の涼宮中尉が実証している。

 

「特尉、すみません。用事が出来たんで、対策はまた後で。霞は一緒に来てくれ」

「はい」

「へ? まあ、いいけど」

 

 事は緊急を要するんだ。もしかしたらもう手遅れかもしれない。

 だけど、何か手を打たなければ……

 

「このままじゃ―――――涼宮中尉が危ない」

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 溜息をつく伊隅みちるの足取りは重い。

 先の作戦後、旧佐渡島を中心とした日本海沿岸部の光景は凄惨たるものだった。XG70bの自爆はG弾20発分に相当する計算であり、それによって佐渡島は完全に消滅。爆心地から半径40km圏内は完全に吹き飛んでおり、甲21号目標の最大深度は1.2km、水平到達距離は10キロメートルであることも踏まえると、まさに根こそぎだった。

 それに対し、沿岸部――――――能登半島から男鹿半島まで範囲は被害も大きかった。事前の避難勧告によって人的被害は皆無だったものの、平野部の基地は爆発によって生じた津波で完全に浸水。いずれも復旧の目処は立っていない。

 そのため帝国軍は現在、第二次防衛線を20km後退させて仮説ラインを構築中だ。しかし本来の機能を発揮するには到底至っておらず、高性能の音響観測設備を備えた早期警戒網の稼働率は3割を切る。

 先日ヴァルキリーズに伝えられた現在の状況であるが、全く以って芳しくない。帝国軍は陸海軍共に疲弊し、その損失を取り戻すには今しばし時間が必要だろう。

 

(次の作戦は二週間後と言っていたわね……)

 

 そう、香月夕呼は極めて短期間に次のターゲットである甲20号目標を陥落させるつもりだった。今回の作戦で得られた地上全てのハイヴ構造とBETAの戦力配置情報を利用し、一大反抗作戦の先駆けとしようというのが最大の目的である。

 そんな理由もあり、彼女は今後の作戦展開に伴う部隊の再編成、およびその運用方針の確認などのために副司令室を目指して歩いていた。ちなみに副司令殿は紙の書類を嫌うため、口頭による簡単な質疑応答の方が好ましい。なのでみちるは手ぶらである。

 

「…………さて」

 

 気付けばすでに副司令室の前。ノックしようとしてすでに先客が居ることに気付いたみちるは、無意識のうちに中から聞こえてくる会話に聞き入っていた。どうやら重大な内容のようだがいまいち聞き取れない。

 慎重に耳をドアへ寄せていく彼女の背後から……

 

「伊隅大尉、盗み聞きはよろしくないわね」

「っ―――――ハーネット特尉?」

 

 

 

 

 

 

「――――――で、29日の夜更けに佐渡島の生き残りのBETAがここを襲撃すると。確証はあるんでしょうね?」

 

 事情を一通り聞き終えた夕呼先生は、いつも以上に吊り上った眉をヒクヒクと震わせた。無理もない、事実なら日本の戦況が根底から覆るような大事件なんだから。

 アルフィ特尉と格納庫で別れてからすぐに副司令室に向かった俺は、霞と一緒にこうして夕呼先生にこれから起こるかもしれない緊急事態について相談していた。先生の事情もあって面会が叶ったのは午後五時過ぎ、完璧に午後の訓練をサボってしまったが仕方が無い。

 

「すでに連中の地下茎は絶対防衛線の内側まで食い込んでいるはずです。17日のBETA出現がそれを裏付けている。後は佐渡を失ったBETAはそのまま最寄りの甲20号目標へ流れるか、こちらへ来るか……二つに一つだ」

「是非とも大陸へお帰り願いたいわね」

「同感ですよ、まったく」

 

 そう、前回の12月29日。奴らは横浜基地を襲撃した。事前に展開していた戦力と佐渡から逃げてきた分を合わせて数はおよそ5万。それだけのBETAが一つの基地を襲うに十分な理由がここにはあるんだ。

 

BETAの目的は?」

「奴らの狙いはここの反応炉です」

「……そう。もしアンタの話が本当なら、その襲撃まであと二日も無いことになるわ。実際、かなりの被害が出たんでしょう?」

「ええ、まあ。かろうじて敵の殲滅に成功しましたけど、基地は放棄寸前。ヴァルキリーズは速瀬中尉と涼宮中尉が戦死。宗像中尉と風間少尉、涼宮少尉が重傷で……実質残った戦力としては207B分隊組だけです」

「伊隅と柏木は?」

「二人は、前の時は佐渡島で戦死していました」

 

 にやり、と夕呼先生の口元に笑みが浮かぶ。

 

「なるほどねぇ……白銀があれだけ気張っていたのはそういうこと」

「基地強襲に対抗するには、人手は多い方がいいでしょう?」

「その代償が沙霧尚哉と姫宮東介というわけね」

「っ……先生、姫宮っていうのは?」

「斯衛の指揮官よ。甲21号作戦の時の」

 

 あの時凄乃皇を――――純夏を庇った人か。

 でもいきなりそんなこと言い出すなんて……向こうから何か突き上げでもあったんだろうか。

 

「今日の報告会議でね、殿下から預かった手紙があるのよ。帝国軍と城内省からの謝状らしいわ」

 

 そう言って執務机の引き出しから取り出したのは、しっかりとした作りの立派な封筒だった。装飾も煌びやかで、ただ事ではない。

 そして宛名は――――――

 

「俺、ですか。先生じゃなくて?」

「あたしは預かった、って言ったでしょう。ま、後で読むといいわ」

「は、はい」

 

 とりあえず手紙はズボンのポケットにしまっておこう。

 問題は二日後のBETA奇襲をどう切り抜けるか、だ。

 

「さて、話を戻しましょうか……反応炉が奴らの狙いって言ったわね」

BETAといっても何がしかのエネルギー供給が無ければ活動を維持することは出来ない。かといって捕食によるエネルギー補給が出来るような機能が、BETAには無かった」

「あら、詳しいこと」

「先生の受け売りです。前のときにオルタネイティヴ計画について色々聞きましたから」

 

 BETAは人間などの動物のように食事によって活動に必要なエネルギーを得るわけじゃない。奴らは反応炉から直接補給を受けているんだ。

 

「つまりBETAはこの横浜基地を奪取し、エネルギー補給を行ないつつハイヴに戻すつもりなんです。前回は結果的に阻止しましたが、反応炉は大破しました」

「……なんですって?」

「反応炉を破壊することでBETAの最大の目標を潰したんです」

 

 代償も大きかった。

 最初は停止させるつもりで涼宮中尉が制御室へ向かったけど、すでに侵入していた小型種に襲われて失敗。速瀬中尉はS11で爆破を試みるも遠隔制御装置をBETAに破壊され、結局手動操作で自分もろとも反応炉を――――

 そして、

 

「白銀、反応炉を破壊すれば……」

「分かってますよ。経験済みですから」

 

 00ユニットの機能維持こそが反応炉を残していた最大の理由だった。そしてそれが失われたことで、純夏は三日以内にその命を終えることになったんだ。

 

「もちろん、そうならないために全力を尽くしますよ。けど――――」

「けど?」

 

 先生はあくまで俺の話に集中している。自分の意見を先走らせること無く、いつものような軽口も無く、得られる全ての情報を確認した上で最良の答えを見出そうとしているんだ。

 

「今回の戦闘では基地の全部隊の連携が鍵になる。まずBETAは突撃級を中心に構成した第一陣が基地の遥か手前――――大体県境辺りで地上へ出ます。そしてこっちの迎撃が第一陣に集中し始めたところで第二陣がさらに後方の演習場に出現、待機していた部隊を強襲する」

「…………」

「ただ、これもフェイクです。本命は地表すれすれの地下から基地施設へ直接乗り込んできましたから。二段構えの陽動作戦にこちらのルールの盲点を突いた突入で、基地の戦力は分断されて連携が大きく乱れました。結果として防衛ラインは押し切られて二つのメインゲートは充填封鎖。基地内部に敵を誘い込んで迎撃する篭城戦に切り替えました」

 

 この時点で戦況は最悪の状態。イニシアチブを完全に奪われてしまったんだ。

 

「なるほどね……我ながらとんだ失態だわ」

「先生?」

 

 苦々しく呟き、先生は宙を仰いだ。

 どれだけそうしていたのか……不意に姿勢を正した夕呼先生の瞳はやはり揺らいじゃいなかった。

 

「続き、いいですか?」

「悪いわね。続けて」

「あ、はい。それで結局、反応炉を停止させることで奴らの活動限界まで持ちこたえる持久戦になったんです。後方からの帝国陸軍の支援もあってBETAの流入も尻すぼみになって、何とか耐え抜いたのが明け方ぐらいだったと思います」

 

 あの時は自分もギリギリの状態で記憶が曖昧なんだよな……確か月詠中尉に睡眠導入剤で強制的に休息を取らせられたっけ。休むのも衛士の仕事だ、とか言われたんだ。

 

「ところで、聞く限りBETAは反応炉を目指して一直線に侵入して来たみたいだけど……炉を止めたら基地内に分散して被害が拡大するはずよね」

「それは組み上げ段階の凄乃皇弐型のムアコック・レヒテ機関を使いました。佐渡で奴らが弐型に過剰反応したことから、BETAを引き付ける餌に使えると判断して」

「そう―――――――大体の流れのイメージは掴めたわ。アンタがやりたいこともおおよそ見えてきた。速瀬と涼宮を助けたいんでしょう?」

 

 黙って頷く。

 

「まあ速瀬はともかく、問題は涼宮よねぇ。大方、貨物エレベータと連絡用通路で最下層まで降りて制御室付近で小型種と遭遇……十八番の戦術機じゃとてもカバーできないでしょう」

 

 その通りだ。俺は因果操作無しでも衛士としては十分なレベルに到達していると思っているし、少なくともそれだけの実績がある。それも戦術機が使えないという状況下においては、自分は平凡な兵士に過ぎないだろう。とてもじゃないがライフルやら機関銃やらでBETAと戦えるとは思わない。

 因果操作能力も不慣れな生身の戦闘でどこまで役に立つか分かったもんじゃないしな。

 

『話は聞かせてもらった、白銀少尉』

 

 部屋の入り口の方から響く突然の声に、俺と夕呼先生が全く同じタイミングで驚き振り返った。そもそも此処は副司令室で、もちろん機密漏えいを防ぐための保安システムが完備されている。

 ドアだって高レベルのセキュリティを解除できるIDじゃなきゃ開ける事は出来ないんだ。もしくは鎧衣のおっさんぐらいだろう。

 ともかく、不敵な笑みを浮かべながら現れたのは……

 

「と、特尉!?」

 

 アルフィ・ハーネット特尉だった。その隣では呆然とした表情で俺を見つめる伊隅大尉。

 

「大尉まで……一体どうして?」

 

 どうやって、とか言う前に今の話を聞かれたのはマズイ。柏木にはその場の流れで多少話してしまったが、俺が未来から来た人間だとバレたら間違いなく夕呼先生は消そうとするはず――――!

