『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




C\ コンサートを守れ! 〜ほのかと白虎


 白虎の裏拳がほのかの顔面を打ち抜いた。
 ぐらりと傾いだ小さな体に、追い討ちがかかる。浮いて踏ん張りが利かないところへ下腹部へ打ち上げの一撃。続けて木刀を持つ腕に一撃。横に流れた体に脇腹に膝が入る。
「カッハ……」
 逆流した胃液が口の中に苦い味を残して零れる。更に背中から落ちた事で一瞬、呼吸すら止まった。
「ふん。弱すぎる。最初の一撃はマグレか」
 拳を胸の前で力強くぶつけ、軽蔑の眼差しでほのかを見下した。
 マグレではない。
 だが相手が無手である事と、神谷活心流で殆ど実戦経験がないという事実が、彼女の判断を甘過ぎるものにしていた。
 多少よろめきを起こしつつ、比較的素早く体を起こすとすぐに正眼に木刀を構えた。だが眉根を若干顰めている姿に白虎は満足げに頷いた
「頑丈さはそれなり。か。まぁよい。すでに勝負は決した。その程度では四神で一番多彩な技を持つ俺には勝てぬ」
「く……。そ、そんな事、わかりません」
「わからいでか。一流ともなれば僅かなやり取りで力の差を理解するわ。できないのはプライドが高すぎるか、理解できない二流以下か」
 ポーズを変えずに言い捨てる白虎に、ほのかは言い返す事ができなかった。
 確かに神谷活心流の中で、更に家族の中では自分が尤も弱い。同じ師範代であっても一志の技は自分を超え、雫に至ってはある意味源柳斎と同じくらいの化け物に見える。剣心は二人に若干劣るにしても、奥義を会得したため大差はない。
 そう考えればよくも自分はあの家で剣を揮っていられると関心せざるを得ない。
 そしてそのおかげなのだろう。
(この人の拳が見える)
 上手く体がついていかなかったが、目はついていった。
 見えるのであれば、後は体をついていかせればいい。
「二流以下だとしても、譲れないものはあります」
「愚かだな」
 何とでも言っててください!
 心の中で毒ついて、ほのかは摺り足で前に出た。
 剣術の中には踵を返すという歩法の奥義のようなものがある。現代では野球のイチローがこの動きを無意識に行えるため、様々な盗塁のタイトルを取れたと言われている。
 ほのかはこの踵からの動きが無意識に動ける、天性の才を持っていた。
 初動において神谷道場のメンバーも中々追いつかない。
 もちろん、白虎も同じだった。
 一瞬で目の前から消えたように見え、あからさまに顔色を変えた。その実はただ単純に背の低さを利用して中に潜り込んだに過ぎない。それでも白虎は初激を腕の峰で受け止めた。肘を曲げてくの字にしたアームブロックによって、視界が極端に狭くなる。そこでほのかの踵が更に回転を上げた。
 空いている肘を腹部に当てるようにしてブロックした直後に、木刀が当たった。
 反射的にアームブロックが胸に落ちる。そこへ引かれずに跳ね上がった木刀が命中した。(ほう! こんな使い手だったか。ならば実戦慣れしてないヒヨッコか!)
 自分の中で持った感想を若干訂正し、それでも尚自分の勝利は揺るがない。
 ブロックしていた左手を木刀の引くタイミングと同じ速度で、打ち出される。
 中段正拳に気付いたほのかは、柄に強引に隙間を作って拳を当てた。鉄のような一撃はびりびりとした衝撃を与えて数センチの反動を受けた。その隙間を狙って右手が真横に木刀を右に凪いだ。
 柄の衝撃と右手の薙ぎに、抑えている手が完全に痺れを切らす。堪え切れなかった木刀は縦回転をしながら弾け飛んだ。
「つぅぅ!」
「くふ! 甘い!」
 水月!
 電光(肋骨の下)!
 秘中(鎖骨の間)!
 人中(鼻と上唇の間)!
 身体の正中線を中心に白虎の肉厚の拳が、的確に、破壊的に、暴力的にほのかの人体急所を貫いた。
 瞬間、ほのかの意識が完全に途切れた。仰向けに宙を飛び背中から激しく地面に叩きつけられる。だが今度は意識は戻らなかった。半開きになった口から唾液が流れ落ち、眼球が完全に白目を剥いている。
「我が最強の白虎掌拳を受けて、倒れぬ者なし」
 再び胸の前で拳をぶつけるようにして仁王立ちした白虎は、それだけを言い終えるとほのかを跨いで奥にある会場入り口に向かった。

