. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

抱翼旅記ノ弐

 

 

『抱翼、その道故に業を背負う事』

 

 随分と慣れてきた城下町の警邏の最中、天一刀と于禁は大通りを完全に塞いでしまうほどの人だかりに遭遇した。詳しい状況は人の壁に阻まれて見えないが張り詰めた空気が漂っていることは確かで、二人は野次馬に紛れて中央へ足を進める。

 住人たちが距離を置いて取り囲んでいたのは、蜀の警備隊と黄巾の残党の男三人が睨み合う現場だった。周囲の人間から話を聞くと、どうやら残党が無銭飲食で捕まりそうになり、通りかかった女の子を人質にとっているのだそうだ。

「こりゃあ、ちょっと厄介だ、な……ぁ?」

 残党達に人質にされた少女が眼に入った瞬間、天一刀は頭を抱えたくなった。

「あれ、雛里ちゃんなの〜」

 蜀の頭脳。軍略の天才。知る人ぞ知る超軍師・鳳統の姿がそこにはあった。もっとも眼をぐしゃぐしゃに泣き腫らし、縮こまってブルブル震えているが。

 対して警備隊には武将級の人間が居らず、さらに鳳統が盾になっていることもあって混乱しているようだ。

「おらおら! 道空けろや、この嬢ちゃんがどうなっても知らねえぞ―――――――お?」

 野次馬を押し退け、退散しようとする一味の行く手を阻む白銀の衣。斧は腰に携えたまま、天一刀が拳を構える。

「なんだぁ? テメエ、何者だ?」

「……通りすがりの、天の御遣いだ」

 かかってこい、と手招きで挑発する天一刀に一味の中で一番背の低い男(通称・チビ)が飛び掛った。片手にはしっかりと短刀が握られており、これで相手の喉下を掻っ切るのが彼の常套戦法だ。

 だが以前ならいざ知らず、修羅場を潜り抜けてきた今の天一刀には易々と通用するものではない。軽く身を捻って初撃の刺突を避け、返す刃で首を狙う二撃目の払いを逆に相手の手首を掴み上げてしまった。

「はぁっ!」

「おぶはっ!?」

 裏拳の一撃で吹っ飛ばされたチビはリーダー格と思しき長身の男(通称・ノッポ)に受け止められてようやく止まった。軽く脳震盪を起こしたチビは目をグルグルさせてそのままのびてしまう。

「や、野郎!」

「俺に気を取られていいのか?」

 ノッポが気付いた時にはもう遅い。鳳統を捕まえていた肥満体の男(通称・デブ)が于禁によってあっさり倒され、人質を奪い返されてしまっていた。

「う、うぐぐぐ……」

 仲間は全滅。人質は救出されて逃げ道も塞がれている。

 追い詰められたノッポが投降するまでそう時間は掛からなかった。

 

 

 

「あ、ありがとうございました。抱翼さん、沙和さん」

 騒ぎも一段落し、近くの茶屋に腰を降ろした天一刀と于禁に鳳統はぺこりと頭を下げる。

「カズトでいいって。でも、護衛の人とか居なかったのかい?」

「私も雛里でいいです。えと、今日は一人でお買いも……はうぅ」

 淹れたてのお茶を飲みながら鳳統は答えようとして、怯んだ。予想以上にお茶が熱かったのである。この愛くるしい姿に天一刀のみならず、于禁までもが「お持ち帰りする? いいよね? 答えはどうでもいい!」と内心ガッツポーズを取るほどだ。

「でも驚きました。本当に人攫いはいるんですね」

「俺も初めて見たよ」

「沙和もー」

 呑気な調子でお茶を飲む二人だが、鳳統は何やら真剣な様子で悩み始めてしまう。誰が何といおうとも彼女はこの蜀の頭脳とも言うべき軍師であり、街の治安維持もその双肩が背負う課題の一つ。今回の事件は決して軽んずることのできない要素だった。

「さっきのが人攫いかどうかはさておいても、盗賊が街の近くに居着いている可能性はあるか……」

「そうですね。場所はさっき逮捕した人たちから聞き出せば済みますから、あとは討伐隊を編成して鎮圧すれば――――――あ、ごごご、ごめんなさい」

 突然鳳統は頭を下げて謝り始めてしまった。

「つい仕事のことを考えると止まらなくて」

「いやいや、尊敬しちゃうよ。俺なんかまだまだ……」

「そんなこと、ありません。先の五胡掃滅戦での戦いぶり、そして一年前の大乱において、時折見せた魏軍の神がかった動き。共通して全ての判断が私たちの常識を超えているんです。その智略……いったい?」