 

「聞かれた以上、二人とも消えてもらうしかないわね」

 

 言いつつ拳銃を抜く夕呼先生……ってすでに消す気満々かよ!?

 ここで二人に、伊隅大尉に死なれたら俺のやってきたことが全部無駄になっちまう。せっかく守ってきた仲間が、自分のために殺されるなんざ真っ平御免だっ!

 

「せ、先生っ!」

「……分かってるわよ。ここでアンタを敵に廻したら全部ご破算だものね」

 

 あ、あら? そりゃまあ、確かにここで大尉を殺されたら俺だって好き勝手やらせてもらうつもりだったけどさ。

 でもアルフィ特尉も一体どういうつもりで……

 

「さすが香月博士、話が早くて助かります」

「ふざけんじゃないわよ、アルフィ・ハーネット。そっちが下手打ったおかげで米軍が大混乱になった……あたしの陰謀説まで出て色々面倒だったのよ?」

 

 あのー、スンマセン。話が良く分からないんですが?

 そういえば特尉、甲21号作戦のちょっと前から姿が見えなかったような。一体何をやらかしたって言うんだ?

 

「それは申し訳ありませんでしたわ。しかし、まずは目先の問題を解決するべきでしょう?」

「ふん、後できっちり絞ってやるから覚悟なさい」

 

 結局、何の説明もないまま話の路線は元に戻ったみたいだ。まあ自分のことを優先してくれるのはありがたいんだけど、ね。

 

「さて、二日後に横浜基地がBETAに襲撃されるという話だけど……信用していいのかしら、香月博士」

「あながち在り得ない話ではないわ。甲21号ハイヴを失ったBETAの残存戦力は大陸に戻るか、そのまま日本内陸へ侵攻するかのどちらか。可能性としては五分五分ってところね」

 

 あれこれ確認する特尉と夕呼先生。

 ふと、隣まで来ていた伊隅大尉が小声で尋ねてきた。

 

(お前はやはり普通の人間では……あの異常すぎる戦闘能力は、隊の連中もだいぶ訝しがっていた)

(は、はぁ)

(珠瀬がな、やれ『天空よりの使者』だの『進化の種子を持つ存在』だのと騒ぐし、彩峰や宗像がそれに便乗して根拠の無い推論をぶち上げたり……)

 

 そりゃあ、あの長刀をブン投げたのはやりすぎだったかもしれないが……とりあえず彩峰は後でシメる。

 

(白銀の戦いぶりを見れば、誰だって畏怖の念は抱くわ。あまりに人間離れし過ぎている)

(大尉、それでも俺は――――)

 

 何と言われようと、大切な仲間を守り抜く。

 化け物扱いぐらいどうと言う事はない。

 

(心配するな、白銀。お前が規律や命令を遵守し、風紀と貞操を重んじ、しっかり訓練に参加すればそういった疑念は払拭されるはずだ)

 

 どうやら午後のシミュレーター訓練に出なかったことを指摘しているらしい。しかも甲21号作戦での独断専行や命令違反、さらには柏木との交際問題まで―――――

 こ、こういう時は霞に助けを求めるべきだ。心優しい霞ならきっと温かい慰めの言葉をかけてくれるに違いない。

 

(不潔、です)

 

 さらに何処で覚えたのか、突き出した親指を下に向けて……きっと純夏だ、純夏が教えたに違いない!

 

(彩峰さんです)

 

 畜生、あの不思議野郎め! 純真無垢な霞を毒しおってからに!

 やっぱりこの世に神は居ねえェェェェェェッ!!!

 

「何を悶えているんだ、白銀少尉?」

「とうとう気が狂っちゃったのね、可哀相に」

 

 違うと力一杯叫びたいところだが、もう俺の心はボロボロだぜ。

 

「ともかくギリギリになるだろうけど対抗策をこちらでも用意しておくわ。伊隅はこの件に関する情報全てについて口外無用。部隊への説明は時期を見て、改めて私から説明する。いいわね?

 それから白銀はちょっと残りなさい。解散!」

 

 夕呼先生が半ば強引に話をまとめると、アルフィ特尉と伊隅大尉は部屋から出て行った。

 本来なら甲20号ハイヴを攻める段取りに入りたかったんだろうけれど、この事態を解決できなければ俺たちは此処でお終いなんだ。

 

「それで、先生。話っていうのは?」

「率直に話すわ、覚悟して聞きなさい」

 

 二人残った部屋に、重い空気が流れる。

 

「甲21号作戦における戦闘データとリーディングデータを解析した結果、BETAの攻撃優先順位に変化があることが判明したわ。今までのパターンはそのままだから、正確には追加と言ったほうが良いのかしら」

「……それで?」

「最初に増援として出現したBETAは既存の戦力と合流し、A02の砲撃開始地点を目指して移動を開始したわね?」

「ええ。それで俺が敵陣に突入して片っ端からブッ倒した」

「その後ヴァルキリーズもアンタに続いて敵陣に突入し、砲撃開始地点を防衛する戦力はゼロになった。けれどBETAは一匹たりともそちらには流れなかったわ」

 

 ……なんだって?

 確かに戦闘に集中していてそっちには気が回らなかったけど、でもそれは妙だ。奴らは凄乃皇のムアコック・レヒテ機関に反応して寄ってきたはず。

 

「ではBETAは何に引き寄せられたのか。鑑である可能性はゼロではないけれど、戦力の割り振りから考えてあまり重要視していなかったようだし」

 

 確かに、土壇場で重光線級を出してきただけで他には何のアクションも無かった。先生の言うとおりだとすれば、奴らの狙いは他にあるはずだ。

 

「戦術機を狙うなら他にいくらでもいるし、もっと別の空間飛翔体ってことか……?」

「残念だけど、白銀が突入してから光線級は一度も支援砲撃を迎撃してないのよ」

 

 え、じゃあ、空間飛翔体よりも重要なターゲットってことか?

 

「教えて下さい、先生。率直にって言った割にはだいぶ遠回りしてます」

 

 バツが悪そうに先生は頭を掻いている。いったい、何を隠しているんだ。

 

「白銀よ」

「俺が、なんですか?」

BETAの狙いはあんたなのよ、白銀」

 

 う、嘘だろ?

 

「残念ながら事実よ。奴らはあんたを狙って行動している節がある。今後、あんたのために他の人間が危険に晒される可能性も否めない。そしてこの事は、基地司令にも報告してあるわ」

「え―――――?」

「今のところは心配要らないわよ。向かうところ敵無しの白銀武は対BETA戦略に必要な人材であるってことで、プラス要素が勝っているわ」

 

 要するに、負けたらお役御免ってことだろ。

 けど、俺を狙ってBETAが寄って来るなら俺の周りが一番危険ってことだよな?

 

「俺が、みんなを危険にしている?」

「そういう可能性もあるわ」

 

 守るはずの俺が……

 

 

 

 

「にやり」

 

 PX……食堂の一角でほくそ笑む彩峰慧。何処からとも無く飛来した電波によって己の企みが成就したことを知った彼女は、ご満悦の表情で合成ヤキソバパンを口一杯に頬張った。とても幸せそうである。

 ちなみに、今この場において幸福の絶頂にあるのは彼女だけだった。というのも、先刻勃発した第三次白銀争奪戦争にヴァルキリーズの面々は全神経を集中せざるを得ない状況だったのである。

 つまるところ、本妻と愛人の頂上大決戦である。

 

 事の起こりは半刻ほど前、訓練を終えたヴァルキリーズの一同が夕食のためにPXを訪れた時のこと。

 

『今日からここの夕飯を手伝ってくれることになった鑑純夏ちゃんだよ!』

 

 満面の笑みを浮かべるPXの支配者……もとい責任者の京塚志津恵曹長は声も高らかに周囲へ厨房の新人料理人を紹介していた。まあ、エプロンの下が国連軍の制服なのでピンチヒッター的なお手伝いであることは明確である。

 白銀武と伊隅みちるを覗く十一人の戦乙女の目へ最初に飛び込んできたのは、その『純夏ちゃん』から合成秋刀魚定食のトレーを受け取りながら号泣する月詠真那中尉の姿であった。彼女の隣では事情を知る神代少尉、巴少尉、戎少尉ら三名がこれまた号泣。なんでも『あの時の衛士さんですよね?』に対して『よくぞ生きていてくれた』だとか。

 

(つ、月詠と面識が―――――!?)