我が最強の――。
 ほのかの意識が最後に取れたのはこの一言だけだった。
 だがこの一言が途切れた意識に、過去に剣心と一緒に出た修行の旅を思い出していた。
 かれこれ十年は前になるか。
 源柳斎に連れられて日本全国を渡っていた二人がたまたま戻っていたので、近場の修行に着いて行った時の話だ。
 訪れた道場は石動という姓の一族が行っている真古流という剣術の家だった。
 殺人剣を自ら名乗り、大手を振って残忍な剣を教えている彼らに源柳斎が珍しく怒りを露にしたせいだ。
 剣術には煩い祖父だったが、それ以外で怒る事は殆どなく、優しいおじいちゃんであったが、その時ばかりは背筋が凍る思いだった。
 道場で対峙する緋村源柳斎と石動雷電太。
 だが勝負は一瞬だった。
 石動雷電太の飯綱が源柳斎の腕を薄らと切り裂く。
 だがすぐさまニ撃目を横回転で受け流すと、龍巻閃が雷電太の後頭部を直撃した。回転と剣戟により、一瞬で意識を断ち切られた彼は地響きを立てて道場に沈んだ。
「最強だと?」
 もはや聞いていない雷電太に源柳斎は軽蔑した。
「おまえ如きにそれを名乗らせない。そんな責任すら取る事できない程度の技量しか持ち合わせず、井の中の蛙をしているおまえが最強? ふん。そんな程度の奴にやるくらいなら、我が飛天御剣流はそれを受け継ぎ続ける」

 それがあったのは何時だったのだろうか?
 確か三年位前だった。
 戦いの後、お爺様はこう言った。

 最強なんてない。本当に強いのは心に真を持ち、心を持って進を行うものなのだ

 と。


「ま……ちな……さい」
 蚊が鳴くような声。という比喩がある。
 まさに会場内部に侵入しようとしていた白虎の足を止めたのは、そんな言い表しがぴったりとくるか細い声だった。手を引き、ゆっくりと振り返る先にには腹部を抑えながら立ち上がったほのかだった。
 綺麗な白を基調とした服は、垂れ流された唾液と胃液で変色し、技の応酬に耐えられなかった髪は崩れて顔に影を落としている。足はふらふらで誰が見ても立っているのがやっとの状態だ。
 それでも彼女は立ち上がった。
 そして半ば瞼すら開ききれない瞳で、白虎をしっかりと見据えていた。
「小娘。これ以上は無駄なのはわかっているのだろう? ならば立つだけ無駄! 大人しく寝ておればいいものを」
「そ、それでも……貴方みたいな……人に……最強を名乗らせられない……」
 その一言に白虎の眉がピクリと跳ねた。
「ほう?」
 おぼつかない足で近くに落ちた木刀のとこへいくと、僅か一キロ程度のそれさえも持つのが苦痛の様子で、しかししっかりとした指使いで、ほのかは正眼に構えた。
「ならばおまえの死を持って最強の力を見せてやろう」
 言うと同時に、白虎の手の中に二つの数センチはあろう棘のついた腕輪が握られた。何事かと訝しく見るほのかの前で、腕輪はすぐに変化を見せた。
 拳に握りこむように半分が折れ、棘のついた部分が拳にぴたりと当たる様になったそれは、メリケンサックの強化版というものだった。
「鉄鬼。我が唯一の武器。さて、死ぬ覚悟はできたか?」
 ぶつかり合う金属音が凶悪で、ほのかの反響している耳に言葉は上手く伝わらなかった。 だが大体言ってる事を察して、呟く程度であるが決意を口に乗せた。
「死ぬつもりは……ありません」
「つもりと結果は一致せぬ!」
 一次接触とは違い、今度は白虎から前にでた。
 両手の鉄鬼を地面すれすれに下げて名の通り、虎が獲物を狙う如く突進した。
 だがこの時のほのかは、奇しくも先輩兄弟子である一志と同じ事を考えていた。相手と自分の実戦経験の差は激しい。ならば一撃に全てを賭けるしかない。
 剣道の試合では運は入り込まないかもしれない。安全でスポーツで只管努力を実らせる場所だ。しかし試合(死合)は違う。周囲にあるもの全てを生かして己だけが生き残れば勝ちなのだ。実戦経験はなくとも、雫と源柳斎という達人に鍛えられた経験は無意識に視界を広く捉えていた。
 右拳が腹部を目指して跳ねてくる。
 木刀を移動させ、体重をかけてヒットポイントを若干前に移動させる。それでも体重と力の差は大きく、ヒットの直後小さな軽い音と共に両足が宙に浮く。そこに空いていた左手が強風となって横殴りに来た。体の真ん中付近で右拳を受けていたほのかは、体を左手に逆らわずに横回転させる。命中の瞬間に的の大半を失った拳が、衣服の一部を切り裂いて空を切った。小さな体に紅い線が走る。
(まだ……)
 しかしまだほのかは待っていた。
 踏ん張りの利かない両足で何とか体勢を立て直すと、ちらりと木刀の鉄鬼を受けたところへ視線を落とす。案の定小さな音の結果が走っていた。
 木刀の木目に沿う様に走る皹。
 だが恐らく一撃しか持たない決定的なものだ。