 すでに鳳統はそこまで見抜いていた。この時代における軍略の常識を超えた判断を見るに、それは「この世の者ならざる存在」である推測に直結する。神か悪魔か、およそ人知の及ばぬ領域に居るのは、鳳統の知る限り目の前の天一刀だけだ。

 決定的だったのは一年前の赤壁の戦い。黄蓋、周瑜、諸葛亮、鳳統の四人がそれぞれに互いの思考を予測し、その上で立てた一連の策謀はたった一人の男に看破されていた。結果、黄蓋の裏切りどころかその後の火計、さらに事前に仕込んであった連環の計までも見抜かれ、蜀呉同盟は惨敗。

 また定軍山で黄忠らが取った作戦行動に対しても、魏軍はあらかじめ察知していたかのような動きで蜀の包囲網を打ち破った。それも未来を予知していなければ不可能な行軍速度で、である。

 そもそも曹操は占いや妖術の類を信じない人物でも有名である。だがこの定軍山での軍の動きは人間の予測範囲を遥かに上回っており、およそ神の預言でも聞かなければ知る由も無いはずだ。仮に包囲された夏侯淵から発せられた伝令が曹操のもとへ辿り着き、援軍を送ったとしても到着する前に夏侯淵は討ち取られていただろう。それぐらいの時間差だった。

「教えて下さい、どうやって貴方は―――――」

「んー、なんとなく」

「なんとなく? それで、全部……!?」

 天一刀は至極真面目な顔で頷いた。

「例えば定軍山の時は、他国の間諜にしちゃあ変な場所を偵察しているから、これは罠だって思えた。もし軍略上の価値があるとすれば、極端な話だけど包囲殲滅するための隠れ蓑ぐらいにしかならないだろ? あそこ」

「そう、ですけど」

「赤壁の時だってそうさ。あの時期に黄蓋が魏に降る、ってこと自体が疑えって言っている様なもんだよ。鎖でつないだ船も、周辺の住民からちゃんと話を聞けば、すぐに仕込んだ物だと露呈する。あとはそっちの策に乗った振りをして時機を待って……あとは知っている通りさ」

 説明されれば納得するしかない。

 要するに、これは感性の問題だったのだ。彼が『天の御遣い』であることの最大の利点とは、住む国が違うことによって生じる感性の違い。それ故に、曹操たちには通じる心理作戦も、彼には通じなかった。そういうことなのだろう。

「さて。つまらない種明かしのお詫びに、お昼はご馳走するよ」

 席を立ち、店員を呼んで会計を済ませながら、天一刀は優しい声で鳳統に言った。空を見上げれば太陽はさんさんと頭上で輝き、通りの飯店はどこも賑わい始めている。

「……いいんですか」

「もちろん。沙和もいいだろ?」

「隊長の驕りなら〜」

 渋々承諾する天一刀。どうやら于禁には自腹を切らせるつもりだったらしい。

 茶屋を出て通りを歩き出す。今度は誰かに連れて行かれないように、鳳統は于禁としっかり手を繋いでいる。そんな二人の後ろを歩きながら、天一刀は少し憂鬱な気分だった。

(騙すのは、いい気分じゃないよな)

―――――自分は未来から来た人間で、あの戦争で起こる出来事は一通り知っていた。

 本当のことなど言える筈が無い。そんな最初から答えを知っているなんて、ただのズルなのだから。言ってしまえば先の大戦を勝ち抜いた覇王・曹操の信用に大きなダメージを与えかねなかった。

 例え誰かに見抜かれていたとしても、嘘を突き通すしかない。

 それが、歴史を変えた男の背負った業の一つなのだから……

 

 

 

『抱翼、賊退治に行く事』

 

 先日、城下で騒ぎを起こした野盗の根城が逮捕した賊の証言によって判明したことを受け、魏延(真名・焔耶)率いる討伐隊が派遣されることになった。劉備の勅命というのも手伝ってか、指揮官以下部隊の士気は非常に高く、まさに向かうところ敵無しの空気である。