 

 この時点で只ならぬオーラを感じたらしく、御剣冥夜が半歩後退。戦況は斯衛部隊を味方に引き入れた本妻陣営が有利に展開していた。

 と、ここで彩峰慧が果敢にアタック。彼女の接近を見た『純夏ちゃん』も戸惑いの表情を見せている。

 そして慧の必殺の一手、『合成ヤキソバ定食大盛り』が炸裂。これには『純夏ちゃん』も一瞬驚くも満面の笑顔で対応。特別メニュー・合成ヤキソバパンでお互い好印象を残したようだ。

 一人席に着き、夕食にありつく彩峰を尻目に、残り十人はどうしたものかと思案顔である。あの純真な笑顔を邪険に扱うわけにもいかず、かといって白銀関係の問題も拭いきれず……悶々とした空気が流れること五分。

 膠着状態の戦況を打破すべく、本妻陣営が押しの一手。

 

「あの、合成肉じゃが定食とかオススメですけど……」

 

 あえてお袋の味をプッシュすることが宗像美冴、風間祷子の両名には有効だった。京都の生まれである宗像には和の煮物はナイスチョイス。さらに育ちの良い風間もこれに好印象を持ち、二人は合成肉じゃが定食を受け取って各々の席へ。

 これが愛人陣営の足並みを大きく乱すことになる。祷子に同調した鎧衣美琴が珠瀬壬姫、榊千鶴を巻き込んで『合成国産カルビ焼肉定食』を注文。そんな豪華なメニューがあることにまず驚くべきなのだが、ともかくこれでB分隊組は冥夜を残し敵側についたことになる。

 この時点で冥夜のほか、柏木晴子と涼宮姉妹……そして速瀬水月が未だ夕食を注文できずにいた。すでに席に着いた他の面々は固唾を呑んで動向を見守っている(慧だけはヤキソバパンに夢中だった)。中でも速瀬は白銀に『なんで柏木と付き合わんのじゃ!?』と突っかかり『純夏ちゃん』にまつわる事情を聞いてしまった手前、なんとも複雑な思いがあった。

 部下のことを考えればここは『純夏ちゃん』に絡むところなのだが、そうすべきではないと水月の女の勘が告げていた。自分も親友と一人の男を巡って争った過去がある。結局、もっとも悲しむべき形で決着がついてしまったが、それでも―――――

 

「はいはい! じゃ、飯にしましょうか!」

 

 冥夜と晴子、両名の肩をちょっと強引に抱えて水月が歩き出した。困惑する二人に『大丈夫だ』とウインクして、さらに歩を進める。

 色々と思い悩むところもあるかもしれない。

 受け入れられないこともあるだろう。

 けれど、同じ男を愛したのだから……

 

「おばちゃん! 肉じゃが三つね!」

「あいよっ!」

 

 京塚曹長にいつものように注文してから、初めて水月は彼女と向き合った。

 

「ヴァルキリーズの速瀬よ。こっちは御剣に、柏木」

 

 突然の自己紹介に最初は戸惑ったものの、

 

「鑑純夏少尉です。タケルちゃんから聞いてます、大切な人達だって」

 

 そう笑顔で答えて右手を差し出した。

 それぞれ握手を交わし、ほんの数瞬だけ目が合った。

 今は互いに受け入れられないかもしれない。ただ拒絶し合うことしかできないかもしれない。憎み、傷つけ、悲しむことだけの関係になってしまうかもしれない。

 けれどいつか、

 きっといつか……同じ誰かを愛した者として向き合える日が来る。

 自分と、遥のように。

 

 

 

 

 副司令室からの帰り道、霞の反抗期到来でもはやボロボロの俺は半ば引き摺られる形でアルフィ特尉の自室へやってきていた。

 

「二、三つ確認したいことがある」

 

 そう言って部屋へ案内した特尉は、俺なんかお構いなしでクローゼットの中を引っ掻き回している。出てくるのは野戦服のズボンやらタンクトップやらで……下着はせめて戻して欲しい。

 

「あのー、特尉?」

「ちょっと待って頂戴。アレは確かこっちにしまって……」

 

 もしや酒でも引っ張り出そうってんじゃないだろうな?

 夕呼先生といつもつるんでいる人間なんだ、そりゃあ酒の一本や二本忍ばせているに違いない……根拠は特にないけど。

 

「あ、あった……わねっ、と」

「っっっ!?」

 

 最後にクローゼットから出てきたのは身の丈もある巨大な棺桶だ。いや、実際は棺桶なんていうよりもっと精巧な機械でできたケースで、かなり頑丈そうだ。

 

「さて、と。確認だけれど、白銀?」

「は、はい」

 

 棺桶に片手を添えたまま、特尉の鋭い視線が俺に定められた。

 

「29日深夜……BETAがここに仕掛けてくる。間違いないわね?」

「何も起こらなかったら神に感謝しますよ」

 

 平穏無事に過ぎたなら、少なくともその日は誰も死なずに済むんだ。

 

「居るはずのない神にさえ感謝する、か……なるほど。次、仮に襲撃が現実に起こった場合に白銀が望むのは施設内部に侵入したBETAの掃討でいいのかしら?」

「正確には戦術機で対処できないようなところまで入り込んだ小型種、ってとこです」

 

 戦術機で戦闘できる区画なら俺が何とかできる。乗る機体が見つからなきゃ最悪予備のイーグルでも使わせてもらえばどうとでもなる。

 

「OK、以上を踏まえた上で最後の確認。最優先事項は?」

「………涼宮中尉の護衛です」

 

 この戦場で死亡する確率が最も高いのは涼宮中尉と速瀬中尉の二人だ。特に涼宮中尉の生存は反応炉確保の可能性、さらに速瀬中尉の生存率を引き上げることが出来る。

 けど、施設の深奥部まで入り込んだBETAを迎撃できるのは生身の人間だけ。機械化歩兵部隊でも対処は出来るけど歩兵ほど小回りは利かない。それに小型種の能力を考えれば、人間なんてパワーもスピードもタフさも劣っているんだ。

 俺に、何とかできるんだろうか?

 

「フフッ……不安そうね、白銀。無理もない、化け物共と真っ向からやり合おうなど誰も思いはしないわ」

「そりゃそうですよ。無茶苦茶だ」

「まあいいわ。涼宮中尉の護衛は私が確かに引き受けた。彼女には毛先ほどの傷もつけさせない」

 

 棺桶を軽く叩きながら特尉は穏やかな声で、けど力強く宣言した。きっとその棺桶が切り札なんだろう。最後まで不安感は残ったけれど、それでも特尉がはっきりと言うのだから信用しよう。

 

「じゃあ、お願いします。俺はこれで」

 

 もう夜も遅い。早いところ部屋に戻って寝てしまおう。明日こそは訓練に参加しなきゃいけないしな。

 

 

 白銀が部屋を立ち去ったことを確認し、アルフィ・ハーネットはこれまたクローゼットの奥から暗号化機能を搭載した衛星通信機を取り出した。繋ぐ先はJFK本部・局長室だ。

 報告をするために。得られた情報を伝え、支援を受けるために。

 

「そちらは相変わらずかしら」

『相変わらず多忙だ、君の失態を隠蔽するために』

 

 答えたのは若い男の声。非常に不機嫌な声色からは『アルフィの失態』とやらがかなりの大事になっていることが窺える。

 

『それでいったい何の用だ? 事と次第によっては減俸――――』

「レベル5の危機的状況が予想されるわ。Million Regionの出動を要請する」

 

 JFKが保有する対BETA私設軍『Million Region』。最新鋭の装備を持ち、厳正な基準によって選抜された優秀な人員のみで構成される、少数精鋭の特殊部隊だ。任務の内容は難民キャンプへの物資輸送からハイヴ偵察まで多岐に渡り、その危険レベルは五段階に分類されている。

 その中でも最も高いグレードを示すものが、今しがたアルフィが告げた『レベル5』だ。極限状況におけるBETAとの総力戦が想定される事態を指し、『Million Region』側にも多数の被害が予想される極めて危険なシチュエーションである。

 

『場所は?』

「国連極東方面第11軍横浜基地」

『戦闘開始予想時刻は?』

「2001年12月29日深夜」

『敵戦力は?』

「消失した21号ハイヴの残存勢力と見られている。数は恐らく五万以上」

 

 会話の相手はしばらく沈黙し、やがてこう告げた。

 

『俺がそちらに出向こう。手勢を二人ほど連れて行く。他に必要なものは?』

「弐式のパーツが不足している。タイプ94か97を廻して欲しい」

『自分で何とかしろ』

 

 そして通信は途切れた。向こうから一方的に遮断されたのだ。

 相も変わらず自分勝手、自由気ままな男(・・・・・・・・・・ ・・・・・・・)

 

「ついに動くのね、アヴァン・ルース(・・・・ ・・・)

 

 

 

 

 特尉の部屋を後にして、俺は今度こそ自分の部屋に戻った。飯も食いたかったがこんな時間じゃあPXも締まっている。いい加減疲れが溜まっていたし、このまま寝てしまえばいいだろう。

 ベッドに腰掛けて、ふと紙のひしゃげる音が聞こえた。ズボンのポケットからだ。そこで夕呼先生からもらった手紙のことを思い出した。

 

(この手紙って……)

 

