1999:12/24 ・ ・ ・火星

 

      ・ ・ ・BETAハイヴ――――『Mars. Zero

 

 

 降り注ぐ熱線が岩盤を融解させ、モニュメントを跡形もなく消し飛ばした。

 

 無数に発生したプラズマ爆風が何十万という軍勢を瞬時に焼き尽くす。

 

 火星におけるBETAの中枢であった『Mars. Zero』は既に崩壊を始めていた。

 

 ハイヴのメインコンピューターは何が起こったのか把握する時間さえ与えられず、

 

 

『認識不能……理解不能……認識、不、能……リ、カイ、フ、ノ、ウ』

 

You never have "Need to Know". Go away to Hell…just now

 

 

 紅蓮が何もかもを巻き込んで、火星の大地に巨大な狼煙を上げた。

 それは二つ、三つと増えていき―――――ついには火星に存在するすべてのハイヴを飲み込んだ。数多の死骸を焼き尽くし、砂塵吹き荒れる火星の大地に平穏が戻ったのはそれから間もなくのことだった……

 

 

 

 

2000:7/6 ・ ・ ・地球

 

     ・ ・ ・衛星軌道上―――――米国保有観測衛星

 

 

「大尉。見てください、A3カメラが撮影した映像です」

A3? 月側のか。何があった」

「これです。月に向かって進入する光点が……」

「なんだと。BETAか?」

「恐らく……進入コースから考えて間違いなく火星から来たものですから」

「火星といえば去年のイヴに火星上の全ハイヴの反応が消失してから、今まで音沙汰なしだからな」

「奴らの生き残りでしょうか? ヨコハマのハイヴをやっと潰したばかりなのに、これじゃあ……」

「明星作戦か……噂じゃあハイヴの中に人間が捕まってたらしい」

「本当ですか!? でも……とても無事じゃないでしょう」

「さあな。噂である以上、宇宙暮らしの俺たちにはどうしようもない話だ。とりあえず本部に連絡するぞ。リアルタイム回線は生きてるな?」

 

 

 

 

2001:2/11 ・ ・ ・日本

 

     ・ ・ ・国連軍横浜基地

 

 

 降り積もる雪を踏み越えて、一人の女性士官が正面ゲートをくぐった。

 腰まで届く、蒼く長い髪は根元と先でしっかりと結わえてある。背の丈は170ぐらいだろうか、女にしてはかなりの長身だ。細い肢体は一見するとか弱さを感じさせるが、しかしその一挙一動に力強さが秘めている。

 司令たちに一通りの挨拶を終えた士官の向かった先は、部隊が作戦前の打ち合わせに使うミーティングルームの一つだ。ちょうどそこでは、彼女がこれから参加することになる『とあるプロジェクト』が保有する特殊部隊が訓練後の演習評価を聞かされているはずだった。

 一応ノックをして、答えが返ってくる前にドアを開けると中に居た全員が視線をそちらに向ける。よほど想定外の客だったのだろう、隊長である伊隅みちる大尉でさえ目を見開いたほどだ。

 そこへ遅れて到着した副指令が、何の事は無いといった顔で告げた。

 

「今日付けで新たにプロジェクトに参加してもらう、アルフィ・ハーネット特尉よ」

「アルフィでいいわ。よろしく。専門は戦術機の戦術・戦略的運用法ね」

「これからは貴女たちの戦術・戦略の研究と作戦立案の一部を担当することになるわ。じゃあ伊隅、後はよろしく」

 

 面倒臭そうにまとめると副指令は部屋を出て行った。

 しかし今時蒼く髪を染めているとは……いったいどこの人間だろうか。ファッションの一環で髪を染めるなど、米国でもできるかどうかというところだ。

 そんな伊隅の考えを読み取ったのか、彼女は肩をすくめた。

 

「髪の色は生まれつきよ。気にしないで頂戴」

「では部隊のメンバーを紹介します。まず……」

 

 

 

 

 

 

組み替えられた歯車は回り出した。

消えたはずの英雄が帰還を果たす時、第三の未来への扉が開く

 

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

T.繰り返す悪夢に終止符を

 

 

――――せめて最後は、愛する者の手で撃たれて逝きたいのだ……

 

 冥夜、すまない。俺はお前たちを守れなかった。

 

――――純夏さんや皆さんが望んでいたように……平和な世界で、幸せに暮らしてください

 

 ごめん、霞。俺はみんなとの約束を守れない。

 

 俺はもう一度、この世界でやり直したい。

 どれだけ尊い願いでも、そのために多くのものを犠牲にしちまった。まりもちゃん、ヴァルキリーズのみんな、冥夜、委員長、彩峰、たま、美琴―――――

 だから俺は今度こそ守ってみせる。

 一人でも多くの人を……

 ほんの少しでも長く……

 だからもう一度だけ、チャンスをくれないか?

 頼むよ……純夏……

 

 

「ん……ん?」

 

 起き上がると、そこはよく見慣れた俺の部屋のベッドの上だった。窓から外を見れば景色は灰色一色。廃墟と化した町並みだけが広がっており、家のすぐ側には大破したロボットらしきものが鎮座しているから、まず『元の世界』ではない。

 もちろん、何故自分がここに居るのか、なんて理由は分かっている。

 俺は自分で望んで、ここに来たのだから。

 オルタネイティヴ4。

 人類救済の一手を、俺は完遂した。あまりにも多くの犠牲の果てに俺はオリジナルハイヴを潰し、世界を確かに救った。けどそれだけが俺の望みじゃなかったんだ。

 かけがえのない仲間を守りたかった。

 かけがえのない人達を守りたかった。

 だから俺はあの戦場へもう一度戻らなきゃならない。

 

 パジャマから白陵柊の制服に着替え、外に出る。現代娯楽のオーパーツであるゲームガイは置いていく。向こうで変に混乱を起こすわけにはいかないからだ。まあそれを逆手にとってもいいけど、これ以上ややこしくしてもプラスにはならないだろう。

 

「よし……」

 

 目指すは極東国連軍横浜基地。そして俺は案の定、正面ゲートの警備兵に捕まってしまうのだが、俺はこの窮地を脱するもっとも効率的な方法を知っているのだ……!