「者共! これは劉備様から迅速に、というお言葉まで頂いた任務である! 一気に殲滅してしまうのだ!」

『おおぉぉぉぉぉっ!!!』

 城を出て僅か五分。敵の本拠地まで半日ほど掛かるというのにこの気合の入れようではすぐにへばってしまいそうな気がする。話の流れで同行することになった天一刀はそんな感想を抱きつつ一行の後ろからついていくだけだ。

 その隣では馬岱がこれまた心底嫌そうな顔で魏延の隊に追随していた。鳳統から聞いた話では彼女たち二人は犬猿の仲で、たとえ任務であっても協力し合うことは稀なほどだとか。

(なら組ませるなよなー……って言っても、人手が足りないんじゃしょうがないし)

 今日はたまたま手空きの将がこの二人しか居なかった。関羽も張飛も馬超も先日の五胡戦で損害を受けた軍の建て直しに忙しく、討伐に名乗り出ようとした劉備は諸葛亮によって取り押さえられていた。

 楽進ら三羽烏は蜀軍の兵錬を見学する予定があったため話はしていない。今や天一刀は一人前の武将であり、小規模な賊の鎮圧ぐらいで彼女達に助けを求めるわけにはいかなかった。

「なあ、馬岱」

「どうしたの? っていうかたんぽぽでいいって」

「あ、ああ。魏延はあんな調子だし、ここは俺たちが何とかするべきだと思わないか」

「同感……でも、なんであんたまで討伐に? お客さんでしょ?」

 首を傾げる馬岱に、天一刀は苦笑しながら答えた。

「いや、雛里ちゃんに行ってくれって頼まれてさ」

 今回の討伐が会議で決定されたあと、部屋でのんびりしていた天一刀のもとを鳳統が訪れ、出撃を依頼したのだ。盗賊が根城にしている場所が場所なだけに、というのが彼女の理由だったのだが、その詳細を聞かされないままの此処に居る。

「で、何処に向かっているんだい?」

「街道だよ。ほら、この間の戦いがあった近くの……あの辺りで行商とかを襲ってるらしいんだよね」

 五胡の占拠された砦の北側に走っているあの街道だ。

 あれだけの戦いがあって、もう復旧しているとは天一刀も思わなかった。物流の要である主要な道路に何らかのトラブルが生じれば、それは国に大きな打撃となりかねない。劉備たちはそれを心得ていたからこそ、街道の修繕を優先していた。

 すでにあの戦いから半月あまり、確かに穏やかさを取り戻す頃合であろう。

「聞いた話だと、五胡が攻めてきたときに一度逃げ出したんだけど、倒されたのを見て戻ってきたんだって」

「ちゃっかりしてるなぁ。規模は?」

「うん、百人ぐらい」

 天一刀は本気で魏に帰りたくなった。

 何せ相手は千人である。確かに今まで万単位の兵が動く戦闘に参加してきて感覚が麻痺していたが、よく考えてみればそれは一人で倒しているわけではない。ちなみに魏延隊は騎兵五人のみ。馬岱と天一刀には今回部隊を引き連れていないので、総勢八名で百人と戦うことになる。

「か、勝てるのか?」

「まず焔耶が五十人でしょー? それからカズトが三十人でしょー? んでたんぽぽと騎兵隊が二十人」

 なるほど、それだけの人数を倒せとおっしゃるのか。

「無理だっつーの! 魏延の五十人はともかく、俺に三十人も倒せるわけ―――――なくもないけど、馬岱の割り当てが一番低いじゃないか!」

「お前たち、煩いぞ!」

 部下との会話に一区切りつけた魏延が、馬の速度を落として近づいてきた。金棒をぶるんぶるんと振り回す姿は鬼さながらである。

「いやぁ、状況の確認と作戦会議を」

「焔耶はいっつも突撃しかしないじゃん。こっちで全部やってあげるから、言うことちゃんと聞きなさいよ?」

「貴様が指図する前に終わらせてくれる!」

 魏延の眼にはすでに天一刀は映っていない。どちらかと言えば馬岱への競争心が前に出すぎている気もするが、このいがみ合いを想定して鳳統は天一刀に同行を要請したのだろう。

 

 