 封を開けて本文に目を通す。内容はまあ、難しい文法全開でチンプンカンプンだが、それでも甲21号作戦での俺の活躍とやらに対する感謝が述べられていることは分かった。

 読み終えて驚いたのは、これを書いたのが殿下だったってことだ。国家の象徴としてこういう事もするんだろう。そりゃあウィスキー部隊の撤退支援と第二戦隊の援護、加えて爆発に巻き込まれたはずの信濃の安倍艦長と一緒に生還すれば英雄扱いされてしまうのも当然か。

 手紙の最後には『人類の英雄殿へ』と締め括られていた。正直、そんな肩書きが似合うほど俺は綺麗な人間じゃない。その『人類』の為に仲間を殺して、純夏を殺して……そうしてまで掴み取った未来は、あまりにも残酷で苦々しかった。

 得られた猶予は三十年余り。開発したXM3とリーディングデータで地上のハイヴはいずれ制圧できる。それも全ては人類が互いの利害を越えて共存し合えれば、の話。俺が冥夜たちを踏み台にして掴み取ったのは、そんな未来だった。

 もう過ちを繰り返したくなくて、それでも同じことを繰り返している。この手で神宮時軍曹を殺し、柏木と伊隅大尉を助けるために沙霧大尉たちを犠牲にした。今度の基地防衛でも仲間を助けるためにどれだけの命を引き換えにしなければならないのか、考えただけでもぞっとする。

 

「くそっ……」

 

 英雄なんて呼び名は欲しくない。

 ただ身勝手な願いの為に他人を犠牲にする、低俗な人間でいい。

 いや、人間なんて枠から外れた化け物のほうがお似合いだ。どうせ俺は普通の人間には戻れやしない、そんな扱いで十分だろう。

 誰も犠牲にしたくなくて、けれど誰かを生贄に捧げなければ何も出来ない。

 

「結局、前と変わらずか……」

 

 ベッドに寝転がり、天井を見上げる。

 虚しかった。

 どれだけあいつらを救ってみせても、俺の中の『死』の事実は消えない。只ひたすらに、救えないことへの恐怖と失うことへの怒りだけが渦巻いている。

 犠牲として割り切って戦っていた方がマシだった。誰かが死んでいっても、歴史が変わらなくても、それは仕方のない事だと受け入れられる。結果としてクーデターでは助かったはずの沙霧大尉が死んで、佐渡島は消滅した。それどころか斯衛の指揮官さえ戦死させてしまった。

 

(何も変わらない……結果は同じだ)

 

 戦えば戦うほどさらに厳しい戦場が待っている。敵は俺を狙って来るんだ、危険性は増す一方でいずれは俺の手は届かなくなり、みんな死んでいってしまうだろう。それがこれまで通りの歴史の必然だった。

 犠牲になるのは俺一人で十分だ。

 俺一人だけでいい……

 

 

「で、なんでお前がここに居るんだ!?」

「ばれちゃったかー。しょうがないね、タケルちゃんは」

 

 寝ようと思って布団を被った矢先、その中から出てきたのは純夏だった。普段はシリンダーの部屋で寝泊りしているはずなんだけど……っつーか浄化措置はどうなった!?

 

「空いてる時間にちゃちゃっとね。それにできるだけ一緒に居た方がいいとか、香月先生も言ってたよ」

「俺が精神的によろしくねえっての!」

「というわけで今日からここで寝泊りするから。あ、霞ちゃんも一緒だよ」

「ナニー!?」

 

 さらにベッドの下から出てくる霞クン。いや、どうやって隠れてたんだ?

 

「はいはい、寒いから一緒の布団で寝ようねー」

「寒い、です」

「タケルちゃんは床だよ?」

「寒い、です」

 

 そう言ってベッドを占拠する二人。どうやら俺を入れてくれるつもりは全く無いらしい。

 ……チキショウッ!!!

 

 

2001年12月28日

国連極東方面第11軍横浜基地

 

 朝六時、いつもどおり起床しようと起き上がった俺は体の節々が痛んで涙が出そうだった。結局純夏と霞は俺のベッドを開放してくれることは無かった。

 

(風邪引いちまうぜ、ったく……)

 

 洗面台で顔を洗い、年末の寒さで震える手を何度も擦り合わせる。ジャージを羽織ってみるも温まるわけも無く、やはりぬくぬくした布団が恋しいわけで……などと溜息をついた矢先、

 

「白銀少尉! 朝だ、よー……」

「タケル! 朝だ、ぞー……」

 

 蹴破らんかと言う勢いで部屋のドアを開け放ち、中へ突入してくる柏木と冥夜は辺りを見回すと呆れた様子で肩をすくめた。

 そして二人の手にはどこから持ち出してきたのか、訓練用の模造刀やら煌びやかな装飾の宝刀やらが握られている。

 ……OK、なんとなくオチが読めた。

 

「白銀少尉は朝からお盛んだね」

 

 どこをどう見たらそんな台詞が……出てくるわな、そりゃ。布団をはだけた霞は下着姿で、純夏にいたってはネイキッド。

 

「―――――斬るっ!」

 

 模造刀ならいざ知らず、皆琉神威でぶった切られた日にゃマジで10月22日からやり直し確定だ。しかし問答無用で斬りかかるのは本当に勘弁して欲しいぜ。

 

「う、うぉおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「「覚悟っ!」」

 

 縦横無尽に駆け巡る二人の剣舞から本気で逃げ回る。なにせほんの数秒の間に洗面台は真っ二つになり、備え付けのクローゼットの戸は十七個の破片となって床に散らばっているんだ。というか、もしやこれが「十七本の線で十七に斬る」という噂の十七分割かっ!?

 いや、このままでは本当に部屋ごと斬り捨てられかねん。かくなる上は……

 

「ふ、二人ともストォォォォォォォッ……ブボォォゥゥッ!?」

 

 冥夜と柏木、二人を同時に抱きこんだ瞬間、重い衝撃が腹部に襲い掛かってきた。きっとエルボーだろう、鋼鉄の肘ってやつだ。

 

「いい加減、落ち着け……二人とも、俺を殺す気か?」

「惚れた男が悪の道に堕落する姿、見捨てておけぬだけだ」

 

 速攻で恥ずかしいことをしれっと言い放つ冥夜。しかし残念なことに、悪の道に堕落したのはお前たちだ。

 

「とりあえず、周り見ろや」

 

 一緒に部屋を見回すと、それはもう酷い有様だ。斬られた洗面台から水道水が噴き出して足首まで浸かるほどの大洪水。クローゼットは引き戸どころか中の制服までズタボロだ。壁や天井は斬撃で砕け、ヒビがあちこち走っていて、いつ剥がれ落ちてきてもおかしくない。

 

「あははは……まあ、これもスキンシップってことで」

 

 元の世界の話だったら俺も笑えたんだが、修理の申請先に居る魔女の姿を思い浮かべると……とてもじゃないが笑えねえ。

 

「――――で、タケルちゃん?」

 

 いつの間にか目を覚ましたらしい純夏が、いやに刺々しい口調で告げた。

 

「な・ん・で……」

 

 あーいや、これには色々と訳があってだな。

 

「御剣さんと柏木さんを―――――」

 

 部屋がこんな凄い状態になっているのには世界を破滅から守るための壮絶な戦いが……って、んん?

 

「朝っぱらから抱き込んでニヘニヘしてんの……よおぉぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅっ!!!!!」

「AME――――――――――――N!!!!!」

 

 何枚天井と壁を突き破ったか知らないが、軽く地球を一周してきた俺は気付けばもとの自分の部屋に落下して頭から床にめり込んでいた。途中で見たアラスカの大自然に心癒されたのがせめてもの救いだろう。

 しかし、一つだけ分からないことがある。

 何故……純夏のどりるみるきぃぱんちに一緒に巻き込まれたはずの柏木たちが無事なのか。純夏の一撃は正確に俺だけを世界一周旅行へ強制連行……理不尽だぜ。

 早朝から精根尽き果てた俺は朝食をしっかり食い逃しましたとさ。

 

 

 

 

 午後の訓練―――――シミュレーターによるハイヴ突入訓練は純夏と凄乃皇弐型の合流によって大きく変化した。俺の出番もないほど迅速なハイヴ制圧には全員が驚いていた。10回の突入のうち7回が反応炉の爆破に成功。内2回は部隊損耗0という快挙。

 そして珍しく、今回はアルフィ特尉が訓練に指南役として参加していた。元々そういう役割でこの基地に赴任してきたそうで、風間少尉や涼宮(茜)の話だとXM3の試験導入の頃は毎日大尉とダブルでお冠だったとか。

 俺たちが入隊した頃からしばらくは別件の仕事で指南役は休業していたらしいが、どうやら復帰したみたいだ。

 それでどうなったか、というと……

 

「今回露呈したのは待ち伏せ、挟撃に対するリアクションが派手すぎる! 特に珠瀬と鎧衣! パニックを起こして背中から要撃級の間合いに飛び込む奴があるか! 加えて後衛メンバー全員にお約束の安易な回避機動に頼る傾向が見られる! 緊急時のリアクションでは特に、だ! ソ連の少年兵の方がまだ良い動きをする……14、5の子供に劣るなど恥を知れ!」

 

 物凄い毒舌ぶりだ……さらに厄介なことに指摘が事実であるため誰も反論できない、という絶望感がブリーフィングルームを支配している。

 

「先任共には前から言っているが、対BETA……特にハイヴ突入戦では教則書通りのお利口な機体機動はまったく役に立たん! 常に回避パターンを変化させ続けなければ、敵は必ず規則性の穴を突いてくるぞ! 相手が蛆虫などと高を括る阿呆から戦場では奴らの餌になる、敵は卑しく残忍で狡猾なハイエナだということを忘れるな! では貴様らが生き延びるために何が求められているか、分かるか榊少尉!」