 

「香月博士にこれを」

「ん? 手紙か……差出人は白銀武……お前か?」

「そうです。この基地で進められている極秘計画のために鎧衣課長から呼ばれました。これを博士に渡していただければ問題ないはずです」

「ふむ……ちなみにこれの中を見るとどうなる」

 

 警備兵がぷらぷらと手紙を振ってみせる。俺の部屋にあったもので用意した即興の品だ。とはいえ中にはオルタネイティヴ4の最重要機密に関するキーワードをいくつか書いてある。こいつらが見たら次の日には軍法会議にかけられかねない。

 それはそれで気の毒なので、釘は刺しておく。

 

「見てもかまいませんが、香月博士に何をされても自分は知りません」

「……分かった。博士に伝えてみよう。人体実験の素体にでもされちゃかなわん」

 

 それで警備兵はおとなしく詰所に戻り、内線でのやり取りを二言三言交わしてから、俺を―――――

 

「なんで―――――――!?」

 

 やっぱり営倉に連行しやがった! ちきしょう、毎度毎度頭の悪い奴らめ。

 するとものの五分もしないうちに夕呼先生が営倉に入ってきた。鉄格子越しに俺を少しだけ睨むと、ぶっきらぼうに口を開いた。

 

「あんた、何者なの?」

「え?」

「持ってきた手紙……アレに書いてあったことをどこで知ったのかって聞いてんのよ! オルタネイティヴ1から3までの概要はともかく……グレイ・イレブン、XG−70、ムアコック・レヒテ機関! 挙句の果てには何? 量子電導脳に00ユニットですって!? さあ、吐きなさい! どこでこれだけの情報を手に入れたの!?」

 

 一気にまくし立てる先生の顔は文字通り怒り心頭だ。まあ、普通に考えれば俺がスパイか何かで、ここのセキュリティを破って今言った情報を引き出したって考えるのが妥当だからな。

 

「条件があります」

「条件?」

「ここでは到底話せない内容なので場所を変えること。それから、社霞をその場に呼んでほしいんです」

「社まで知って……まあ、いいわ。来なさい」

 

 不機嫌なままなのは仕方がないが、これで一歩前進だ。それに霞が居てくれたほうが一時的にでも先生の信用を得られるはず。

 場所を副司令室に移してから、俺は慎重に言葉を選びつつ事情を説明した。俺が知っていることの中でオルタネイティヴ4が成功した場合のその後の展開は伏せておくべきだし、何より00ユニットの正体はまだ明かさなくてもいい。

 

「―――――つまり、あんたは未来の世界から来た人間で、そもそもはBETAのいない平行世界の住人だった。過去に二回以上の時間のループを経験して、オルタネイティヴ計画に関わった。そうね?」

「そうです。かれこれ主観時間で三年になります」

「計画は成功したの? どうなの?」

「一応の成功はした、とだけ。これ以上は言えません」

「どうして? 話したって減るもんじゃないでしょう」

「先生が俺を信用してくれない限りは。まず話せることじゃないです」

「それだけ重要なことかしら」

「良くも悪くも、です。それから必要な情報は必要な時によこせ、と先生が言っていたからです」

 

 一度だけ俺から夕呼先生は目をそらした。

 

「証拠は?」

「俺が未だ完成もしていない00ユニットを知っていることです」

「完成の定義も知らずに、よくもそんなことが言えるわね」

「知っていますよ。素体になった鏡純夏の人格と人間性、社会性が回復して初めて00ユニットは完成す、る……」

 

 しまった。純夏の名前はまだ出すべきじゃなかったか?

 夕呼先生が何やら楽しげに笑っている。もしかしたらこのあたりの事情が『前の世界』や『前の前の世界』と違っているのかもしれない。

 

「ああ、ごめんなさい。そんな顔しなくていいわ。可笑しいのは、社が驚いているからよ」

「え?」

 

 見れば、どうして純夏の名前を知っているんだ、みたいな顔して固まってるよ。これは確かに笑えるぐらい可愛いかもしれない。

 

「さて、と……よく分かったわ。それに検査結果といい、面白いわね」

「そうですか」

「とりあえずはアンタを信用するわ。207訓練小隊に配属すればいいのね?」

「ええ。あと、ここのフロアへ出入りするためのセキュリティパスも貰えれば。それが無いと何かあったときに困ります。先生も話を聞くためにわざわざ出向くのも面倒でしょう」

「そうね。分かったわ」

 

 

 それからかれこれ二時間ちょっと。手続きが終わったので、俺はさっそくグラウンドに向かうことにした。早いうちに顔を合わせておかなきゃならないし、本当に前と同じ面子なのか確認する必要もある。

 

「でもなぁ……」

 

 アイツらの最後を知っている以上、こっちとしては気まずくて仕方がない。というか、会って泣かずにいられるか不安だ。一応、むこうは初対面ってことだからな…自分を見ていきなり大泣きする奴と肩並べて戦うなんて出来ねえだろうし。

 

「もし、そこのお方」

 

 もう来たぁぁぁぁぁぁっ!? 個人的にはもうちょっと心の準備とか必要なんすけど!?

 おずおずと振り返れば、見慣れたあの凛々しい姿がある。

 

「危険です故、ここから先の外部の方の立ち入りはご遠慮ください」

「あ、いや……」

「どなたかお探しですか?」

 

 まいった、まったく同じ問答に涙を堪えるのが精一杯だ。

 

「御剣、いいんだ!」

「教官」

 

 あ……神宮司軍曹……やべ、目尻に涙が。しかしもう「まりもちゃん」なんて呼べなくなってる自分に驚きだ。前回は確か懐かしさで一杯だったが、今は違う。あなたは絶対に死なせない、今度こそ。

 

「白銀武、だな」

「はい」

「では、この者が?」

 

 やはり事前に話を通してあったんだろう。まあ、そのための手続きなのだが。

 

「小隊集合!」

 

 おお、みんな集まってきた。

 ……委員長、たま、彩峰……美琴はやっぱりいない。入院中だな。

 

「小隊集合しました!」

「では紹介しよう。新しく207小隊に配属された、白銀武訓練兵だ」

 

 俺は、こいつらともう一度一緒に戦うんだ。

 

「見ての通り男だ。しかもこの時期で驚いただろうが、とある事情で徴兵免除を受けていた者だ」

「色々ありまして、今後ともよろしく」

「訓練には明日から参加してもらう。榊、兵舎の案内などは頼んだぞ」

「はい」

 

 兵舎の構造はもう体が覚えている。軽くおさらいするつもりでいればいいか。

 

「では残り十分、引き続き訓練だ。白銀は少し見学していろ」

 

 

「二人とも、こっちだ」

 

 先にPXで席を取ってくれていた冥夜が呼んでいる。たまと彩峰も待ってくれていた。

 

「よっこらせっと」

「意外と、早かったね」

 

 彩峰がぽつりとつぶやく。そりゃそうだ。かなり駆け足で回ったからな。

 

「案内の必要なんか全然ないんだもの。早く終わらせろって感じだったわ」

「予習の成果だよ、委員長」

「い、委員長?」

 

 たまが首をかしげた。

 

「さっきからこんな調子なのよ」

「分隊長は知り合いの委員長に似てるからな……」

「その言い訳は聞き飽きたわ」

 

 むぅ、やはり先に呼び方を決めたほうがよさそうだ。

 

