『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CUXY 閉幕ですよ。

 学園祭より一週間が過ぎた。
 海鳴市は日常風景が流れ、それぞれの世界に立ち戻っていた。
 ただ、幾人かは日常の中に非日常が膨らんでいるのを無意識に自覚しながら、日々の生活を営んでいた。

T:恭也と忍

 月村家。
 久方ぶりに恋人の家を訪れた高町恭也は、メイドのノエルに連れられて、月村忍の私室へとやってきていた。
 相も変わらず大きな洋館は、叔母に当たる綺堂さくらの資産管理の元で、問題なく維持されている。
 またそれ以外の生活費は、恭也の実家である翠屋のバイト料も宛がわれているのだから、今後も困る事は無いだろう。
 足元から感じる絨毯の感触に、まだ慣れないながらも恭也はノエルに一礼して忍の私室へと入った。
「はーい、恭也。ちょっと今立て込んでるからちょっと待ってて」
「ああ、わかった」
 室内に入ると、忍は机の前でメールソフトを開いて何かを打っていた。
 いや、メールソフトを開いている段階で、メールを打っているのだろうが、見えてしまった範囲では、アルファベットが羅列していた。
 海外にでもメールしているのだろうと思い、とりあえずベッドに腰を下ろす。
 そのまましばし待っていると、十分後にようやく肩を回しながら、忍が疲れた表情の中に晴れ晴れとした色を滲ませながら、恋人の方へ向き直った。
「……もういいのか?」
「ん? うん。欲しいものも手に入りそうだし」
 そう言い切った彼女は本当に嬉しいそうで、それと同時にどれだけの無茶を言ったのかと一抹の不安も沸いてきた。しかし、下手に疑問を口にするとその後が恐ろしいのであえて言わないのも、長年の付き合いがなせる業か。
「それで?」
「ん?」
 ノエルが大分前に差し入れした、温くなったアイスティを飲みながら、何がそれで? になるのか本当に理解していないと恭也の好きな紫色の瞳が訴えていた。
 その様子に苦笑しながら、再度正確に疑問を口にする。
「それで、俺を呼び出すなんて何の用だ?」
「ああ、それね。ん〜……ちょっと下の工房に移動しない? 色々見せたいものもあるし」
 忍のマッドサイエンティストぶりは、仲間内だけではなく海鳴大学内に広まっている。つまり、彼女の工房は危険物が多く、研究室でさえ関係者以外立ち入り禁止ではなくて危険物多数につき立ち入り禁止とはっきり銘打たれている訳だが、そんな彼女の総本山が自宅の工房だ。
 普段は立ち入る事ができるのはノエルかさくら程度で、恭也も数える程しか入った事がない。
 そこに呼ぶという事は、余程大事な話か。
 そう予測し、すでに部屋を出た忍の後を続く。
 オーソドックスな洋館の作りである館の玄関ホールへと続く階段を下り、その下にある物置横にある小さな扉を開ける。すると新しく石造りの階段が現れた。
 もう少しコンクリートなど現代風の階段を備えればいいのではないか? と助言した事があるが、地下の工房といえば魔術師の基本で、そこに天然の石階段があるのはステータスなのだと力説した姿は、今でも目蓋の裏に映り覚えている。
 足音が反響する天然石の階段を下り終えると、ようやく十五畳程度の広さを持った一室が姿を見せた。
 ここが忍の工房である。
 魔術的要素、失われた技術、自然石に代表される物質を使い、全く知らない第三要素を作り上げる錬金術を軸にした機械工学を得意とする忍の工房は、ノエルの部品を中心に様々な機械が置かれていた。
 久しぶりの工房に、多少物珍しさから視線を巡らせていたが、ふとその中に恭也が馴染みのある物が二つ目に付いた。
 先日の風芽丘学園学園祭で今年になって友人となった、緋村剣心と相楽夕凪の二人が使っていた模造刀。
「それが今回の話のメインよ」
「これが?」
「私はこれを重さと切れ味、更にショック吸収とか矛盾を抱えながらも両立させるという魔術・錬金術の観点から作ったわ」
 語りつつ、忍は二つに切れた斬馬刀の切っ先を手に取った。
「でね、これ」
 今の話が本当であれば、劇中に切られた斬馬刀はありえない。
「……忍、悪いが話の先が見えない。結論をお願いしていいか?」
「そうね。ちょっと説明を入れるけど、この金属は本家の倉庫に眠ってた『賢者の石』という遺跡物を利用して加工されてるわ」
「賢者の石?」
「詳しくは省くけど、現存している金属と組み合わせる事によって、全く新しい金属を作り出す事ができる。私は、殺傷能力を落とし、でも重さは本物になる金属でこれを作った。わかる? 絶対に人は殺せない」
「だが、実際に斬馬刀が切れた」
 無言で忍は頷いた。
「調べたわ。そしたら遊び半分で足したニッケルとイオン化合物が意思の力に反応していたの」
「これまではそういう物質はないのか?」
「いえ、とある遺跡調査保存財団がオリハルコンの精製に成功しているわ」
「なら、今更では?」
「問題は意思に反応した部分じゃない。意思によって切れ味と硬度限定で変化させたところ」
 財団が構築したのは、あくまで意思に反応し、防御力を上げる物質を作り上げた事である。そこに耐久性はあれど硬度と切れ味は持ち合わせていなかった。
 それに対して、忍が作り上げた物質は、意思の力によって切れ味が爆発的に上がった。似ているようでこの差は大きい。
「で? そんな話をして、俺に相談とは何だ?」
 何となく予想は出来た。
 あの時、彼女もまたその場に居合わせたのだ。
 そして俯いていた自分の表情を見ている。
 そんな忍が偶然にも利用できる物質を手にしたのだから、そこから先の結論は目に見えていた。
「恭也」
「ん?」
 だが、知り合いの刀鍛冶は全て匙を投げた。父親から受け継いだ、ある意味形見の一つと言える大切な刀が直せる可能性があるのなら、それに賭けてみたい。
「危険はないのか?」
「……正直わかんない。初めて扱うんだもの。自信なんてないわ」
「なら……」
 止めても構わない。
 そう続けようとして、言葉は忍に制された。
「恭也が私のためにいっぱいしてくれたように、私も恭也のためにしてあげたい。あの時、ノエルや私を助けてくれた貴方に精一杯追いつくために」
 二年前。
 資産や権利、そしてノエルを奪うために親戚が館を襲撃した。
 いち早く襲撃に気付いた恭也は、二人を守るために体を張った。
 ただそれだけの事。
 ボディガードを生業とする自分のやるべき仕事をこなしただけだ。
 だから、一般人でしかない彼女に、体を張ってもらう理由はない。
 理由はないのだ。
 しかし、建前は無くとも、恋人として相手の力になりたいと純粋に願う気持ちは、恭也も理解はできた。
 だから――。
「……頼めるか?」
「ええ。私は月村忍の名にかけて、貴方の愛刀を甦らせてあげるわ」