 

 俺の横で委員長が慌てて起立した。完全にビビりまくっている……たまなんか顔面蒼白だぞ。

 

「常に周囲の動きを把握し、状況に応じて移動・回避・攻撃を行なうことです」

「ほう、ではそれらを行なうためには必要なものは?」

「え、あ……操縦技術でしょうか」

「問いかけに対して問い返すのは己の不明を曝しているも同然だな、よほど物覚えが悪いとみえる。地獄の底から出直して来いっ!」

 

 うわっ……神宮司軍曹のことを踏まえた上でこの罵倒。今までの特尉ってかなりセーブしてた方だったんだな。

 目尻涙浮かべて座る委員長を横目で見つつ、特尉はさらに声を張り上げた。

 

「貴様らに求められているもの、それは常に平静を保ち、獲物を狩り続ける冷血さだ! 己と敵を観察・研究し尽くし、いかなる状況でもベスト・スタンスを維持せよ! 先も述べたが、敵を罵る者は三流以下だ! 見下す者は死んで同然の屑! だが貴様らは佐渡という死地から生還した猛者たちだ。決してそのような低俗な輩と同類ではないと私は考えているが……大尉、相違ありませんか?」

「無論だ、ハーネット特尉」

「了解。では、解散!」

 

 こうして俺の経験上、最もぶっ飛んだデブリーフィングは終了した。

 特尉が退出したのを確認したうえで前に座っていた風間少尉に尋ねてみる。

 

「アルフィ特尉っていつもこんな感じなんですか?」

「ええ。普段は温厚で気さくな方なのだけれど、ここしばらく指南役をされる時はああなさるの」

 

 ということは、宗像中尉や速瀬中尉も毒舌の標的にされた……? 俺にはあまりに恐ろしい光景ゆえに想像することも出来ねえ。

 

「それでも昔はもっと穏やかだったわよ。伊隅大尉とは立場抜きで認め合っているみたいだったし」

「涼宮少尉……」

 

 突然間に入ってきたのは涼宮だった。風間少尉もどこか不安げな表情で見ているけど、何かあったのか?

 

12.5事件の時、私達も駆り出されていたのは知ってるでしょ? その時は二人が戦死して、一人が重傷で病院送りになった。その重傷っていうのが私の親友だったの」

 

 親友? 委員長じゃないはずだから……誰だ?

 

「いっつも私に助けられてばかりの子でね、築地多恵って言うんだけど。とはいえ実戦じゃそれなりに頑張っていたし実力もあった。決してお荷物じゃなかったよ」

 

 築地って……あいつか。あんまり憶えてないけど、確かD組で涼宮にべったりだったような気がする。こっちでも同じ訓練校だったんだな。

 

「築地って奴のことは分かった。それで、何があったんだ?」

「庇ったのよ、挟み撃ちにされた私を。多恵の機体は大破、脱出装置が働いてコックピットは射出された。けど肝心の私はその場でもぬけの殻になった不知火の残骸を抱えて錯乱していたのよ」

 

 あの涼宮が、そんな……とてもじゃないけど信じられない。

 

「そして事件の後、帰還した私を特尉は殴り飛ばしたのよ。大尉よりも、速瀬中尉よりも、お姉ちゃんよりも早く。『バカヤロウ!』って」

 

 言いながら自分の頬を擦る涼宮。なるほど、風間少尉の様子が変だったのはそういうことがあったからなのか。

 

「自分が守っているつもりだった多恵に助けられて、私……なんかへこんじゃっててさ。自分のせいであの子が大怪我したことに耐えられなくて」

「それで一発、と」

「うん。物凄い勢いでね、軽く5メートルぐらいは飛んだのかな?」

 

 5メートルって……無茶苦茶だなおい。幾ら涼宮が女の子だからってボーンっと飛んでいくほど軽いわけない。

 

「さすがに医務室に運ばれて、手当てを受けながら特尉にね……『諦めるな』とか言われて、もちろん頷いたよ。それからなんだ、特尉があんな風にきつい言い方をするようになったのは」

 

 むう……それってどんな関係があるんだ?

 そこで風間少尉がバトンタッチしてくれた。

 

「白銀少尉。最初に特尉はあの場に居た部隊全員に、涼宮少尉が挟撃されるような状況を作り出してしまったこと……そして対応が後手に廻ったことを指摘されたの。実際、涼宮少尉と築地少尉が敵の側面を叩く形で先行していて、そこを逆方向からの増援に挟み込まれてしまい……その場の誰もがすぐに駆けつけることの出来ない状況だったわ」

 

 部隊の最小行動単位はエレメント……つまり二機編成だ。けれどそれは単位の話であって本来なら――――特に対戦術機の戦闘ならなるべく戦力を拡散させない方がいい。高機動戦闘が主軸になっている今、多対少の状況では死角に回り込まれる危険性が高く、対処が難しいんだ。一対一でラプターと戦った俺ですら、激震に比べて機動性の高い吹雪でもあの機動力と運動性には追いかけるのがやっとだった。

 そんな状況でも突っ込んでいったのは、突撃前衛のポジションを目指す涼宮の意地みたいなものもあったのかもしれない。けどそれを踏まえた上でフォローするのが仲間ってもんだ。

 

「その時のことを忘れさせないための戒め、ってやつか」

 

 それならあの罵声の嵐も理解できなくも無い。

 人間は戦術機という力を得てBETAと互角以上に戦うことが出来るようになった。けれどそれは同じフィールドに立った、というだけのことで相手が弱くなったわけじゃない。その力が変わらないのであれば、隙を見せた瞬間に俺たちはたちどころに食い尽くされる……戦況はやっとイーブンまで漕ぎ着けただけ。

 そこからさらに状況をひっくり返すための要素が、俺や純夏だ。

 

「そうそう、白銀。この間の借りはまだ返してもらってなかったよね?」

「は?」

 

 唐突に何を言い出すんだ? ほら遠くから殺気立った視線がちらほらと……

 

「ほら〜、この間の作戦の最後で突撃砲貸してあげたじゃん」

「ああ、あれか……」

「今夜の夕食のオカズでどう? 確かトンカツだったよね?」

 

 ぐ、ぐむぅ……まさかこんな所で要求されるとは。しかも晩飯のオカズを一品差し出すのは、この侘しい軍隊生活の中で生命線を立たれるも同然! ましてトンカツなど、合成食品といえど滅多にお目にかかれないレア食材なのだ!

 ――――チョットマテ?

 確か風間少尉からもミサイルランチャーを借りたような気が。

 

「じゃあ、私は合成サラダでどうかしら?」

 

 にっこりと微笑む風間少尉。

 もしかして、ちゃっかり狙ってた!?

 

「はっ……!?」

 

 振り返れば宗像中尉と速瀬中尉、さらには伊隅大尉まで。

 まさか皆、俺の晩飯を徴収しに来たのか!?

 

『し〜ろ〜が〜ね〜?』

 

 ギャ、ギャオォォォォォォォォォッッッ!!!

 

 

 

 

2001年12月28日

22:34

―――――国連極東方面第11軍横浜基地・第一発令所

 

「その報告に間違いはないのかね?」

 

 確認を求めるパウル・ラダビノットの額は、歴戦の猛者らしからぬ冷や汗でかすかに濡れていた。顔の険は一層深くなり、唸る声さえも一段と重い。

 対して、報告を続けるオペレーターも震え、掠れる声を何とか絞り出していた。メインモニターには帝国軍の甲信越仮設防衛ラインのマップが表示されており、現在展開中の防衛戦力と即席の観測所の配置が事細かに記されていた。

 

「間違いありません……帝国軍からの緊急報告によれば、旧新潟市一帯の地下一千メートルに微弱ながらも移動する震源を確認した、と。予測進路は当基地を真正面に捉えています。極めて広範囲かつ複数の震源が観測されていることから……地中を移動するBETAは大規模戦力を集結させている可能性が」

「君の予測通りだな、香月博士」

 

 振り返り、別の画面を注視する香月夕呼に視線を移す。昨夜の時点でラダビノットにはBETA急襲の可能性を報告していた夕呼だったが、彼女もまた本気でその情報源を信じていたわけではなかった。あくまで五分五分、というのが本音である。

 

「そのようですわ。そして残念ながら我々には、この攻撃に対して十分に備えるだけの猶予は無い。帝国軍も帝都防衛を最優先に行動するでしょうから、こちらへの支援は難しいでしょう」

 

 まして先の甲21号作戦で砲弾備蓄量の50%以上、さらには陸戦力の多くを消耗した彼らもまた、そのダメージから立ち直ったわけではない。損失の補填にはもうしばらく時間が必要なはずだった。

 つまり夕呼たちは独力で数万ものBETAと渡り合わねばならないのだ。

 

「むぅ……奴らが地上へ出なければこちらは手の打ち様も無い。だがあの爆発から逃れていたとは」

「恐らく事前に配備されていた、本州侵攻の戦力なのでしょう。そこに佐渡からの生き残りが合流して突撃を開始した――――そんなところです。もっとも活動時間の限界は見えていますが」

 

 それがせめてもの救いだ。予め展開していた戦力もさることながら、佐渡島の残存戦力がそう長く活動できるはずがない。白銀の『予言』通り、襲撃が29日の夜ならばエネルギー残量の限界ギリギリの時間だ。

 ただし、奴らの目的がこの基地ならば……の話だ。

 

「司令、提案があります」

「何かね?」

「白銀武……彼を今回の防衛戦に限り、私の補佐に任命しようと思います。現状で搭乗機を確保できない彼には適任かと」

 

 そして事の成り行きを知る白銀ならば最善の判断を引き出すことが可能なはずだ。戦術機に乗られては逐次通信で呼び出すのが手間、というのもあるが……それは言わぬが花だ。

 

「その判断は君に任せる、香月博士。他に報告事項はないかね?」

 

 申し出るものが居ないことを確認し、ラダビノットは宣言した。

 

「現時刻を以って当基地は防衛基準態勢2に移行! すべての戦力は即応態勢、航空支援部隊および戦術機甲部隊は12時間以内に出撃態勢に移行せよ! 関係各位に通達急げ!」

 

 

 

 突然発令された防衛基準態勢2を受けて、ただとも俺たちヴァルキリーズはブリーフィングルームに集合した。

 しかしまだ28日、俺の経験よりも奴らの侵攻が早まったっていうのか?