 討伐隊が盗賊の根城のある街道に到着したのは日が暮れる頃だった。

 平野から森林地帯への入り口には五胡軍の天幕や陣の残骸で作られた関所と思しき建物が見える。どうやら盗賊たちは通行料などの形で金品を巻き上げているようだ。日も殆ど暮れかかっている今では通ろうとする人間の姿など見えもしないが、これを知らずに通りかかった商人などには酷く迷惑な話である。

「あんな小さな小屋に百人もの賊が入っているのか?」

「それはないって」

 真顔で首を傾げる魏延を馬岱がばっさりと言葉の刃で斬り捨てた。

「カズトはどう思う?」

「うーん」

 唸りながら天一刀は昔見た映画『ラ○ボー・最後の戦場』を思い出していた。敵の大部隊は大々的に基地を作ったりはせず、密林の中に擬装してその戦力を駐屯させていた。今回もそれと同じケースではないか、と彼の直観が告げている。

「賊の本当の拠点は森の中だと思う。たんぽぽは小屋の近くで人の動きを観察して、小屋から出て行く人間の行き先を突き止めてくれ」

「ほーい」

 馬から降りて颯爽と駆け出す馬岱を見送り、一息つく天一刀に魏延が詰め寄った。さすがに得物の金棒を振り上げはしなかったが、どうにも納得がいかない様子だ。

「どういうつもりだ!? 私を差し置いて奴に先行させる等……」

「適材適所さ。代わりに突入する時の先鋒は魏延に頼むよ」

「む、むう……天の采配ならば仕方あるまい」

 出番が確保されて安心したのか、引き下がる魏延。

 冗談は抜きにしても、今回の面子で先陣を切るに相応しい人間は魏延しか居ない、と天一刀は考えていた。純粋な戦闘力もさることながら経験や技量の差、人それぞれの適性を踏まえて導き出された結論である。

 特に寡兵で戦況を覆すには、将個人の資質も大きな要素になる。そういう意味で魏延は心強い味方だった。それは他ならぬ魏延自身、分かっていることである。どうやっても純粋な戦闘力ではこの面子の中で自分が最も優れていることを。そして馬岱が斥候任務に適しているということも。

 驚くべきは、ほとんど面識のなかったこの男がそれらの要素をすでに看破していたことだ。先日の五胡戦ですでにそれだけの情報を得ていた、といえばそれまでだが……

「ただいまっ! っていうか大変だよ!」

「ど、どうした!?」

 いつの間にか偵察から帰還した馬岱が息も絶え絶えに報告する。

「根城の場所は小屋から北に少し行ったところにある洞窟なんだけど、そこに捕まっちゃった人たちがいたの。たぶん商人さんとかだと思う」

「…………」

 これはまずい。戦闘中に盾にでもされては身動きが取れなくなる。かといって此処で立ち往生するわけにもいかない。夜になればあちこちに出払っていた賊の仲間が戻ってくるはずだ。時機を見誤れば挟撃されかねない。

「どうする? 見捨てるわけにはいかないぞ」

「分かってるさ。たんぽぽ、騎兵隊を率いて根城の近くに潜伏。俺と魏延で陽動をかけるから、その隙に救出してくれ」

「ほいほい。でもなんか、この間の五胡戦と状況が似てるね」

「人質取られたら、こっちに出来る事はだいたいこんなもんさ」

 肩をすくめ、天一刀は嘆息した。

 

 

 騎兵隊を引き連れ、人々の捕らえられている洞窟へ戻った馬岱は、改めて周辺の状況を確認する。まず洞窟自体は奥行きも広くはなく、中に幾つもの通路や小部屋があるというわけでもなさそうだ。賊たちは洞窟の入り口に竹の柵を作って檻にしており、柵の前に見張りが二人。小屋へ続く獣道の途中に一人。

 また馬岱たちの隠れている茂みから洞窟を挟んで反対側に、粗く造られた小屋が五つほど建っている。恐らくこれが賊の隠れ家なのだろう。この集落の外れには井戸もあり、街道に作られた簡易の関所も含めれば百人が生活するには十分な規模と言える。

 隠れ続けること十分あまり、街道の方から息せき切って走ってきた男が見張りたちと二言三言喋り、今度は奥の隠れ家へ向かって駆け出した。見張りたちも各々武器を持って街道へ続く道を下っていく。