U:剣心と巴

 ぽかぽかと暖かな日差しが目蓋を心地良くノックして、剣心は寝返りをうち……そうになって、頭の下に柔らかい感触に気付き、眠たげに瞳を開いた。
 最初に飛び込んできたのは真っ白い色。
 次に飛び込んできたのは目の端に映った上下する胸。
(胸?)
 と、覚醒間もない頭に疑問符が浮かぶや、即座に現状が怒涛の波の如く理解という思考へと変換されていく。
「う、うわぁぁぁ!」
 把握してしまえば、そこは健全な男子である。カチカチと嵌っていくパズルのピースの完成系を想像するや、文字通り飛び跳ねて起き上がった。
「な、な、な、な……」
「……なすび?」
「違う! 何してんだよって事!」
 剣心の半分怒鳴り、半分喜んでいる叫びをあまりに間の抜けた台詞を返した枕――いや巴は、問いかける彼に何を叫んでいるのか心底不思議そうに首を傾げた。
 その様子に大きく溜息をついて、剣心は顔を覆う他なかった。
 付き合いだして一週間。
 ようやく、この雪代巴という人物について少しずつだが理解してきた感がある。
 冷静に見えて天然。
 それが彼女の全てを物語っていると言っても過言ではない。しかも変なところで頑固なのだ。夕凪と一緒に授業をサボる算段をつけている時に限って、気付いた時には背中越しに逃がさないと服の端を摘んでいるのだ。何度と視線で溜息をついたかしれない。
 かと思えば、自分がやりたいと思った事は無言の圧力を持って接してくる。一番答えたのは常に怒鳴りっぱなしのお年寄り相手のために、老人ホームにボランティアに借り出された時か。
 そんなこんなの一週間だった訳だが、ようやく今日は日曜の休日のため、デートの誘い出しに成功した。
 しかしあまりの陽気に、海鳴海浜公園の屋台で簡単な昼食を食した後、気付いたら巴の膝の上で眠りこけてしまった。
 それ自体は嬉しい。
 頬に残っている体温と感触を半数しつつ、それとは逆に巴の兄にこの事がばれてしまったらと考えると、今すぐたたっ切られてしまう。
「どうしたの?」
「や、何でもない。それより今何時?」
 すっと指差された先を見ると、針はちょうど九十度に折れ曲がっていた。
「二時間も寝こけちゃったんだ。予定狂ったなぁ」
「予定?」
 デートの行き先は巴には教えていなかった。
 教えたのは十一時の待ち合わせ。海浜公園の散歩と昼食のみ。その後の予定は剣心の頭の中にだけルートは存在していた。
「ああ、ちょっと評判のいい時代劇映画があったから見に行こうと思ってたんだ」
「そうだったんですか」
 抑揚は感じられない。
 しかし他人より深い付き合いをできたおかげで、彼女の言葉の奥にある感情を感じ取れるようになった。
 今のは巴も見たかったのだと、剣心は心の中で自分を恥じた。
「起こしてくれれば良かったのに」
 背伸びをしながら、お尻についた埃を払う彼女を見ると、口元をほんの少しだけ緩めて、
「だって貴方の寝顔ですから」
 そう述べた。
 途端に頬に朱が走るのがわかるくらい熱を持った。
「そ、そっか」
「はい」
 無言。
 だけれど、二人は指を絡めあいながら、ぽっかりと空いてしまった時間をどうやって潰すかと駅前に向かったのだった。