「ともかく呼び方は、冥夜、彩峰、たま、委員長が俺の希望だ。俺のことは白銀でも武でも好きに呼んでくれ」

「わたし、猫みたいです」

「嫌か?」

「全然、いいですよ〜」

「できれば俺を呼ぶときはたけるさんで頼む」

「???……は〜い」

 

 うむ、たまはこれが一番だ。

 

「私だけ苗字」

「名前で呼ぼうか?」

「激しくいや」

 

 相変わらずの彩峰のノリに嬉しく思う。

 

「しかし奇妙な奴だ。自分の呼び方まで指定するとは」

「はっはっは、親近感アップだ」

「ふふふ、強引な奴」

 

 

 

 さて飯も食ったし、霞に会いに行かないとな。

 

「おーい、霞ー、居るかー?」

 

 懐かしいシリンダーの部屋に入る。全てを知った俺にはここの存在意義が分かる。だからここにいる「アイツ」のことも知っている。

 

「…………」

「改めて挨拶に来たぞ。よろしくな」

「はい」

 

 握手をして、それからもう一度シリンダーを見る。やはり、というか「あいつ」がいた。最初のころ、俺はお前に気付いてやれなかった。本当は大切で、大切で仕方ないはずなのに。

 

「久しぶり、だな。純夏……」

 

 脳髄だけだから当然、返事はない。けど、必ずお前をここから出してやる。もう一度、しっかり抱きしめてやるから。もうちょっと待っててくれ。

 

「じゃあ、俺行くわ。またな」

「……私、覚えてます」

「え?」

 

 待て、いま霞は何て言った?

 

「か、霞?」

「おやすみなさい」

「あ、ああ」

 

 今の一言は気になる……

 前の世界でオリジナルハイヴから生還した後、霞は俺が「もう因果導体では無くなった」と言っていた。それに伴って俺が関わった全ての平行世界は再構築され、まったく別のものになったはずだ。

 ……いや、それなら何で俺はもう一度時間をさかのぼることが出来たんだ? もうループする原因だった純夏の思念は無くなったはず。

 

(わけ分かんねえ)

 

 一度夕呼先生に相談してみるか。

 

 

「佐渡島ハイヴのBETAが攻めてくる?」

「そうです。明日攻めてきます。詳しい状況は――――――」

 

 やっと時間を作って会えると思えば、こっちの問題をすっかり忘れていた。

 しかし未来を変えないために未来を変えるというのは、なんとも妙な話だ。しかし前回の世界で俺は因果導体ではなくなっているはずだ。その原因となっている純夏がその願いを叶えたから。それは間違いじゃない。そしてこの世界も再構築された世界のはずなんだ。だから俺の知っている通りに話が進むとは思えない。

 でもこれはいい機会だ。もし俺の予言が的中すれば世界の根本的な流れは変わっていない。逆に何も起こらなければ、その時は覚悟を決めるだけだ。

 

「俺自身、確証は無いです。だから最終的な決定は先生に任せます」

「そう。まあ、アンタにとってもこれはある意味実験だものね」

「……俺からは以上です。結果は後で聞かせてください。失礼します」

「待ちなさい」

 

 踵を返して研究室から出ようとする俺を、先生が呼び止めた。

 

「何ですか?」

「ちょっとした質問よ。アンタ、なんでわざわざ訓練兵から始めたのよ? 実戦で戦術機乗ってたなら……」

「ああ、そのことですか。簡単ですよ。最後のオリジナルハイヴ突入戦の面子が、今の207訓練小隊B分隊の連中なんです」

 

 言われて夕呼先生も納得した顔だった。確かここの訓練学校は00ユニット候補者を集めて、そいつらを00ユニットの素体にするために育てるものだ。つまり『より良い未来を手繰り寄せる能力』の長けた人材が集まっている。

 結果として最終決戦に出撃できる伊隅ヴァルキリーズは俺とあいつらだけだった。一命を取り留めた宗像中尉と風間少尉には、あの後会っていない。涼宮茜は出撃前の墓参りきりだ。伊隅大尉と柏木は佐渡島で、早瀬中尉と涼宮中尉はBETAの横浜基地奇襲の際に戦死した。まだ先生には教えていないが、これもいずれ話さなければならないだろう。

 

「よく分かったわ。いいわ、行きなさい」

「はい……あ、そうだ」

「何?」

「ちょっと聞きたいことがあるんです。俺のことで」

 

 この間思い当たった疑問をぶつけてみる。すると先生はあっさりさじを投げた。

 

「分からないんですか? 先生でも」

「当たり前でしょ。いくら理論があっても、実物はアンタが初めてだもの」

「じゃあ、その理論の中の話でいいです。聞かせてください」

「……はいはい」

 

 椅子に座りなおし、先生はいつもの調子でしゃべり出した。

 

「白銀と言う存在は簡単に言ってしまえば平行世界を渡り歩いているのよ。平行世界から複数の要素を抽出・統合した結果誕生したアンタは、逆に複数の平行世界に存在するためのファクターも持っている」

「つまり、なんでもあり、と?」

「極端に言ってしまえばね。前の世界であたしがアンタを『元の世界』へ送り込むことが出来たのも、白銀武がそこに存在し得るからよ。逆にアンタが存在しない世界へは行くことができない。まあ、専用の切符を持っていると考えていいわ。切符がある限り、アンタは『白銀武がいる世界』ならどの平行世界へも行くことが可能なのよ。行く手段は別にしてね」

「それは前も言われました。俺は自分で世界を移動できるわけじゃない」

「だからアンタがいくら願ったところで今までのループが出来るはずがない」

「現実に俺はループしましたよ」

「そうね。でもあんたの情報と照らし合わせた結果、前の世界と今の世界には決定的な相違点がいくつかあることが分かったわ」

「え?」

 

 決定的な、相違点?

 

「ええ。00ユニットの完成にアンタが必要っていう話がまさにそれ。残念だけど00ユニットはすでに完成しているわ。形だけだけどね」

「っ!?」

 

 00ユニットが完成しているだって!? じゃあ、純夏は!? あの脳髄はどうなるんだ?