 

「副司令。ヴァルキリーズ、全員揃いました」

 

 伊隅大尉、そして全員が夕呼先生に敬礼する。

 

「緊急事態よ」

 

 大して夕呼先生は、いつもの「堅苦しい〜」の口上も無く本題に入った。相当切羽詰ってるってことは間違いない。

 

「今から一時間ほど前、甲信越仮説防衛線を構築中だった帝国陸軍の偵察部隊から、旧新潟市一帯で異常震源を観測したと言う情報が入ったわ。そして検証の結果、数万規模のBETAが内陸部へ向けて進行中よ。また進路予測から奴らの目標は、ここ横浜基地である可能性が高く、早ければ明日の昼にも戦闘になるわ」

『!?』

 

 やっぱり……それでも横浜への到着は29日になるな。でも帝国陸軍もよく見つけられたなぁ。BETAは大型の観測所で無ければ察知できないような大深度地下を移動していたはずだ。

 

「先の作戦において帝国軍はだいぶ消耗しているし、帝都の防衛を最優先にするでしょうから今回の支援は難しいと考えられる。クーデターの時はたまたま居合わせた米海軍太平洋艦隊も居ないし……つまるところ、私達は独力でBETAを迎撃しなければならないわ」

 

 敗北すれば人類は勝利の鍵を永遠に失い――――滅亡する。決して退くことは出来ない。

 

「迎撃作戦の詳細などは決定次第、随時通達するからアンタ達は指示通り即応態勢で準待機。あと、白銀については搭乗機復旧の連絡が無い限り発令所で私の補佐をしてもらうからそのつもりでね。

 こちらからは以上よ。伊隅、あとはよろしく」

「はっ」

 

 退出する夕呼先生にもう一度敬礼する。

 というか、俺に補佐なんかできないぞ? 第一、コマンドポスト・オフィサーなら涼宮中尉が居るんだし……そりゃあ乗る機体が無きゃやることないんだし、どこかしかに回されるのは当然だけどさ。

 先生に代わって伊隅大尉が編成の説明がある。今は、そっちに集中しよう。

 

「今回の部隊編成は白銀無しで行う。突撃前衛は彩峰と御剣のツートップに変更し、速瀬は二人の死角をフォローしろ。AC小隊は今のままでいくが、明日の訓練でポジションの微調整をするからそのつもりでいろ。質問は!?」

 

 沈黙……それが俺たちの答えだ。

 

「よし! 白銀はハンガーへ直行し弐式の修理に最善を尽くせ! 他は強化装備装着後、シミュレータールームに集合だ!」

『了解!』

 

 皆全速力で更衣室へ走っていった。さて、俺もこれから忙しくなるな……とはいえ、弐式の修理で俺に出来ることなんて後ろで旗を振ることぐらいなんだけどなぁ。

 特尉が言うには、修理に必要なパーツなんかこれっぽっちも用意していないらしい。それでも同じ不知火である以上、ヴァルキリーズの機体の予備部品で代用できるはず……

 

「――――と、思うんですけど」

「無理ね。」

「無理、です」

 

 霞と特尉のダブル却下で俺、涙目。

 ハンガーの弐式の前で作業しているアルフィ特尉は、どこからともなく用意した戦術機の腕やら足やらを弄り回していた。見た感じ不知火っぽいけど、ちょっと違う気もする。

 すると特尉はえらく真面目な顔で、けれど振り返らずに喋り始めた。

 

「……さて、弐式はもともと不知火・壱号機っていう話はしたわね?」

「? え、ええ」

「ロールアウトした頃は純正部品なんか全然間に合ってなくてね、まあまだ生産ラインも確立されてもいなかった訳だから当然だけど……とにかく今の『不知火』のパーツは実験部隊のストックには全く無かった訳」

 

 じゃあ、どうやって修理したんだ?

 

「決まってるでしょ、既存の機体のパーツを流用していたのよ。不知火はF―15DJ『陽炎』をベースとした第三世代概念実証機を母体とした機体。つまり基本的には『陽炎』と共有できるパーツが多かった。というより無理矢理部品として使っていたというのが本当だけど」

 

 っていうことは、弐式の中身――――特に機体の駆動系なんかは第二世代のパーツを使っているってことになる。

 

「む、無茶苦茶だ」

「仕方ないでしょ? さっきも言ったけど、私がテストパイロットをやっていた頃はどのメーカーも生産ラインの確立にはもうしばらく時間が掛かる状態だった。純正品を使おうにも、メーカーにはすぐに部品を用意できる土台が無い。特に手足の基本フレームのストックが切れた時は本当に泣きたかったわよ」

 

 そりゃご愁傷様。でも第二世代機のパーツを使っていても弐式の性能は第三世代機に引けと取っちゃいなかった。でもなんで不知火のパーツが使えないんだ? 使えるなら純正品の方がいいはずなのに。

 

「人の話聞いてた? 弐式の機体構造の六割はイーグルないし陽炎のパーツが使われている。逆に不知火の純正品を使うと、これまで今まで保たれていた弐式のトータルバランスが狂って一から調整しなおさなきゃならないわけ。それは実機テストと再調整を何週間にも渡って繰り返すことになる……それなら前と同じパーツでそっくり作り直したほうが早いわけ。私の腕とここの設備ならギリギリ滑り込めるかどうか、ってとこだけど?」

 

 ぱむ、と自分の腕を叩いてみせる特尉。マイナーチューンで性能の底上げは出来るだろうけど、それだけで何とかなるものでもないはずだ。けどあれだけの性能を発揮していたのは、もしかしたら機体設計の秀逸さにあるのかもしれない。

 

「さて、無駄話はこれまで。白銀、弐式の修理は急いでいるけど迎撃に間に合うかは分からない。第一、戦闘が始まれば私にはもっと大事な『仕事』があるわけだし……とにかく搭乗機として弐式を使うことは諦めたほうが良いわ」

「くっ……」

 

 やっぱり予備のイーグルにでも乗せてもらおう。どこまでやれるか分からないけど、何もせずに手をこまねいている訳にはいかないんだ。

 

「そう思い詰めた顔をしない。いい? 白銀……お前はジョーカーなのよ。相手のどんな強い手札も覆すことの出来る必殺の一手。けれど使いどころを誤れば自分の首を絞めることになる、諸刃の剣でもある」

「特尉――――」

「下手に動けば周りを巻き込んで自滅する。それが嫌ならギリギリまで状況を見極めなさい。早すぎても遅すぎてもいけない、最良のタイミングを見つけ出すまで堪えるのよ」

 

 最良の、タイミング……俺にそれを見つけることが出来るのか?

 いや、見つけるんだ。見つけなければ――――

 

(っ――――!!!)

 

 脳裏に神宮時軍曹の死に顔が過ぎる。駄目だ、今は考えるな。今やるべきことだけに集中するんだ。もう誰も死なせるわけにはいかない、絶対に守るんだ。純夏も、冥夜も、柏木も……皆を守るんだ。

 

――――あんたのために他の人間が危険に晒される可能性も否めない。

 

「夕呼先生のところへ行って来ます」

 

 そうだ。まだ色々と話を聞かなきゃいけないことが残っている。

 

「今行っても無駄よ。明朝まで作戦会議のはずだから」

「じゃあ、俺に何をしろと!?」

「とりあえず仮眠を取りなさい。それから食事、洗顔、着替え……いつものペースを保つこと。訓練のデブリーフィングでも言ったはずよ、いかなる状況でもベストスタンスを維持せよと。それは戦闘時に限らず、日常の中でも同じこと。今は体調を整えることが必要よ、特に衛士は体力勝負なんだから」

 

 ぽむ、と俺の胸を叩いて特尉は今度こそ作業に没頭し始めた。霞も一緒に手伝っているのは、きっと夕呼先生からそういう指示が出たからだろう。

 純夏は純夏で先生に呼ばれていったし、冥夜と柏木は今も訓練中……なるほど、確かに今の俺には他にやることはなかったな。

 

 

 

 

『――――状況は以上です』

 

 デスクに備え付けられたモニターを見つめ、煌武院悠陽は神妙な面持ちで頷いた。通信の相手は問題の国連軍横浜基地に駐留中の第19独立警備小隊の月詠真那中尉。使用しているチャンネルは、かつて月詠に課せられた極秘任務の報告その他の為に設置した直通回線だ。

 帝国軍の偵察部隊がBETAの大侵攻を察知したのが二時間前。

 日本政府内に特別対応司令部が設置されたのは一時間半前。

 帝都および全ての帝国軍基地に緊急警報が発令され、敵の進路上に防衛網の構築を開始したのが一時間前。

 そして迎撃態勢が整い始めた今を見計らい、渦中に居る妹の安否を確認すべく悠陽は月詠真那にコンタクトを取ったのだった。

 

「状況は分かりました。皆の健闘を……そして帰りを祈っております」

『勿体無きお言葉。神代たちも喜びます』

 