V:一志・ほのか・なのは

 学園祭の名残もようやく抜け切り、元々剣術武者修行と銘打って海鳴にやってきた二人は、高町家の道場で向かい合っていた。
 流派は互いに神谷活心流。
 手の内も何度となく読みあった仲だ。
 構えは二人とも中段で、常に先を読み続けているのだから一向に動かない。
 だが、先読みは一志に軍配が上がった。
 同じ師範代の格を持ちながらも、やはり年齢という実経験の差は大きい。
 更に一志は東京で玄武と闘っている。
 只管武力のみに特化したほのかが倒した白虎と違い、知的戦闘を経験した分、ほのかの細やかな動きから行動の先が数百手読み取れる。
 隙がない――。
 頬を伝う汗を拭う事さえできず、ほのかは乾いてきた喉を湿らせるため、強引に唾液を分泌して飲み込んだ。
 それがわかるだけ、ほのかも成長している。
 彼女もまた白虎との戦闘により、飛天御剣流を見様見真似であるが使いこなす。その余裕が感じ取れ、一志もまた安易に踏み込めずにいた。
 迂闊に踏み込めばカウンターが飛んでくるな。
 それはある種剣術家としての本能だったのかもしれない。少なくともほのかが飛天御剣流を使うなど聞いた事はなかった。
 正確にはほのかの母である雫には話が通っていたが、一志まで降りていかなかったのだ。
 そんな両者が両者とも警戒し、竹刀の切っ先を向き合わせつつ、すでに一時間を越えようとしていた。
 その時、外から小さい足音が聞こえてきた。
「一志さーん、ほのかさーん。晶ちゃんがお昼だって――」
「きぇぇぇぇ!」
「はぁぁぁぁ!」
 それが合図だった。
 昼食のために道場に居る二人を呼びに来たなのはの呼び声を合図に、二人の裂帛の気合が破裂した。
「ふ、ふぇぇぇ?」
 思わず耳を塞いで目を白黒させるなのはの前で、ほのかが先制する。中段に構えた竹刀を最短距離で一志の喉下に突き出す。
 防具をつけていれば安全はある程度確保できる。
 しかし、この日の二人は防具なしの乱捕り稽古だった。出稽古などでは面や胴を身につける事も多いが、神谷活心流は基本的に胴着のみで稽古を行う慣わしが、明治時代より続いている。
 前置きはさておき、ほのかの突きは男性と比べても遜色ない勢いだ。命中するとただではすまない。
 だが一志は鋭く速い突きを一瞥すると、片手で竹刀を上段と中段の途中程度まで持ち上げると、突きの切っ先と柄の石突を軽くぶつけた。
「え?」
 それはなのはだったか、それともほのかだったか。
 女の子の間の抜けた声に乗って、ほのかの体が一志の左へと流された。
 そう。流されたのだ。
 突きと柄がぶつかった瞬間、一志は半身を右に寄せて左側に三十センチ程度の空きを作ると、ほのかの伸びた瞬間の体を逸らしたのだ。
 別に神谷活心流に逸らす技がない訳ではない。
 だが今一志がしたのは違う。
 それは刃止めだ。
 柄を使い、相手の攻撃を無効化するという理念の下で生まれた、活人剣の奥義。
(でも、神谷活心流には柄で逸らす技は存在しないはずです!)
 二人の体が交差する。
 その刹那の間にほのかの背筋が粟立った。
 存在しない筈の技を使う。
 つまりは――。
(技を作ったんですね!)
 玄武との戦闘後、一志は刃止めだけでは対処しきれない事例もある事を学んだ。
 あの時はたまたま運が良かった。その結果勝利を収められたのだと。
 雫クラスの腕前であれば刃止めだけでどんな攻撃も受けきるだろう。しかし、一志は凡人だと自負している。どれだけ経験をつみ、道場で師範代になろうとも、天才ではないのだと。
 だから作った。
 正面から受けるのではなく、止めるのではなく、合気道のように相手の技を逸らす。
「刃逸らし」
 場合によって柄で柄を巻き込んで床に落としたり、武器を外に逸らして懐に飛び込んだりとバリエーションに富むのが技の一番のポイントだ。
 そうは言っても、今まで一人で練習ばかり繰り返していた。乱取りや組み手を合わせて初めて使った。
 これも玄武との戦闘のおかげで、先読みしていく結果から得たものだ。初動から相手の攻撃先を先読みし、相手が動くとほぼ同時に柄を切っ先に合わせる。
 何千と繰り返したからこそ、自信を持って最終テストに望める。