 程なくして小屋から武装した大勢の賊がこれまた街道への道へ雪崩れ込んだ。どうやら魏延と天一刀の陽動は大成功を収めたようだ。馬岱たちもすぐさま茂みから飛び出し、洞窟の柵を破壊して捕まっていた人々を助け出す。騎兵隊の誘導で避難していく彼らを見送りつつ、馬岱は賊たちの集落を調べ始めた。

「油、油〜……あ、見っけ」

 小屋の中から調理油を調達すると、積んである薪や藁に振りかけていく。油がなくなると、今度は携帯用の火打石を取り出して数回打ち付ければたちまち火が燃え上がり、群立する小屋を次々に飲み込んだ。

 もともと小屋同士で支えあうように密集して作られていたので、一箇所から火が出れば全体へ燃え移るのは道理。まして木や藁で建てられたものなので非常に燃え易く、全焼するまでそう時間は掛からないだろう。

「任務完了っと! そういえば、あの二人は無事かな?」

 

 

 賊の隠れ家から火の手が上がる頃、天一刀と魏延は述べ七十人の敵に囲まれてしまっていた。それでも魏延の大金棒の威力を恐れてか、間合いをとってへっぴり腰で槍や剣を突き出すだけである。

 ふと森のほうから火の焼ける臭いが漂ってきた。どうやら馬岱の破壊工作は成功したようだ。

「げぇっ!? お頭、俺たちの家が……!」

「なっ――――――クソ、テメエら! やっちまえ!」

 自分達の住処を焼かれて怒り狂ったのだろう。お頭以下、賊が一斉に襲い掛かってきた。それでも魏延が金棒を振り回せば十人ほど宙を舞って倒されてしまう。

「雑魚共が……おい天一刀、一気に片付けるぞ!」

「ああ、任せろ!」

 天一刀が独特のあの構え―――――――右肩に背負うように双戦斧を振り上げる。両手から流れ込む氣が雷光となって双戦斧に宿った。

 しかし、五胡戦のときのようにただ振り抜くだけでは前方の敵しか倒せない。取り囲む全ての敵を打ち払うには振り回すぐらいのことをしなければ……

(円、回す……回る……そうだ!)

 脳裏にぐるりと一周する軌跡を描いたとき、天一刀は閃いた。天の国には円の軌道で飛ぶ武器が存在したではないか。

「トマホゥゥゥゥゥック! ブゥゥゥゥゥメランッ!」

 振りかぶった構えから全力で双戦斧を水平に投擲する。猛スピードで飛翔する両刃の斧は二人を円陣で包囲する敵の群れを瞬く間に打ち倒し、お頭一人を残して全滅させてしまった。

 天一刀は一周して戻ってきた双戦斧を掴もうとして腕を伸ばし……

「あらっ?」

 何故か魏延に取られてしまった。もともと、微妙に彼の腕は双戦斧に届いていなかったので、それを見切った魏延が気を利かせてくれたのだろう。

「次に使うときまでに練習しておくんだな」

「お、おう」

 

 

 

 

 かくして討伐作戦は無事に終了した。捕まっていた民間人も無事に救出され、賊の一味も全員逮捕できた。(アレだけ派手な技を使いながら峰打ちだった)報告書を持ってきた鳳統も魏延と馬岱の不仲を危惧していただけに、ご満悦の表情だ。

「それで雛里よ。肝心の天一刀はどうしたのだ?」

「それが……」

 報告を受け取った関羽が、ふと浮かんだ疑問を口にすると鳳統も首を傾げてしまった。気になって天一刀の寝泊りする客室へ足を運んでみると、

「へい! へい凪! イタイイタイ! イタイッてば!」

「私たちに内緒で! こっそり! 危険な任務に赴く! 隊長など! 知りません!」

「そこは! そのツボは駄目! ぬぼわああっ!?」

 話を聞かされなかったことで怒り心頭の楽進たちによる愛(?)の手当てが行なわれていた。特に負傷したという話は聞かなかったが……

「雛里に愛紗か。どうした?」

「焔耶、これは……」

 部屋の隅で壁にもたれていた魏延は、事のあらましを説明した。

「最後に賊の群れを薙ぎ払った時に大技を使ったのが原因で、全身筋肉痛だそうだ」

 関羽たちには知る由もないが、あの技はまさに神業と称すべき威力だった。

 そして馬岱と魏延の間を取り持ち、二人を指揮して簡単とはいえ作戦を遂行できる人物などそうそう居るものではない。

(覇王と並び立つ男、という噂は伊達ではなかったか)