 

「先生、それじゃあ隣の部屋のシリンダーの脳髄は……?」

「ええ、間違いなく鑑純夏の遺体よ。社がどうしてもって言うから、そのままにしてるけど」

「……そう、ですか」

「00ユニットは情報の移植は終わって、後は最終調整と起動、調律だけ……なんだけど、白銀が来たからスケジュールを変更して先送りしてあるの。アンタが言うには、00ユニットの調律ができるのは自分だけなんでしょ? だからそういう仕事を頼める立場にアンタがなるまで待っているってわけ」

「ありがとうございます。それで、俺のループは―――――――」

 

 話が途中で逸れちまった。一応慣れたつもりでも、やっぱり純夏のことだけは取り乱しちまう。

 

「そうだったわね。相違点があるということは前の白銀の居た世界とは明らかに違うということ。つまりこの世界はアンタからすれば平行世界になるわ。それで白銀、平行世界ってどんなものか言ってみなさい」

「えーと、一つの世界があって、それを鏡合わせに映したみたいに、無限に広がる似て非なる世界……あっ!?」

「分かったみたいね。アンタがオルタネイティヴ4を完遂した世界が存在するなら、それは一つじゃなく鏡合わせで無数に存在する。ならそこからもう一度ループしてしまったかもしれない平行世界もあるかもしれない。あくまで可能性の話だけど、それが一番妥当な線ね」

 

 そうか……逆に言えば俺が元の世界に戻った平行世界もあるっていうことだ。この世界での俺の行動がそっちに悪影響を出さなければいいけど……

 

 ともかく疑問は解決したが、別の問題も浮上してしまった。

 俺の知っている未来の情報は、この世界でも通用するのだろうか……

 とはいえその心配はしなくてもよさそうだ。翌朝、起きていつものように過ごしていると警報が鳴った。佐渡島のBETAの一部が南下を始めたのだ。

 間違いない……この世界は俺の知っている世界だ。多少の違いはあっても、未来への流れ自体に大きな変化はなさそうだ。

 

 

―――――極東国連軍横浜基地・66番格納庫

 

「どう、そちらの調子は」

 

 香月副司令が現れたそこでは、あまりに巨大な何かが造られていた。

 腕や脚と思しきパーツは、それだけで戦術機一機と変わらない大きさだ。さらに頑強な装甲の塊にしか見えない胸部。しかしその何かは確かに人をかたどっていた。そして、それとはまた別のもう一機が搬出用エレベーターに積み込まれている。

 

「副司令……“極”の組み上げ作業は順調です、エンジンを除いてですが」

「そう、アレが完成すれば人類の勝利にまた一歩近づくわ。ハーネット特尉」

「乗り手がいればの話です」

 

 蒼髪の女は微笑を浮かべ、視線を作業風景へ戻す。夕呼もまた視線をそちらへ移すと、ちょうど搬出用エレベーターが動き始めたところだった。

 

「あっちのは?」

「私の機体です。調整と擬装が済みましたから、とりあえず実戦に出る分には問題ないでしょう」

 

 ふと夕呼は思い至る。彼女はあくまで戦術家であり、技術士官でしかない。だがそれは表の顔だ。何故なら彼女はもともと帝国軍で……

 

「じゃあ、戻るわ。そのうちアイツに紹介するから、そのつもりでね」

「了解です」

 

 ほどなくして、出撃していたヴァルキリーズが帰還した。今回の出撃は佐渡島から出現したBETAを捕獲するためのものだ。

 損害状況を聞きながら改めて夕呼は新型OSの威力を確信するのだった。

 

 

 しかしあれだ。爆薬の扱い、小銃の組み立て、持久走、射撃訓練、近接戦闘訓練などなど……自主訓練を何度もやってきた俺からすればもはや朝飯前もいいところなわけで、まして任官して戦術機に乗ってよりハードな任務を一応こなしてきたわけで。

 総合戦技演習を軽くこなしてしまった今、俺は当然のように質問攻めを受けていた。

 

「白銀……あなた、本当に兵役に就いた事ないの?」

 

 委員長の質問に「はい」と答えたいことこの上ない。だって事実だし。一時はお前たちの隊長だってやっていたんだ。そりゃあ、ここでの訓練で出来ないことは何も無いだろう。医療関連などの専門分野はさすがに無理だが。

 

「確かにそなたが特別な人間だということは教官から聞かされていたが、何をやらせても完璧にこなせるそなたはもはや異常の域だぞ」

「ひでっ!」

「壬姫さんほどじゃないけど、狙撃だってできるし〜。そう考えるのが普通だよ〜」

 

 思ったより鋭い指摘を有り難う、恨むぞ美琴。

 

「あああああのあの、でででも、たけるさんのおかげで士気も上がったし、技能も上がったしぃ」

「だ、だろ?」

「でも気になる」

「ぐはっ!」

 

 スルーしろよ、彩峰!

 こ、こうなったら仕方がない。やはり『スーパーエリートソルジャー』計画で誤魔化すしか……だがこの話はゲームガイというオーパーツがないとどうにも信憑性が……

 

「ん、お前たち?」

 

 お、おお! 教官! 神は俺を見捨ててはいなかった!

 

「教官! 彼について聞きたいことがあります」

 

 ちらり、と教官が俺を見た。やべ、怒ってる?

 

「仕方ないな……今回は特別に教えてやる」

「はっ」

「実際、私も白銀が特別な存在であるとしか聞かされていない」

「え?」

「さあ席に着け。休み時間は終わりだぞ」

 

 

「――――国防省のトライアルを勝ち抜き、1974年米軍に正式採用された。これが人類初の戦術歩行戦闘機F4『ファントム』だ。日本のライセンス生産版は激震と言う名称だ」

 

 うーん、俺の感覚ではただのヤラレ役なんだがな。XM3を積めばある程度マシになるだろうが、まだそれを夕呼先生に持ちかけるタイミングじゃない。それでも第一世代機とはいえ度重なる改良で未だ現役って言うんだから大したもんだよ。

 F4『ファントム』こと激震。BETAの攻撃に重装甲化で対応する設計で生まれた第一世代のそれは、なるほど見た目からして鈍重だ。だが最新技術で補強された機体とシステムは、衛士にとって非常に扱いやすくなっている。生産数と相まって対BETA戦力の要だ。

 

「では午後からは各自強化装備を着用して、衛士適正を測定する。いいな?」

 

 ……適性検査か。そういえば、衛士訓練校の伝統があったような無かったような?

 

「じゃ、PX行きましょっか」

「急がないと混んじゃうからねぇ」

 

 わざとらしい台詞回しだ。間違いない! コイツら、例によって例のごとく俺をハメようとしているな!?