 しかし、それはほのかも一緒だったのだ。
 体が交差する。
 そして足の親指の第一関節分流れた時、彼女はぐるりと体を回転させた。
 力と流れに逆らわず、まるでバレリーナが踊るように。
「見様見真似、飛天御剣流――」
「!」
 完全に流れた体から繰り出すカウンター技。そして飛天御剣流というキーワードに、一志の体に鳥肌が立つ。そして意識が言葉の意味を把握しきる前に竹刀の刃と柄を両手でしっかりと持ってほのかとの間に縦に構えた。
 瞬間、ガン! と石で殴られたと勘違いするくらいに激しい衝撃が流れた。
 竹刀は中が中空のため、軽い痛みが走る程度が普通である。
 だが、今一志が感じたのは木刀と言っても過言ではない。しかして軽さは石のようなのだ。
「くぅ!」
「ちぃ!」
 互いが一瞬の刹那の間に繰り出した技は、自信を持っていたものだ。
 成功した。しかし返された。
 二人の心の中に喜びと不満がない交ぜになる。
(もう一度!)
 振り返り、間合いを再びとると先を取るべく駆け出し――。
「すと〜〜〜〜〜っぷ!」
「!」
「と、と、と……」
 ――かけた二人の間に、なのはが飛び込んできた。
 思わずつんのめり、何歩か蹈鞴を踏んだ後、ゴン! と硬い音が道場内に響いた。
「〜〜〜〜〜〜!」
 声にならない悲鳴が、蹲った二人の口から漏れるのを、ちょっと悪い事しちゃったかな? と罪悪感を持って見下ろすなのはだったが、心の中で小さく謝罪すると、用件を切り出した。
「そろそろお昼なんで、食堂に来てくださいって晶ちゃんが」
「……了解」
「わかりました。なのはちゃん、ありがとう」
 唸りつつ、返事をする様はまるでちょっと強がりを言っている小悪魔のようだ。
 やっぱりごめんなさい! と、一人ゴチて三人で道場を出た。
 残暑厳しいとは言え、今日は比較的小春日和で、これから冬を迎える時期にしては最高の環境だ。
 ぽかぽか陽気を浴びつつ、僅か数十秒の散歩を楽しみながら歩いていて、ふとなのはは思い出したように手を打った。
「そういえば、学園祭の時の写真できました」
「あ〜……」
「う……」
 一志はどうでも良さ気に。ほのかはちょっと嫌がって、それぞれの言葉で返事を戻してきた
 その原因は彼等が行った学園祭の出し物のせいだ。
 一志は剣道部の出し物でかっこいい場面ばかりだったが、ほのかが行ったはクラスのリーダーシップをとって纏めた事だ。しかも、中々進展しない喫茶店の衣装を愛知にあるVBRというブライダル衣装専門制作店に打電し、制服を決めるや、ウェイトレス部門のリーダーとして休憩時間を無視して働いた。そこを蓉子を連れて回っていたなのはに目撃されて、激写されたのだ。
「ちなみに、相沢先生も一緒に写ってます」
「あのバカ先生……」
 なのはがやってきた時、学園祭のノリにのった彼は小さい奥さんが止めるでもなく率先して盛り上がり、ついにはほのかの肩に手を回した挙句、オープン早々木刀の塵と化した。
 なのはが言っているのはその時の写真だ。
「へぇ。見たいな」
「見なくていいです!」
「でも、凄く生き生きしてていい写真ですよ」
 どうやら味方はいないようだ。
 ぐったりと肩を落とした時、ほのかは当時蓉子がなのはの隣に立っていた事を思い出した。
「そういえば、あの時なのはちゃんと一緒にいた方はどなたですか?」
「え? 蓉子さんですか?」
「蓉子さんって言うんですか」
 まるで自分の娘を見ているかの如く、穏やかで優しい眼差しでなのはを見ていた。
「随分と仲良いお友達でしたわね」
「はい! まだ出会って二日でしたけど、楽しかったです」
「二日?」
 たったそれだけで、あそこまで仲良くなれるのか?
 少し前までの自分であれば、そう考えていたかもしれない。
 しかし今は違う。
「そういえば、ほのか、今日麻生達と遊びに行くって言ってなかったか?」
「はい。駅前で秋物の安くなったコートなどを見に行きます」
 そう笑顔を見せる妹のような少女に、一志も微笑んだ。そしてそんな二人を見て、なのはもまた笑みを浮かべる。
 今は近くに居ないが、いつか必ず会いましょうと約束を交わした、年上の友人を思い浮かべながら。
 風は、三人の合間を優しく吹き抜けていった。