 先を見通す慧眼と周囲への気配りを忘れない優しさ。ひ弱そうな印象とは裏腹に秘められた豪胆さ。そのくせどこか間の抜けている。なるほど、鳳統が『名将』と認めるだけはある。

 ふと魏延が窓の外を見れば、天一刀の悲鳴を聞きつけたと思しき馬岱が並木の影からこちらを伺い見ていた。思うことは同じなのだろう、魏延が「こんなものだ」と苦笑すると、馬岱もまた「だよね」と同意するように笑みを浮かべた。

 

 結局、天一刀は「これからはちゃんと同行をお願いします」と宣誓することで楽進、李典、于禁に許してもらったとさ。

 

 

 

『抱翼、新たな伝説を目撃する事』

 

 昼下がりの午後、生憎の雨の中でも天一刀はご機嫌だった。筆を片手に台紙と睨み合い、新しいメイド服の図案を考えるこの時間の何と充実していることか。久方ぶりに筆を握ったこともあり、すいすいと図案は出来上がっていく。

「邪魔するよ、抱翼。……って、何やってんだ?」

「ん? ああ、伯珪さんか」

「天一刀、頼むから真名で―――――白蓮で呼んでくれ。ありがたい名前なんだ」

「う、うん……」

 部屋に入って早々、公孫賛は大分気落ちしてしまっていた。彼女が今の地位を築くまでどれほど苦労したかを顧みれば、誰もが頷けるだろう。にも関わらず『伯珪さん』なんて他人行儀で名前を呼ばれては、気落ちするのも致し方あるまい。

「それで……抱翼は何をしてたんだ?」

「ああ、恋の新しい服の型紙を作っていた。それに、俺のこともカズトでいいよ?」

「そうだな。けど恋の服って……前の戦いでボロボロになったままだったか」

「まあ、ね。ところで俺に用事だった?」

 言われて思い出したのか、公孫賛はぽんと手を打った。

「すっかり忘れてたよ。朱里が来て欲しいってさ」

「諸葛亮が……?」

 あの策士孔明に呼ばれる理由など、今の天一刀には到底思いつくわけもなく……肝心の恋の服の図案もおおよそ出来上がっていたので、諸葛亮の呼び出しに応じることにした。公孫賛の案内で諸葛亮が普段使っている執務室に入ると、机の上に山の如く積み上げられた書籍の山が二人を出迎えた。

「お、お休みのところをすみません。実は今日は抱翼さんの力をお借りしたくて―――――」

「俺の?」

「はい。内政のことで少々……」

「構わないけど、俺なんかで役に立つかどうか」

「その点はご安心ください。桂花さんお墨付きの指名ですから」

 桂花が、と思わず訝しがる天一刀。荀ケと彼の間柄は決して親しいわけではないからだ。

 だが諸葛亮は首を横に振った。

「確かに桂花さんは貴方を毛嫌いされてますけど、貴方の知識や機転といったものについては必ずしもその通りではないそうですよ」

「???」

「ですから、天一刀の実力というものを過小評価しているわけではない、ということです」

 一年前……魏軍が赤壁で追い散らした蜀と呉の制圧に乗り出そうという時だった。自身の消滅を予感したホンゴウカズトは持ち得る天界の知識を書簡などに記し、曹操に預けていた。彼の死後に曹操によって纏められ、『天智記』と銘打たれたその書物は三国の内政に大きく貢献していた。劉備が国内各地を回りながら内政を行なうという、一見すると非効率的な方策も『天智記』から得られた地域密着型政治の発想による。

 これは各地方に国政の長が実際に訪れることにより民衆の信頼を一層強化の者にすると共に、為政者側に現地の状況をよりはっきりと確認させることが出来る。もちろん国中を回ることなど元より不可能だが、その政治への姿勢そのものが政府と民衆を繋ぐ大きな要素となっていることは間違いない。

 天一刀はそんな書物の原文を書いた―――――つまり、知識をもたらした男である。例え馬鹿で間抜けで好色で変態で種馬であったとしても、それは覆しようのない事実だ。それを認めざるを得ないからこそ、荀ケは天一刀……ホンゴウカズトを目の仇にしているのかもしれない(男嫌いは別にして)。