 

「さあ、タケル。遅れるな―――――っ?」

 

 ぽむ、と冥夜の肩を叩く俺。悪いが数奇な運命を呪ってくれ。

 

「今日の冥夜はたくさんご飯が食べたいらしい」

「え?」

「たま、悪いけど先に行ってご飯を取っておいてくれ。超大盛りで頼む」

「た、たけるさん?」

「知ってたんだ!」

 

 驚く一同。だが俺はこれを最低二回は経験している。はいそうですか、とひっかかるわけにはいかんのだ。うん、あの量の飯をいやいや食うのは京塚のおばちゃんにも失礼ってもんだ。

 

「タ、タケルっ!? そなた、謀ったな!?」

 

 俺の手を振り払って逃げ出す冥夜。将軍家縁者たるもの、この程度の苦難に怖気づくようではいけません。

 

「おおっ? 彩峰!」

「らじゃ」

「彩峰!?」

 

 彩峰が逃げようとする冥夜の腕をとり、そのまま背後に回って拘束。こいつのマーシャルアーツは冥夜でもそうそう逃げられるはずは無い。じたばた暴れながらPXに連行される冥夜を見つめ、俺は平和のありがたさを噛み締めるのだった。南無。

 

 

 俺の衛士適正は相変わらずの歴代一位。興奮もしていない極めて冷静な状態でシミュレーターから降りてきた時は、皆の顔がこれでもかというほど驚愕に打ちひしがれていた。

 ……だって、不知火の実機機動に比べりゃ屁でもねえし。

 そして二日もすると俺たち専用の吹雪が搬入されてきた。言わずもがな先生の手回しだ。激震よりも繊細な扱いを求められる、第二世代と第三世代の中間的な機体。

 すでに俺たちはシミュレーターで高い成績を出しているから、それに合わせて異例の速さでの実機演習が始まるわけなのだが、その実機のなんと綺麗なことか。

 

「状態は結構いいみたいだな」

「わかるんですか?」

 

 隣のたまが聞き返してきた。今はまだ朝の訓練前だが、自分の機体が来るというのでB分隊全員がハンガーに顔を出している。

 

「まあな。もともと吹雪はイーグルがベースのテスト機だ。後から練習機への転用が決まって、不知火のパーツを流用して量産化を始めたからな。確か正式配備は97年だ」

「へえ……タケルって物知りだね」

 

 一応話しても大丈夫な情報かどうかは確認してある。何せ戦術機のカタログに書いてあるぐらいだからな。

 しかし自分の乗る機体についてある程度の情報を得ておくことは必要だ。開発経緯を知っていれば、機体の特徴なども把握でき簡易整備もしやすい。

 

「吹雪はスペックだけ見れば激震以上の運動性があるはずだし、ちゃんと武装すれば実戦にも耐えられるらしいぞ。まあ、来たばっかりだから整備で二、三日は使えないだろうけど」

「ほう? なかなかの知識と観察眼だな?」

「きょ、教官!?」

「敬礼!」

 

 び、びびった〜〜〜〜!

 いつの間に後ろに立っていたんだ?

 

「お前たちの吹雪に関しては白銀が今言ったとおりだ。機体は全て使いまわしで、内二機はモジュールの交換が必要だから使えるのはもうしばらく後になる。……まったく白銀、お前は私の仕事まで盗るつもりか?」

「い、いえ! けっしてそのようなことは!」

 

 お、怒ってる! まりもちゃんが怒ってる!

 

「まあいい。ほどほどにしておけよ?」

「はい」

 

 あれ? なんともない?

 

「それから白銀、吹雪のベースはF15J陽炎だ。厳密にはイーグルじゃないぞ?」

「え、あ!」

「まあ、些細なことだけど知識は正確にしておきなさい。行ってよし!」

「し、失礼します!」

 

 やべ〜、同じF15だったから一緒になってた。しかしさすが教官! そういう知識も深いんだな。なんて失礼なことを思ってみたりするのだった……

 

「ん?」

 

 ハンガーの一番奥、トレーラーから紫の機体が起こされていく。

 

「武御雷か」

「!」

 

 俺の言葉に冥夜が鋭く反応する。まあ、無理も無い。自分用に搬入された特別機、しかも将軍専用機なんだから。そうなると月詠さんたちも来ている筈だ。

 

「タケル、そなた……」

「気にすんな。積もる話とかあるんだろ? 俺たちは先に行ってるから、なるべく早く来いよ」

 

 武御雷の足元に見慣れた人影が見える。

 

「すまぬ」

「いいって。ほら、行くぞ? たま」

「あ、たけるさん! そこは首……フォオオオオオオオオッ!?」

 

 とりあえず武御雷に近寄ろうとするたまの首根っこを掴み、邪魔者な俺は退散することにしよう。また死人呼ばわりされちゃ、かなわねえからな。

 そう思って席をはずしたまでは良かったんだが、案の定先回りされていた。たまを別の通路へ行かせてから、もう一度彼女達と対峙する。

 

「白銀、武だな?」

「そうです」

 

 月詠中尉と、三バカ。相変わらずの強面だなぁ、月詠さん以外怖くねえけど。

 

「死人が何故ここにいる」

「私達の目は誤魔化せませんわ!」

「城内省まではデータの改竄に手が回らなかったのか!?」

「冥夜様に近づいた目的は何だ!」

 

 やっぱりっていうか、手が回ってなかったんだな。ともかく俺はこの窮地をなるべく穏便かつ好意的に脱しなければならん。

 

「……もう一度だけ問う。死人が何故ここにいる」

「俺が死人に見えますか? 中尉」

「亡霊の類ではなさそうだからな。だからこうして……」

「すみませんが俺は正真正銘、白銀武です。生憎俺はどこぞの諜報機関からも嫌われてましてね、よく同じ質問をされます……そんなに気になるなら、ふんじばって細胞検査でも何でもやってみてください」

 

 言って右手を突き出す。あー、月詠さんなら切り落として持ってきそうだな。ちょっと後悔。

 

「……いいだろう」

「え!?」

「今日のところはその度胸に免じてやる。だが次はこうはいかないと覚えておくがいい」

 

 去っていく斯衛小隊。とりあえず危機は脱したな。あとで先生にデータの処理を頼んでおこう。

 

 

 とまあ、戦術機が来たのでシミュレーターを使っての訓練も本格化する。しかし困ったことに応用動作過程Fまで来ると、新型OS―――――XM3に慣れた俺では機体がついてこない。そりゃそうだ、OSの性能が桁違いなんだからな。終いにはシミュレーターがエラー起こして一時停止する始末。

 

『終了だ。降りてこい、白銀』

 

 待ち構えていた神宮司教官と冥夜たち。揃いも揃って神妙な面持ちだ。

 

「どういうことだ? いくらお前の操縦が奇抜とはいえ、まさかシミュレーターが一時停止するとは」

「ど、どうなってるんでしょう……ははは」

「なるべく早く原因を突き止める。これでお前だけ成長が遅れては大問題だからな」

 

 原因は簡単です。OSがぁ……もどかしいっ!

 早速その日の夜に先生のところへ行けば、同じこと言われて異常者扱いされるし!