W:蓉子

 久しぶりに戻った町は、何処か懐かしく、それでいて出迎えてくれている優しい空気に包まれていた。
 駅舎を出て、胸いっぱいに空気を吸い込むたびに、北海道や海鳴の出会いや経験が夢だったかのように感じられる。
 蓉子は、足元に置いたトランクを手にすると、報告をするためにレストランへと向かう。
 氷那は自分が好きな人達のために、妖怪達の介入を望まない。介入は無用な争いを生むから。好きな人達を巻き込んでしまうから。
 そして――。
「さ、私も好きな人達に会いにいきますか」

 ――僕は好きな人達の側で穏やかに優しく過ごしたいんだ。

 だけど、と蓉子は思う。
 いつかそんな優しい思いを踏みにじるために悪は動き出すだろう。そんな時、海鳴で出会った優しく温かい少女すら巻き込んでしまう事件が起きるかもしれない。
 自分は妖怪だ。
 人間とは違う。
 だけど、守りたい人を守るために振るうなら、例え嫌われようとも力を行使しよう。
 心に生まれたほのかな光を消さぬように。
 そして再びあのなのはという少女と笑顔で出会えるように、蓉子は自分の進むべき道を歩き始めた。

EX1:縁

 暗い。
 ただそれだけの空間。
 その中で縁は腕を組んで立っていた。
 静かに、音もなく人の気配もないその場で。
 だが、そんな空間を破る足音が唐突に響いた。
 しかし空間はかなり広いのだろう。縁の前に人が立つまで、しばしの時間を要した。
「よう」
 現れた人物は、縁の姿を確認するやまるで友人と出会ったかのような気さくな態度で片手を上げた。
 だが縁は侮蔑の感情を滲ませて、一瞥した。
「ふ。相変わらずだな。二百年前、俺に武器を横流しした時のように仲良くやろうや」
「フン。ただの亡霊如きが何をぬかすカ」
 縁の言葉は硬い。いや、普段と違い言葉の最初と終わりに微妙なイントネーションが置かれている。
 人物はクククと低く笑うと、すっと手に持っていた書類を差し出した。
 縁はそれを受け取ると、明かりもつけずに目を通し始めた。
「お前の注文どおりに仕上げてある。終わった後は好きにしな。愛しい姉さんと住むもよし、緋村……」
「煩イ! その名を口にスルナ! お前達がいなければ、再び姉さんをあの男なぞに会わせるつもりは……」
「だが、長治がいなけりゃあの女は生まれなかった」
「ク……」
「前が死んで終わっちまったが、今回も同じとは限らない。てめぇが踏ん張ればいいだけの事だ。違うか?」
 縁は口を開かない。
 ただ殺気の篭った眼で人物を射殺さんとしていた。
 人物はそんな縁の殺気を楽しげに受け止めて頷くと、くるりと踵を返した。
「所詮この世は弱肉強食。てめぇが強ければ守れるだけだ。今度は頑張んな」
 心にもないコトヲ! 
 人物の言葉に縁は怒りを頂点に達しながらも冷静になるという矛盾に、唇や口角がぶちぶちと噛み千切られ、血液が垂れ落ちる。
 それでも人物は振り返らず、それ以上に口元を歪ませて空間から消えていった。
 しばらくそのままで立ち尽くして、ふと無意識に書類を握り締めていた事に気付いた。
「姉さん……。今度コソ、今度こそ……」
 縁はそう呟きながら、闇の部屋に溶け込んでいた。