 一礼する月詠。冥夜と横浜基地の現状に関する報告も終わり、通信を終了しようとする彼女を悠陽は呼び止めた。

 

「月詠」

『は。なんでございましょうか』

「私にまだ言えぬ事を抱えていますね?」

 

 報告の間、無表情を装う月詠の心の内には激しく渦巻く葛藤があった。甲21号作戦後、帰還した横浜基地で再会した鑑純夏と二言三言会話を交わした折に彼女は白銀武の窮地を知ったのだ。友軍を庇い専用の搭乗機を損傷させた彼は今、迫る危機に抗う術がないという。

 何とかしてやりたいものだが、己の立場がそれを許さぬ。たとえ冥夜の想い人であっても、人類の英雄であっても……

 そんな彼女の苦悩に気付かぬ煌武院悠陽ではない。

 

「私とそなたの間に隠し事は無用。遠慮なく申してみよ」

『ありがとうございます……率直に申し上げます。殿下より冥夜様の御為とお預かりしました武御雷、此度の戦に限り白銀武に貸し与えていただけませぬでしょうか』

 

 これは冥夜からも相談されたことである。もはや将軍家と縁切りと相成った冥夜であるが、彼女の物として基地に残された紫の武御雷は今もA01専用の格納庫で厳重に保管されている。

 これを白銀に使わせて欲しい。部隊の演習を終えた後、誰も居ない屋上で冥夜は月詠にそう嘆願したのだった。

 

「うむ……」

 

 悠陽は悩んだ。

 あの武御雷は搭乗者認証機構が搭載されており、帝国より搬出される前に登録した特定の人間でなければ操縦できないのだ。しかもこれは機体そのものに組み込まれたシステムで、コックピットユニットを換装しても解除できない極めて厳重なもの。

 つまり、IDを登録されている悠陽か冥夜でなければ遣うことは事実上不可能なのである。

 だが―――――

 

「鎧衣! 鎧衣はおるか!」

「はい、殿下。こちらに」

 

 部屋の影より現れたのは帝国を影にて支える鎧衣左近その人。12.5事件の際には悠陽と共に地下鉄道で脱出し、事態の収拾に尽力した一人だ。

 

「『鍵』を横浜基地の月詠に届けて欲しいのです」

「……よろしいのですかな? 下手すれば役人たちが越権行為と騒ぎ立てますぞ」

「いいえ、筋は通ります。先の作戦において帝国の将兵たちの為に身を挺して戦った衛士に、ささやかではありますが一晩限りの恩賞を与えたと伝えなさい。彼の者が戦場に立つか否かで勝敗が決するのならば、猶のことです。そして迷う猶予はもはやありません」

「なるほど。確かに彼の働きからすれば何らかの褒賞はあって然るべき……まして目前に迫る危機に立ち向かわんとすれば、相応しい礼となりましょう。この鎧衣左近、必ずや届けてまいります」

 

 瞬き一つの間に姿を消す鎧衣。話の流れを上手く掴めない月詠は狼狽するばかりだ。

 

「月詠。今、鎧衣にあの機体の緊急起動用の鍵を届けるよう申し付けました。もし白銀に託すのであれば、併せて伝えなさい。『将軍の乗機である故、消して壊すでない』と」

『あ、ありがとうございます!』

 

 通信を終え、立ち上がった悠陽は窓から外の景色を見つめた。仮初の平穏を湛える帝都の町並みは紅く夕暮れに染まり(・・・・・・・・・)間もなく陽は沈もう(・・・・・・・・・)としていた。

 

 二〇〇一年十二月二十九日、十九時五十六分。

 絶望的なまでの戦力差を前に、今年最後の激戦が始まる……

 

 

 

 

「白銀少尉」

 

(んん〜……)

 

「起きてよ、ねえ。白銀少尉?」

 

 ユサッ ユサッ

 

(ぶるぅぁぁぁぁあっ……)

 

「警報鳴ってるんだってば! って何処触って―――――」

 

 ムニュ ムニュムニュ

 

(む〜……)

 

「ちょ、や、あ、そこ、は……」

 

 もっきゅ もっきゅ もっきゅ

 

(これは、ベリーメロン……か?)

 

「だめ、だ……って言ってるでしょぉぉぉぉっ!」

 

 ゴギャンッ!!!

 

「ぐあああああああっ!!! 頭が割れるぅぅぅぅっ!?」

 

 突然走る鈍痛と言おうか激痛と言おうか。ともかく頭がカチ割られるような衝撃で俺はおもっきりベッドから飛び上がる。ふと視線を横に向ければ、そこには真っ赤の顔のベリーメロン……じゃなくて柏木が激しく呼吸を乱していた。

 

「か、柏木?」

「……白銀の、ばか」

 

 息も絶え絶えにそれだけ吐き捨てるとダッシュで立ち去った柏木クン。そして掌に残る温かく柔らかい俺は一体何をやらかしたんだ?

 

「―――――って、警報鳴ってる!?」

 

 そうか、それで柏木は俺を起こしに来て、色々あったと。

 

「と、とにかく発令所へ行こう!」

 

 この悶々とする何かは心の片隅に仕舞っておこう。いや、仕舞っておかなければいけない気がする。こう、なんというか、人間として呼び覚ましてはいけない記憶って奴だ。

 

「遅いわよ、白銀っ!」

「す、スンマセン!」

 

 発令所に入るや否や夕呼先生に怒鳴られる。慌ててメインモニターに目をやると、すでに県境でBETAの第一波と迎撃部隊が戦闘を開始していた。始まってからおよそ十分弱、ということは……

 

「戦況は五分五分よ。今のところは上手く頭を押さえられたみたいだけど」

「先生、部隊の配置図を」

「……涼宮?」

 

 涼宮中尉の手元にあるウィンドウに各部隊の配置状況が表示される。問題は今からで間に合うのか、ってことだ。チクショウ、うかつに寝入るもんじゃねえな……!

 

「先生、今すぐ第二演習場の部隊を後退させてください! 第二波が来る!」

「第二波?……白銀、それはまさか」

「陽動なんだよっ! 分かってるなら早く!」

「ピアティフ! 第二演習場の部隊は即時移動開始、後方一キロメートル地点に防衛ラインを再構築!」

 

 ピアティフ中尉の指示を受けて演習場の部隊が移動を始める。タイミング的にはギリギリになるな……

 

CP、こちらレイピア1! コード991、エンゲージディフェンシヴ! 部隊に損耗無し! 間一髪だ、感謝する!』

CP了解。そのまま迎撃しつつ所定の位置まで後退せよ」

 

 よし……! 上手くいったぞ、奴らの出だしは前回と同じだ!

 

「香月博士、これはいったい……?」

「今は彼の指示に従いましょう。少なくともBETAが陽動作戦を行なっていることは間違いない。第一、甲21号作戦の際に同様の現象を確認したことは司令もご存知のはず」

「―――――分かった。ならば次はどうするのだ、白銀少尉」

 

 ラダビノット司令……ありがとうございます!

 

「敵の本命はこの基地の反応炉です。恐らく敵はこちらの想定外である地下―――それも地表ギリギリのところを潜行して接近してくるはず」

「全部隊に通達! 索敵を密に、接近する震源に注意せよ!」

 

 基地の外での戦闘はこれでイニシアチブを奪われずに済むはずだ。

 

「司令! 今のうちにAゲートとBゲートを封鎖して下さい! 小型種に入り込まれたら対処しきれない!」

「硬化剤による充填封鎖か……確かに基地施設に侵入されることは避けたいが」

 

 悩むのもしょうがねえ。充填封鎖すれば復旧にどれだけ掛かるか分かったもんじゃないからな。

 

「最悪メインゲートに守りを集中すれば撃ち漏らしもカバーしやすくなりますわ。何より今の状況で戦力を分散させるべきではありません」

「ぬう……今は生き残ることが優先か。AB両ゲートを充填封鎖し、基地施設第四層までを放棄! 機械化歩兵連隊は戦闘態勢、基地要員には武器を配り小型種の侵入に備えよ!」

 

 結局篭城戦の構えになるしかない。どれだけ敵の手の内が分かっていても、それを押さえるだけの手札が無ければ結果は同じになる。もっとも、好き勝手させるつもりはねえけどな。

 後は反応炉の停止とムアコック・レヒテ機関を使った陽動作戦の準備を始めれば……

 

『こちらヴァルキリー1! CP、アレはいったい何だ!?』

「ヴァルキリー1、何があった!? 詳細を報告せよ!」

 

 何が起こったんだ? それにヴァルキリー1って、伊隅大尉じゃないか?

 

『映像を転送する! 説明するより分かりやすいはずだ……!』

CP了解……データの受信を確認、表示します」

 

 大尉から送られてきた映像は、あの時の光景を思い出させた。

 

(う、嘘だろ?)

 

 メインモニターに映し出されたのは侵攻する要撃級の姿。一見変哲もない戦場の光景だけど、一つだけ違うのは……

 

「人間の、顔ですって……?」

 

 要撃級の尾の先端には元々人体の頭部を模したようになっている。目はなく、あるのは口だけで、それを使って戦術機の装甲を食い破ったりもするんだ。

 違うのは、そこが本当に人間の顔になっているって事。

 しかも一体だけじゃなく、複数の要撃級に同じものが見られる。といっても個体によっては片目が潰れていたり全体的に崩れていたり、だいぶ差がある。

 他にも突撃級の外殻、要塞級の胴体部にも同じような顔が出現した個体が何体も確認されている。

 そして――――

『し―――――』

 

 どいつもこいつ、

 

『ロ―――――』

 

 聞き覚えのある、

 

『が―――――』

 

 懐かしい、

 

『ネ―――――』

 

 もう聞くことも出来なくなったはずの……

 

『し―――――ロ―――――が―――――ネェェェェェェェェッッッ!!!』

 

 まりもちゃんの声で奴らが俺の名前を呼びやがる……!