 

「まあまあ、落ち着きなさいよ。天才と異端は紙一重よ?」

「微妙な褒め方ですね」

 

 異端って、どこかの神父に虐殺されそうで怖い。

 

「気にしない、気にしない。それで解決策はあるんでしょうね?」

「それなんですけど……」

 

 XM3の話を簡単にまとめてすると、やっぱり先生はそれだけで全てを理解した。さすが天才。

 一から作り直すことを思うと、もどかしさを感じるが仕方が無い。夜通しシミュレーターでバグ潰しとデータ収集に明け暮れる日々……これも人類のためなのだ。

 しかしやっぱり天才万歳。ものの三日でプロトタイプが完成した。これで明後日からの市街地演習もバッチリ……

 

「あっ?」

「どうした、白銀?」

 

 市街地演習と言えば、珠瀬外務次官の来訪で延期になる。そして外務次官の来訪と言えばあの事件がセットになって……

 

「ああああああああああああああっ!?」

「し、白銀!? 貴様、座学の最中に雄たけびを上げるとはいい度胸……だな」

 

 HSST落下! ヤベェ、また忘れるところだった! 前回はギリギリ間に合ったから良かったけど、今度もそうなるとは限らねえ。すぐに先生に話をしに行かないと……

 

「ん?」

「し〜ろ〜が〜ね〜っ!?」

 

 ワゥチッ! いけね、座学の真っ最中だったのも忘れてた。だがしかし、こういうピンチを乗り切る方法を俺は知っている! そう、必殺のアレだ!

 

「すみません教官! 俺、香月博士に呼ばれてました! 失礼します!」

「あ、こら待て! 白銀っ!?」

「クレームは夕呼先生までお願いします!」

 

 副司令室まで全力でダッシュだ!

 

「あ、白銀さ―――――――」

 

 途中ですれ違った霞も抱きかかえてさらにダッシュ! ドアにタックルしながら滑り込む。よし、タッチダウン。

 

「何よ、どこのラガーマン?」

「そうじゃなくて! 明後日にでも珠瀬外務次官が来るって話は無いですか!?」

「え? まりもから聞いた?」

「違います! 未来の話ですよ!」

 

 夕呼先生の顔が変わる。ちょっと驚いたような、不機嫌なような。まるで厄介事を押し付けられるのを察知して、警戒している。そんな感じだ。

 まあ、ともかく説明、説明……

 

「どうでもいいけど、社……さっきから顔真っ赤よ?」

「おわっ! 霞!?」

 

 そういやさっきから抱っこしたままだ。ソファーに下ろして、説明再開。

 

HSST落下ねぇ。面白そうじゃない。それで迎撃に1200mmOTHキャノン使うんでしょ? 珠瀬を吹雪にを乗せて、キャノンをリニアカタパルトの先端部に固定。間接照準による極長距離精密狙撃」

「やっぱり分かります?」

「そりゃあ、落とせる軌道なんて限られてるしぃ? この基地にある超長距離迎撃の手段なんてそんなもんよ」

「前の世界と同じ台詞、有り難うございます」

 

 すると再び先生の顔に険が戻る。

 

「阻止しなきゃいけないのね?」

「ええ。反オルタネイティヴ4の妨害工作にせよ何にせよ、付け入る隙を与えるべきじゃないです」

「……分かったわ。結構面白そうだったんだけどね」

「無茶言わないでください」

「はいはい。それと後で少しOSの事聞きたいから、隣の部屋で社と待っててちょうだい」

 

 言われるままに、霞と一緒に隣へ写る。

 ちょうどいいから、この前言っていた「覚えてる」の意味を聞いてみよう。

 

「なあ、霞」

「白銀さんは、覚えてませんか?」

 

 う……心を読まれたのかな。

 

「ああ、覚えてるよ。……じゃあ、この前霞が覚えてるって言ったのは、まさか」

「はい……純夏さんが、私の意識もこの世界にシフトさせてくれたんです」

 

 そうか……霞もこっちに来ていたのか。純夏のやつ、気が利くじゃねえか。

 でもこれで少し安心できる。同じ秘密を共有できる仲間がいるっていうのは、大きい。

 

「白銀、ちょっと来なさい!」

「は、はい!……じゃあ霞、また後でな」

 

 こくり、と頷く霞を残して俺は副司令室に戻った。

 うん、戻ったら何かすごい人がいた。

 腰まで届く髪に深い瞳は蒼。スラッと伸びた長身と豊満なバストが対照的で魅力的。なんつぅか、こう……リビドーにズンッと来る女性だ。しかし髪の色まで蒼となると話は違ってくる。人体……いや生命体において青という色素は作ることが難しい。蒼い薔薇が無いのがいい例だ。

 

「先生、この人は……?」

「紹介するわ。彼女はアルフィ・ハーネット特尉。A01における戦術機の戦術・戦略研究及び作戦参謀を担当しているの。一応、衛士の資格も持っているわ」

「よろしく、白銀君。話は聞いている。ずいぶんと腕が立つそうじゃないか」

「ど、どうも」

 

 美女なのに男口調。つくづくこの世界が戦争に彩られているって実感させられる。しかしそれに違和感を感じないのは俺が慣れてしまったからなのだろうか。

 でもA01って、ヴァルキリーズの所属なのか? しかも作戦参謀ってことは正式な衛士じゃない?

 

「今回のOS開発も手伝ってもらってるからね。それにアンタだって無事卒業できればA01に配属されるんだから、早いうちに顔を合わせておいてもいいでしょう?」

 

 そういえばそうだ。ここの訓練学校はA01専用だった。

 

「そうですか。白銀です、よろしくお願いします」

「ええ。さしあたっては今度シミュレーターで対戦しましょ」

 

 ……お手柔らかにお願いします。

 

 

 珠瀬外務次官の来訪は、俺にとってまさに地獄のイベントbPだ。何が悲しくて集団リンチの挙句、トイレにゴミのように投げ捨てられにゃならんのだ。しかも今回は霞のトイレ掃除フラグが立たなかったから、俺一人でトイレ放置だった……

 

「ちくしょうめ」

 

 斯く言う今日は待ちに待った市街地演習である。チーム編成は前と同じ冥夜、たま、美琴と彩峰、委員長、そして俺。ちゃんと夕呼先生に頼んでXM3を彩峰と委員長の機体にも実装してもらった。

 番号の割り振りも前と同じだ。01が委員長、02が冥夜、03が美琴、04が彩峰、05がたま、そして06が俺。

 

『06、どうしたの?』

「なんでもない。それより二人とも、いけそうか?」

『無茶言わないでよ。操縦系に遊びが全然ないんだから、そうそう慣れるものですか』

 

 愚痴る委員長。一方の彩峰もかなり悪戦苦闘していた。初期配置まで移動する間に二人とも数回転んで、そのたびに教官に怒鳴られていた。

 

『ではこれより市街地演習を開始する!』

「よし、行くぞ!」

 

 機体を跳ね上げ、倒壊したビルを飛び越える。

 

『ま、待ちなさいよ! もう!』

「即応性が上がった分、今まで以上の機動が出来る! 早く慣れてくれ!」

『……了解』

 

 建物を盾にしながら全周警戒……静かだ。まだこっちを捕捉できていないのか?