「……分かったよ。それで、天下の策士孔明が俺に何の相談だい?」

「実は旧市街の再整備計画で、住民から苦情が―――――」

 現在劉備や天一刀が滞在している城の周囲にはおよそ十平方キロメートルの市街地が築かれている。ちょうど城を中心に東西に長い長方形型の都市で、城から南半分は昨年の大戦終結後から建築の進められている新区画だ。

 問題はその南地区から出た廃材などのゴミが、郊外の森などに捨てられているというのだ。酷い時には田畑にまでゴミが捨てられており、農家を営む者たちから「これでは作物が育てられない」と怒りの声が相次いでいる。

「あまり良い傾向ではないね。捨てているのは建築業者だけ?」

「それが、断定できないんです。調査をしようにも十分な時間が無く……」

「とりあえず廃棄物が拡散しないように……集積場を作るか」

「集積場?」

 天一刀は、天の国(現代社会)でどのようにゴミが処理されているのかを一通り説明した。つまり、家庭などで出たゴミを特定の箇所に集め、それを専門の業者が回収して焼却する、という一連の流れを再現できればゴミの拡散も防げるはずである。

「面白いですね。けど、回収や焼却にかかる費用は少なくありません」

「燃やして出た灰を肥料にすればいい。その分どこかで経費を浮かせられないかな?」

 灰は昔から肥料として用いられてきた。現代ではあまり見られなくなったが、焼畑農業も植物の灰を肥料にするためのものである。ただ、この時代に灰が肥料としての実用性があると証明する事は難しいだろう。

「灰が……そんなことに使えるなんて」

「いざという時は、天界の知恵として紹介すれば大丈夫だと思うよ」

「ですが、炉の建設は難航しそうですね。優秀な技師を揃えなければ……」

「もしよければ真桜に一度話してみようか? あいつなら力になれると思う」

「はぅ、非の打ち所もありません……前向きに検討してみます」

 諸葛亮からこれだけの言葉を引き出せれば拍手喝采、といったところだろう。天一刀も満足気に頷き、諸葛亮はこれから具体案の構想を練ると言うので公孫賛と共に退出する。

 このまま部屋に戻るのも気が引けるので、市街まで脚を伸ばすことにした。今の時間だと警邏に出ていた楽進たちと合流できるかもしれない、と大通りを歩いていると、人ごみの向こうから砂塵を巻き上げ走る李典の姿が見えた。

「白蓮!」

「あ……ああ!」

 二人もすぐさま駆け出すと、李典も気付いて走る速度を僅かに緩めてくれた。追いつくと、彼女は矢継ぎ早に状況の報告を始めた。

「荷馬車の馬が暴れ出したんよ! たぶん尻になんかぶつかったんやろうけど―――――」

「けど?」

「荷台に赤ちゃんがおんねん!」

「なっ!?」

 目を凝らせば荷台で泣き叫ぶ赤子の姿が。

 李典が言うには、街に引っ越してきた家族が使っていた荷馬車が暴走を始めたらしい。それぞれ別行動だったため楽進たちに応援を頼む暇もなく、こうして追跡していたのだ。

 しかし暴れ狂った馬の速度は半端ではない。

「くそ……俺たちの脚じゃ馬には追いつけない!」

「ここは我に任されよ!」

 頭上より響く声に三人が視線を上げると、走る影が飛び越えていく。

「都の守り手――――――華蝶仮面、見参!」

 現れた華蝶仮面――――星華蝶は通りの屋根伝いに馬車へ接近し、そのまま飛び移った。すぐさま荷台の赤子を抱き上げ、馬と繋いでいる縄を愛用の槍で切断しようとして振り返った瞬間に硬直した。

「きゃあああああああああっ!?」

 馬車の前方で悲鳴を上げる少女。鼻息荒く迫る馬を見てパニックを起こし、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。眼前に現れた障害物を踏み越えようと、馬が両の前足を大きく振り上げた。

「いかん!」

「駄目だ、間に合わない!」

 青ざめる華蝶仮面と天一刀たち。

Clock up!