EX2:兆冶。そして……。

「失礼します」
 返事もなく兆冶は主の寝室に足を踏み入れた。
 視線を見回すと、薄手の幕に囲まれたキングサイズのベッドの上に二人分の影が見えた。
 一人は言うまでもなく夏織だろう。
 五十近い体とは思えぬ肢体が毛布にくるまれている姿は、錬金術ばかりをライフワークにしていた兆冶にも胸を高鳴らせる。
 だが、それでも優先順位に変動はない。
 残っているもう一つ影に歩み寄ると、踵をつけて主の名を呼んだ。
「おいおい。入れとは言っていねぇ」
「申し訳ありません。しかし、クラインから最後の鍵が手に入ったと連絡がありましたので」
「そうか。別に俺はそういうちまちましたのは歓迎しないんだがな」
「何をおっしゃいます。貴方を世界の覇者に。先祖から続く我が家に続く目標なのですぞ」
「っく、お前等は昔からかわんねぇな。あの時も俺のために全ての泥は被るとか抜かしやがったな」
「は?」
「なんでもねぇさ」
 そういうと、主は体を起こした。
 そして一伸びしてから、兆冶に向かって言い放った。
「六魔陣、発動するぜ」
「はっ!」
 悪魔の計画の発動は、幾つもの運命を飲み込みながら、大きな渦へと変化していった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
と、言う訳で第二部終了〜〜〜!
夕凪「蓉子さん、お疲れ様でした」
蓉子「あまり出番なかったけれど、あんな感じでいいのかしら?」
OKっす。一応まだ出番残っているので。
蓉子「あ、そうなの?」
夕凪「最終章にもうちょっとね」
蓉子「そう。その時にでもまた呼んで」
安藤さんの許可あればね。
蓉子「大丈夫よ」
夕凪「へ?」
蓉子「困った時の美姫さん頼みだから」
や、それは安藤さんの生命の危機に……
蓉子「大丈夫よ」
夕凪「何で?」
蓉子「生き返るから」
うそぉ!?
蓉子「ま、なるようになるから大丈夫」
ほ、本当かな?
夕凪「さて、次回は残ってるシェリーさんの恋物語を外伝的に描いて、本当に二部終了です」
何とか三年目で最終章か。最初は十話で終わる予定だったのに。
夕凪「計画性ないからね」
蓉子「それはどこのSS作家も一緒。ほら、美姫さんがこの間フィーナさんも含めて飲んだ時に」
夕凪「ああ、愚痴ってましたね。ウチの浩は〜とか」
蓉子「貴方もね」
……夕凪?
夕凪「あ、あはははははは〜」
シクシクシクシクシク……。





元に戻った日常。
美姫 「けれども、その裏ではやはり何やら……」
非常に続きが気になる。
美姫 「本当よね〜」
しかし、お前らいつの間に集まって……。
美姫 「お互い、苦労しているからね〜」
いや、一番苦労しているのは俺たちなんじゃ……。
美姫 「何を言ってるのかしら。寝言はネタ寝てからにしなさい」
おやすみ! ぐ〜ぐ〜。
苦労しているのは俺た……ぶべらっ!
な、なぜ!? ちゃんと寝てから言ったのに。
美姫 「黙って聞くとは言ってないわよ」
オーノー!
美姫 「さて、馬鹿はほうって置いて放っておいて」
相変わらず厳しいですな。
美姫 「夕凪ちゃん、ご苦労様」
いやいや、だからそこは夜上さんだから!
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
聞けよ……。
美姫 「続きを待ってますね〜」
待ってます!



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る