 どのみちXM3は動いてなんぼだ。慣れていない委員長達を先行させるのは得策じゃないから、俺が囮役を買って出る必要がある。

 

「06から01、04! 俺が先行してあぶり出す。カバーを頼む!」

『了解!』

 

 恐らく向こうは冥夜と美琴を前に出して、こっちの動きが鈍ったらたまが横から狙撃する作戦のはずだ。というよりも、現時点でそれ以上の複雑な戦術運用が出来るほど、あいつらは鍛えられちゃいない。

 

「! 06エンゲージ・ディフェンシヴ!」

『こちら01、カバーするわ!』

 

 ちっ!……陰に隠れてたか! ならもう一機は……

 

「見え見えなんだよ!」

 

 反対側のビルにライフルを向け、斉射。驚いたようにもう一機の吹雪が飛び出してきた。いい反応だが、フェイントに引っかかるうちはまだまだって証拠だよ!

 

「04、頼む!」

『了解』

 

 もう一機を彩峰が肉迫する。

 これで出鼻は挫いた形になったが、結果としてこれは相手の作戦に乗ってやったにすぎない。

 

『こちら01。このまま二機を大通りまで追い込んで!』

『04、了解』

「06、了解だ」

 

 冥夜たちはむしろそれを狙っている。大通りという開けた場所、それがたまの技量を最大限に発揮できるポイントだと理解しているからだ。戦術機に乗って日も浅いのに、単純だがここまで立体的な戦術を組み立てられるのはあいつらが優秀ってことに違いない。

 大通りに入り込んだ二機を、俺と彩峰が上下に挟み込む。委員長は別方向から接近。

 でもこれがまずい。

 

『そのまま挟撃する。04、06は頭を抑えて!』

「委員長、狙撃が来る!」

『え!?』

 

 このタイミングだ。冥夜と美琴が軸をずらす、今!

 

「乱数回避!」

 

 急な推進ベクトル変更で機体が揺れる。瞬時に上空へ飛び上がった委員長の吹雪の足元を、砲弾が掠めていった。

 

「01!」

『こちら01! 損傷なし!』

『04。珠瀬機を捕捉』

「こっちでも捕捉した。俺が行く!」

『今度こそ挟み込んでみせる! 04行くわよ!』

『了解』

 

 何だかんだで相性はいいんだ、あの二人は。任せておけば大丈夫だろう。それよりも俺はたまを抑えなきゃならない。

 着地をブーストキャンセルしてたまの第二射を回避する。相変わらずの精度、恐れ入るぜ。

 

「たまは押さえる!」

 

 ライフルの斉射で頭を押さえ込む。射線を確保させるわけには行かないからな。

 

「くっ! 右か!」

 

 苦し紛れの狙撃ぐらい、回避するのは簡単だ。だが回避だけで終わっては意味が無い。回避に徹したところで攻めなければ相手の勢いをとめることはできないのだ。

威嚇射撃を続けつつ、ブーストジャンプからビルの壁面を蹴ってさらにブースト。世に言う三角跳びで俺の吹雪が宙に舞う。

 空中で倒立反転、姿勢を制御しつつロックオン。珠瀬機は丸見えだ。

 

『ええっ!?』

「もらったぜ!」

 

 頭上からの射撃だ、回避は不可能だろ!?

 

『きゃあっ!』

『珠瀬機、頭部、胸部被弾。致命的損傷、大破』

 

 頭からペイント弾の直撃を受けた吹雪が挙動を停止する。よし、一ヶ月以上乗っていなかったとはいえ俺のテクニックも鈍っちゃいない。

 一方の彩峰と委員長は順調に美琴を押さえている。

 

『鎧衣機、右腕破損……左脚部に被弾!』

 

 美琴の吹雪の動きが止まった。空中での銃撃戦を制したのは委員長だ。

 さらに着地際を狙っていた冥夜へ彩峰の吹雪が加速する。

 

『危ないでしょ!?』

『一呼吸遅い』

「彩峰、そこだ!」

 

 彩峰機が冥夜の吹雪に迫る。

 

『くぅううぅっ!?』

 

 よし、冥夜機を踏み台にして彩峰が再びブーストジャンプ。まだ滞空していた美琴機にナイフを突き立てた。いつ見ても圧巻のアクロバットだ。

 

『鎧衣機、胸部大破。機能停止!』

 

 そして俺は委員長と一緒に残った冥夜を追い詰めるだけだ。ライフルのマガジンを交換している暇は無い、両手に長刀を持たせて肉迫する。

 

『白銀!?』

「援護頼む!」

『了解!』

 

 背後から迫る俺に気付いたらしい、目の前の吹雪が振り返り様に長刀を抜いて―――――

 

「っなろぉっ!」

 

 直前で逆噴射して紙一重で斬り上げる斬撃を凌ぐ。さらにそこから小さくステップを踏んで、俺は吹雪を跳躍させた。持たせた長刀でバランスをとり、上手い具合に相手の頭上を飛び越え、

 

『く、うあっ!?』

 

 背後から回し蹴りを叩き込む。ビルの壁面に叩きつけられた冥夜が姿勢を立て直す前に、委員長のライフルが火を噴き、

 

『御剣機、動力部被弾。致命的損傷、機能停止!』

 

 

「以上、市街地模擬戦闘演習を終了する」

 

 うむ、相変わらずの成果に恐れ入ります。夕呼先生。

 

「午後はこのデータを使ってシミュレーター演習だ。……ところで白銀?」

「はい、教官」

 

 さすがに派手にやりすぎたかな? そりゃ三角跳びするわ、空中で倒立反転するわ、しかも最後は宙返りからの着地に回し蹴りって……今思うとやりすぎだ。

 怒っているかと思えば、教官の目はまん丸だった。

 

「お前、いつの間にあんな戦闘機動が出来るようになった? そもそも機体のOSに無理があるだろう。しかし……」

 

 OSと聞いて思わずにやけてしまう俺と委員長と彩峰。

 

「お前たち、隠していることがあるなら早く言った方がいいぞ?」

「え〜と、それは香月博士に……」

「………夕呼?」

 

 おお、教官の顔が鬼軍曹のそれへと……!

 と思えば、ちょうどそこへ戦闘車両から戻ってきた夕呼先生が!