 次の瞬間、恐怖に震える少女の姿が一行の視界から掻き消える。状況を飲み込めないまま追いついた公孫賛が馬を鎮め、その横で一陣の風と共に現れたのは先ほどの少女と、頭を完全に覆った仮面を被る謎の人物。

「貴様……」

 天一刀たちに振り返る仮面の人物は一度だけ彼らを見ると、そのまま姿を消してしまった。驚くべきことだが、あまりの動きの速さに文字通り視界から消失したのだ。

 確かなことは、二つ。

 仮面の人物は少女を助けたことと、蝶を象った黄金の仮面を着けていたこと。

「知り合いか、星?」

 星華蝶の隣で天一刀がおもむろに尋ねてみる。類は友を呼ぶ、と言うが心当たりはあるのだろうか。

「いや……ところでお主、何故私の正体を」

「――――――んー、一目瞭然?」

「馬鹿な!」

 蜀ではまだ誰にも見抜かれていなかった華蝶仮面の正体を見破られ、愕然とする星華蝶こと趙雲。その場に膝を落とし、のの字を書く彼女を慰めつつ天一刀は新しい伝説の始まりを予感するのであった。

 

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「抱翼旅記ノ弐、お読みいただきありがとうございました! 本当は『巻の四』を先にしようかと思いつつ、無性に『馬岱と魏延の絡み書きてー』ということで旅記も書いちゃった」

 

劉備「あと雛里ちゃんや朱里ちゃんの話も、だよね? 私のお話はないのに」(剣をブルンブルンと振り回す)

 

ゆきっぷう「王様なんだから我慢せい。蜀ルートならいざ知らず、一国の王をしがない新参者と絡ませるのは俺の美学が許さないのさ」

 

劉備「えー? 本音は?」(剣をブルンブルンと振り回す)

 

ゆきっぷう「これ以上、ホンゴウカズトに好き放題させるわけにはいかん!」

 

劉備「でも、呉の人たちもまだ居るよね。関わらないわけにはいかないし……」(剣をブルンブルンと振り回す)

 

ゆきっぷう「確かに、孫権辺りは危なそうだが……甘寧も居るし大丈夫でしょう!」

 

劉備「恋ちゃんはもうメロメロだし。はぁ、私も何処かにいい人いないかなぁ?」(剣をブルンブルンと振り回す)

 

ゆきっぷう「ところで、さっきから何で剣を振り回しているんだ?」

 

劉備「新しい奥義の練習です! せーのっ!」(剣をブルンブルンと振り回す)

 

ゆきっぷう「ちょ、マテ、それは……」

 

劉備「ぶれいど・ぶれぇど!」(回していた剣をゆきっぷう目掛けて叩きつける)

 

ゆきっぷう「ひらがな表記にしたって、どわああああああああああっ!!!」

 

劉備「では皆さん、また次回お会いしましょう! ではでは〜」

 

 

人物紹介

 

魏延(真名・焔耶)

 魏の武将で、元は益州の軍人。厳顔の部下として預かる城を守っていたが、自分達を打ち倒した劉備の理想に感銘を受けてその軍門に降った。彼女の場合、むしろ劉備に一目惚れしたから、というのが真実だがそれは「言わぬが華」である。

 巨大な金棒を振り回す膂力と俊敏な動きを見せる脚力、相手の実力を量る器量も持ち合わせる武人。真っ向勝負を身上とするため馬岱とはどうしてもそりが合わない。

 蜀ルートでは劉備命の性格からホンゴウカズトと対立するが、その劉備に言いくるめられ(?)カズトへの想いを自覚(錯覚?)して純潔を奪われた。魏ルートでは魏軍相手に善戦を続け、終戦を迎えている。

荀ケ「春蘭と同じ傾向の武将ね。まあ、あの馬鹿よりか手綱は握りやすそうだけれど」

陳宮「否定はしないのです」

甘寧「だがその実力は本物だ。侮れん」




一刀、部下たちに愛されているね〜。
美姫 「本当よね。あれだけ心配されれば、ちょっときつめの手当てぐらいなんでもないでしょう」
そうだ……そうなのか?
まあ、何はともあれ、一刀もかなり蜀に馴染んできているな。
美姫 「蜀の将軍たちも出番あって良かったわね」
他にもまだ出てきていないキャラとかもいるけれど、彼女たちにも出番はあるのかな。
美姫 「次も楽しみね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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