筆者の必死な説明コーナー(真面目に説明編・ぱーと2)

JFK

 国際戦術歩行戦闘機開発技術普及機関『Justice From Kennedy』。通称JFK。1974年に正式採用となった史上初の戦術機『F4ファントム』の基礎設計を行なった技術機関であり、以後各国の軍事産業と共同で様々な戦術機開発を手掛ける。

 組織自体は1970年に設立されており、初代局長は元米国大統領ジョン・F・ケネディ。この世界でのケネディ暗殺は派閥抗争によって命を狙われたため、その危険を回避するための自作自演であり、社会的に死亡扱いとなった彼は膨大な資産を投じて来たるBETAとの全面戦争に備えるための組織を結成した。

 機関の構成は大きく分けて二つ。

 一つ目は組織の主軸である(戦術機)技術開発部門。戦術機が括弧で括られているのは、設立当時にはなかった名称だからである。ともかく最悪のケースを想定したケネディは、地球上に降下したBETAとの交戦を前提にした全天候・全地形・全局面対応型の兵器が必要であると考えた。そこに蒼い髪の『ア』のつく男が絡んで、出された結論が人型兵器だったのである。

 ケネディの死後、局長に就任した『ア』のつく男によって各種活動は継続されている。

 二つ目は技術普及を目的とした外交部門。JFKで確立された技術を米国のみならず、世界中の国家軍に浸透させることを目的とした部門で、人材派遣などは基本的にボランティアで活動している。それでも戦術機開発の必要経費自体が馬鹿にならないため、資金に乏しい小国家は派遣を要請できないという問題が生じていた。各国に生産態勢が整い始めた1980年代中ごろからは各地の難民キャンプへの支援がメインになっており、後述になるが部門直属の実働部隊と連携して活動を行なっている。

 また第三世代戦術機開発技術の米国独占が危惧された時期には、積極的に各国へ技術伝播を促したが、米国側から『国際機関の権力を利用したスパイ行為』であると非難を受け、以後対立状態に陥っている。

 90年代後半には組織としての当初の存在価値は殆ど薄れており、技術開発部門は半閉鎖状態。外交部門も難民問題を専門的に取り扱うようになっていた。

 なおアルフィ・ハーネットは実働部隊の隊長を務めていたが、同時に技術開発部門の現場サイドのテクニカル・オブサーバーとしても活動していたため、BETAとの交戦確率の高い日本へ幾度も派遣された経緯がある。

 

 

Million Region

 JFK(※前項参照)が擁する私設機甲兵団。2001年4月の時点でF22A『ラプター』二機、YF23『ブラック・ウィドウU』一機、F15E『ストライクイーグル』十二機、Su37M2『チェルミナートル』二機を保有し、歩兵122名、衛士16名、整備員47名で構成される。部隊長アヴァン・ルース、副部隊長アルフィ・ハーネットを中心に活動しており、外交部門から届く任務内容によってその都度、部隊を編成するという特殊な軍隊である。

 構成員や保有する兵器の数がまちまちなのは、出撃するたびにその数が減少する一方だから。誰もこんな危険極まりない部隊に入隊しようとは思わないのだそうだ。

 それもそのはず、Million Regionの主要任務は難民キャンプへの支援の他、各地のハイヴへの強行偵察、各国軍の救援等々……『俺たちを殺す気か!?』と言わしめるような仕事が廻されてくる。白銀武もここの所属になるため、この部隊の事情を知る軍関係者からしてみれば『大陸からやってきた化物衛士』も同然なのであったとさ。

 余談だが明星作戦で負傷した鳴海孝之を収容していたのもこの部隊。おかげで彼の人間性と引き換えに衛士としてのスキルは爆発的に上昇したとか。

 

 

筆者の必死な説明コーナー(やっちまったなぁぁぁぁっ!編)

 

晴子「マブラヴ・リフレジェンスZをお読みいただきありがとうございました〜。今回もまた変なところで次回へ続く形になりましたけど、私たちの活躍を心待ちにして下さっている方々は来月までお待ちくださ〜い」

 

ゆきっぷう「来月中に書き上がるかも分からないのに、勝手に確約しないで……」

 

晴子「セクハラ三昧のお返しだよ」

 

ゆきっぷう「読者サービスと言えばぼぉっ!?」

 

晴子「結構恥ずかしいんだからね!? 白銀君相手だから余計に……」

 

冥夜「まったくだ。私など今回の台本から役名が『御剣冥夜(恥ずかしい台詞担当)』になっておった故、柏木との扱いの差も含めてその意図をまず聞かせてもらおうか」

 

ゆきっぷう「出番削ろうか?」

 

冥夜「いや、結構だ」

 

晴子「今回は色々やることあるんだから、ゆきっぷうは茶々入れないで欲しいかな」

 

ゆきっぷう「へ? 俺!?」

 

晴子「えーと、まず最初にゆきっぷうの自称オリジナル戦術機『Black WidowU』について。こちらなんですが、原作側から七月の時点で公式発表があり、ちょっとトラブルがあった方がいらっしゃったそうで……」

 

冥夜「誠に申し訳なかった。こちらの不徳の致す所ゆえ、申し開きもできぬ。どうか馬鹿の戯言と思って水に流してもらえぬだろうか」

 

晴子「ホント、すみませんでした。以後、同機についてはアー○ュ様およびボー○ス様の発表とは異なる機体という認識でお願い致します。

 ―――――で、次は?」

 

冥夜「不知火とF15『イーグル』系列の機体とのパーツの互換性について、だな。今回のシナリオで『世代間の部品共有が可能』という話がアルフィ特尉から出ていたが……」

 

晴子「できるんですか? 正直無理だと思うんですけど」

 

アルフィ「使えない部品も少なくはないけど、基本的には可能よ。特に機体の基礎構造を司る骨格や駆動系はおおよそ対応していると見ていいわ。というか、逆に出来なかったら困るのよね。現実問題」

 

晴子「そうなんですか?」

 

アルフィ「そーなの。第一、戦術機の兵装の規格が統一されているのも同じことよ。例えば異なる軍が共同戦線を張ったとして、使ってる兵器の規格がまったく違っていたら補給や整備が凄く不都合でしょう? さらに実戦で兵装を共有することもできなくなる」

 

冥夜「確かにその通りです。機体ごとに整備班を振り分けていては作業が追いつかない」

 

アルフィ「だからリアルな話、敵対する西側と東側では互いの陣営内で弾薬の規格を統一する動きもあったそうよ。そういうわけで米国発の戦術機は単一の規格のまま世界中に普及していったことも手伝って、第一世代のF4『ファントム』が世界基準のルーツになったの」

 

晴子「結構深い話ですね」

 

アルフィ「あら、ここからが本題よ。ところで不知火のベースは何だったか知ってる?」

 

冥夜「F15DJ『陽炎』……あっ!」

 

晴子「ああっ、そういうことか!」

 

アルフィ「正確には『陽炎』のデータを基に造った概念実証機なんだけど、何でも新しいものを一から造るのは大変なのよね〜」

 

冥夜「当然、その概念実証機は『陽炎』がベースになる」

 

晴子「そしてその機体が不知火の基礎になった……」

 

アルフィ「そういうこと。白銀と違って物分りがよくて助かるわ。だから全部とは程遠いけど不知火とイーグル系の機体とはある程度互換性があるってわけ。もちろん、今話したことはゆきっぷうのでっちあげだけどね」

 

冥夜・晴子「ガクッ」

 

アルフィ「ん〜、まあ世の中には『Ζザク』とかいう、世代すらブレイクスルーした機体もあるわけだし……今回に限っては信憑性高いわよ。

 他には何かある?」

 

冥夜「タケルの将来の嫁はいったい!?」

 

アルフィ「それは却下」

 

晴子「武御雷の起動キーって!?」

 

アルフィ「それも却下」

 

まりも「じゃあじゃあ、私の顔したBETAはいったい何なのぉぉぉぉぉ!?(涙目)」

 

アルフィ「だから、ネタバレは却下だっての……柏木少尉、シメよろしく」

 

晴子「また次回も読んで下さいね! じゃん・けん・ぽんっ! うふふふっ☆」(チョキを出す)

 

霞「また……負けました」(その手はパー)

 

まりも「だ、大丈夫よ。きっと次は勝てるわ、ね、ね?」

 

夕呼「そういうアンタは人生負けてんでしょうが」

 

まりも「グサァッ!」

 

 

次回予告

 

これは、遥かなる未来を目指す男の物語。

化け物共は神宮司まりもの声で武を追い求める。

BETAの巧妙な心理戦に狂気と涙に苛まれるヴァルキリーズ。

冥き夜を照らすのは、いつであろうと天高き陽の光……

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

[.絶対運命・陽

 

オマケPart2

 

???「あ゛か゛ね゛ち゛ゃぁぁぁぁぁぁぁん……あ゛い゛た゛い゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

 

???「心配は無用ッ! 俺と君の、茜さんに対する愛があれば……必ず道は開けるッ! いや、拓くんだ! 俺たちの手でェェェェェッ!!!」

 

茜「あ、アンタたちねぇ……」




いよいよ最大の難所とも言える篭城が始まるな。
美姫 「けれど、武には機体がなしと」
しかも、BETAのあれは一体。
ああ、物凄く続きが、続きが読みたいです!
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!



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