 

「はいはい、皆聞いて頂戴。気になってるだろうけど、今日の白銀たちの動きがすごかった理由。それは白銀チームの吹雪には新概念のOSが実装されているからなのよ」

「新概念、ですか?」

「そうよ、御剣。白銀の戦術機機動が奇抜なのは知っているでしょう? その集大成が今日の戦術機の動き。あれこそが、白銀が本当に目指していたものなのよ?」

『ええっ!?』

「なんということだ……」

 

 打ちひしがれる冥夜たち。

 しかしその一方で……

 

「私、何も聞いてないんですけど?」

 

 鬼軍曹が眉をぴくぴくさせていらっしゃる……やべえ、これはマジ怒りだ。

 

「えーと……言わなかったかしら?」

「ひとことも」

 

 怒るまりもちゃんと、それをなだめる先生。むこうは放っておいても大丈夫だろう。

 一方で小隊の面々は驚きの色を隠せていない。こいつらの様子を見ると、改めて俺のやっていたことの凄さを感じてしまう。

 

「タケル、そなたは今まであの動きをイメージして戦術機を操縦していたのか?」

「まあな!」

「とはー」

「タケルには敵わないわけだよ。誰も戦術機にあんな機動をさせようなんて思わないもん」

「今までの制御パターンだって、長い時間かけて実戦で磨き上げられてきたものなのに」

 

 悪いな。俺はこれでBETAから生き残ってきたんだ。対BETAと対戦術機、両方の実戦を戦い抜いた俺にXM3が揃えば、並のパイロットなんか敵じゃねえ。

 

「でも、今日のタケルってなんかいつも以上に手馴れてるって感じだったよねぇ」

 

 美琴の意外な一言に、皆が一様に頷いた。

 

「そうだな。確かに闘い慣れている様子だった。特に身を潜めていた鎧衣の位置を見抜いた時など、冷や汗ものだったぞ」

 

 ああ、最初に隠れていた奴を引っ張り出したときのことか。戦術機の連携パターンと地形を見れば、隠れられる場所は特定できる。後はまあ、勘だな。

 

「それに壬姫さんの狙撃を掻い潜って、そこから壁蹴りを織り交ぜた連続ブーストジャンプ! さらに空中で手動姿勢制御(マニュアルコントロール)の倒立反転! あれはもう、神業だよぉ!」

「その後の機動も凄かったです〜。御剣さんの斬り上げを先読みして、紙一重で凌いで、そこから前転ブーストジャンプで背後に回りこんで〜。ジャンプ中に長刀で重量バランスを取るなんて思いつかないですよ〜」

 

 あのタイミングで冥夜の一撃を読めたのは、半ば偶然みたいなものだったんだけど。結果オーライだ。

 

「戦術機は機械だとか、兵器だからって決めつけすぎてたのかもね〜」

「あの機動っていうか、動きを見せられちゃあねえ」

 

 わはは、褒めすぎだ。

 

「これからフィードバックを繰り返していけば、戦術機はもっと賢くなるわ。サンプルは多いほうがいいし、ちょうどいいから207小隊全員の機体のOSを換装しましょう」

『えええっ!?』

「たった今からあなた達の隊は、次世代戦術機の開発部隊になったって事よ」

 

 00ユニットや凄乃王に比べれば微々たる物だが、これで俺たちはBETAと戦う上で大きな力を手に入れた。少なくともBETAと戦って生き延びる確率は大幅に向上しただろう。そして、間もなく始まるあの事件でも……

 

 

 

 


筆者の必死な説明コーナー(打ち込み編)

 

ゆきっぷう「皆さんこんにちは〜! MUVLUV Refulgence(マブラヴ・リフレジェンス)Tをお読みいただき有り難うございます! タイトルの字が難しくてゴメンナサイ!」

 

武「いやにハイテンションだな……こえぇ」

 

ゆきっぷう「予告出してから結構経つが…まさか2008年公開になろうとは」

                       

武「そう言うけどさ、銀河天使大戦は終わったのかよ?」

 

ゆきっぷう「もう完結したよ!」

 

武「で、年末ギリギリに滑り込めなかった、と。っていうか前とは違って今回は俺の主観で書いてるんだな」

 

ゆきっぷう「ん、そうそう。お前がまったく登場しないシーン以外はそういう仕様にしていこうと思っている」

 

武「それでこんなに省いたのかぁ……霞のサバ味噌定食「あ〜ん」事件が収録されてねえけど?」

 

ゆきっぷう「しょうがないだろ!? そういうこと全部書いてたらA4で100ページどころの騒ぎじゃなくなる! っていうか、書いたらお前が死ぬ」

 

武「え? なんで?」

 

ゆきっぷう「よく考えてみろ! 霞はな、メインヒロインの純夏ですら戦死したオルタネイティヴで、唯一生還したヒロインだぞ? しかしその割にはうれしはずかしなイベントがあまり用意されていなかった……世では霞分を補充セヨ、みたいな運動まであったとか無かったとか」

 

武「無かったことにしてくれ」

 

ゆきっぷう「そんな霞とお前をそういった意味で本格的に絡ませたら、俺が暴走する。そしてお前が死ぬ」

 

武「わけわかんねえ」

 

ゆきっぷう「気にするな。お前の死亡フラグはすでに立っているからな」

 

武「嘘だよな!?」

 

ゆきっぷう「……嘘」

 

武「彩峰みたいなジョークはやめろ。ところで途中で出てきた“極”ってナンダ?」

 

ゆきっぷう「秘密。ヒントは秘密兵器」

 

武「………それ、答えだろ」

 

ゆきっぷう「しまったぁっ!?」

 

武「3バカみたいなボケすんな。しかしだ、しかしだよ。何で俺がこっちの世界に戻ってきてるんだ?」

 

ゆきっぷう「また真剣なネタに戻ったな。一応、今回の話の中で先生が説明してくれただろ?」

 

武「イマイチよく分からん」

 

ゆきっぷう「要するにご都合主義ってこと」

 

武「………答えになってねえよ」

 

ゆきっぷう「諦めろ。そろそろ時間だから質問はこれまでな」

 

武「というわけでお読みいただき有り難うございました。ところで次回はどうなるんだ?」

 

ゆきっぷう「………将軍、暁に散る」

 

冥夜「貴様っ!?」

 

ゆきっぷう「なんつって! では皆さん、また!」

 

 

アヴァン「早くこっちも書け! 俺を死んだままにするな!」

 

ゆきっぷう「えー? 疲れたー」

 

アヴァン「おりゃ!」

 

ゆきっぷう「ふぎゃっ!」

 

アヴァン「まったく、怠け者め」

 

ゆきっぷう「お、お前は、親不孝もの……だ。出番も用意してあるのに」

 

アヴァン「あるのかよ!?」

 

ゆきっぷう「当たり前だ。このMUVLUV Refulgenceは銀河天使大戦の序章的な意味合いを持っているのだぞ!?」

 

アヴァン「じゃあ、先にこっち書けよ」

 

ゆきっぷう「ほら、そこはスター○ォーズと同じさ。先に結末を書いてから、裏話(?)の要領で過去編を出す」

 

アヴァン「……この、ダメ人間め」





マブラヴが遂にスタート。
美姫 「これから新たに紡がれる物語」
どんな結末が待っているのだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る