 だから次が勝負――。 

 すでに受けるのが精一杯の状態だった。それは白虎から見ても明らかで、トドメの一撃を見舞うべく体の捻りを通常の打撃より深く取った。
「喰らえ! 白虎掌拳『丹田』!」
 武術を行うものにとって、下腹部は気を集中させる場所されている。その実は体術を行う際に重心を置いて尤も安定し、尤も意識を集中し易い場所だ。そこへ強打を喰らうと効果は全体に広がりやすい。
 白虎の一撃は更に女性特有の子宮と言う部分も狙っていた。
 子宮は女性特有の臓器である。男性には金的があるがそのような特殊な臓器はイコールで死に直結するものが多い。
 激しく空気を突き破る虎の爪が左右両側から狙いをつけて放たれる。
 はっきりと彼女の目に、トドメの一撃が映し出された。
 狙うは一点。
 この瞬間、彼女は遠く闘う一志と同じく一箇所を狙った。
 鉄鬼が狙いを同じくし、僅かに組み合わせを行うほんのコンマ数秒の瞬間を。
 白虎は忘れていた。ほのかの踵返しは並ではない事を。
 そして白虎は忘れていた。彼女もまた経験がないだけの一流と言ってもいい剣士である事を。
 丹田を狙った白虎の眼前から、ほのかの姿が霞の如く消えた。
「な!」
 驚愕と同時に鉄鬼に僅かに触れる感覚を受け、僅かに首を横に振った。
 そして映ったのは半分ブレる速度で回転している少女の姿だった。
 少女は正眼に構えていた木刀をまるで居合いを行うように腰に差して――。
(い、居合いだと!)
 ほのかの呼吸が、呼気となり半分死にかけていた瞳が新しい輝きを宿した。

 見様見真似――!

 木刀が手で作られた鯉口を皮切りに、足首、膝、腰、肩、肘、手首まで繋がる回転が一つに集約される。

 龍巻閃!

 解き放たれた一撃が、全ての力を集約して白虎の流れ切った延髄に命中した。途端に木刀が感善意原型を残さないくらいに破裂した。
「が……」
 それ以上、白虎は言葉を持ちえなかった。
 ぐるんと回転した白目を隠せず、そのまま玄武と同じくアスファルトに巨体を横たえた。
「最強とは……心(しん)に真(しん)を持って進(しん)とする者。貴方程度が名乗るのは……私が……ゆ……るさ……」
 そこまでがほのかの限界だった。ぐらりとバランスを崩すと気持ちだけで堪えていた糸がぷつんと頭の片隅で切れるのを聞いた。
 すいません……。後はたのみま……。
 技の体勢を解除せぬまま、ほのかもまた再び硬い地面の上に倒れたのだった。 





ほのかも頑張ったよ。
美姫 「うんうん。よくやったわ」
今の所、2ヶ所とも何とか守れたな。
美姫 「でも、まだ戦い自体は終わってはいない」
果たして、次回は誰の戦いが!
美姫 「次回も楽しみに待っていますね〜」
待っています。ではでは。



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