『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CY さて、お楽しみといくか

 足がもつれた。
 山に逃げ込んでかれこれ十時間以上経過している。
 確か最初は瀬田雅孝という優男がこんな計画はどうですか? と気持ち悪い笑顔で近づいてきた。あまりの胡散臭さに最初は断ったが、元々彼の持つ借金の金額が多額すぎて、途方に暮れ出す寸前であった。二回、三回と接触をされるだけであっさりと自分が置かれた立場から承諾したのだが、如何せん実行し、現金を目の前にした瞬間に欲が溢れ出た。何せ人間が一生働いても本来は見る事も適わない金額だ。更にここで借金が欲に拍車をかけて、彼はこれまた至極当然と瀬田雅孝達を裏切った。
 当初の予定では後三日後に金の回収に向かう手筈だったが、彼は橘修吾が逮捕され、雅孝達の意識が自分から外れる瞬間を待ってから回収し、姿を眩ました。
 だが――。
 彼は雅孝を含む組織をあまく見ていた。
 立場を熟考し、理解し、把握し、組織を相手にする危険性を理性を持って心に刻んでいれば、借金と同じ額の金手にしてまっさらな体に戻れただろう。しかしもう遅かった。裏切ったのだ。そして潜伏場所を見つけられたのだ。後は地べたを這い蹲って必死に逃げる以外に残された手立てはなかった。
 高尾山の頂上に浮かびだした灼熱の太陽を憔悴しきった表情でぼんやりと眺めながら、御ノ前清次郎は何故こんな事になったのか? というわかりきった答えしか存在していない質問を自分に何百回目の回答を求めた。

「いない。逃げられたか」
 リスティは大きく舌打をしてから、後ろに控えている恭也、美由希、巴、縁、そして剣心を振り返った。
 すでに御ノ前が潜伏していたアパートは警官で取り囲まれ、周辺への聞き込みに入っている。もぬけの空になった部屋の中で世話しなく手を動かしている鑑識を一瞥し、一者一様の表情をしている仲間達を見回した。
 すでにやるべき事を心得ているのだろう。恭也は無言で命令を待っている。
 彼女らしい反応をしているが、美由希もまた師匠に似て見た目以上の慌てようは微塵も感じない
 巴は只管無表情だった。
 代わりに、兄の縁は一向に進まない事件に苛立ちを隠さない。
 そして来る途中まで散々愚痴を溢しまくっていた剣心は、実際の警察の行動が珍しいのか、キョロキョロと一番落ち着きがない。
 さてどうしようか。
 本日二箱目に突入した煙草の口を切って、一本咥えた時、そこに一人の巡査が駆け込んだ。
「リスティさん」
「ん?」
「昨晩、御ノ前が大きな鞄を持って走り去ったのを目撃した住人がいました」
「そう。どっちへ向かったかわかる?」
「方向的には高尾山ですね」
「山……ね。わかった」
 逃げるなら妥当な判断だな。
 報告を受けてすぐさま友人達で結成された追撃隊を出そうと煙草を戻しかけた時、今報告を行った警官が足を止めた。
「そうだ。すいません。一つ言い忘れが……」
「なんだい?」
「どうやら御ノ前を追いかけて、男女の二人組が後を追ったそうなんですが……」
「うん?」
「それが橘修吾と人質の筈の千堂瞳のようでして」
「何だって?」
「目撃証言を総合すると、それらしいと木村警部等が仰ってました」
「そ、うか。うん。アリガト」
 礼の言葉に敬礼をすると巡査は駆け足でまた持ち場に戻っていった。その背中を横目で見送りながら、リスティはすぐさま決断を下した。
「みんな。目標は高尾山に潜伏。早急に逮捕してくれ。それと後を橘修吾と瞳が追っていったらしい。彼等の保護も同時だ」
 地名として幅広く知られている高尾山も実は遊歩道を踏み越えると、厳しい山林が多い茂る。一般的な警官隊では山岳装備をしなければならないが、彼等であれば問題などありはしない。
 リスティの指示から小一時間も経たないうちに麓に到達した四人は、手分けして探す事にした。
「さて誰が何処を進むかだが……」
「俺は勝手にやる」
 警官隊を纏めるために後で合流するリスティと巴の代わりにまとめようとした恭也の言を遮って、縁は一人音を立てて山林に入っていってしまった。
「兄が勝手を……」
「いえ、そんな事はありませんよ」
「うん。あの人、すごく強かった」
 昨晩行った美由希と縁の試合は、両者引き分けになった。
 倭刀術。
 縁が使った剣術の名だ。
 低い体勢から直刀を縦横無尽に振り、二刀小太刀の美由希を撹乱した。最終的に神速を駆使して形勢を逆転する事に成功した。
 最終的に痛み分けなったのだが一つ美由希には憮然とした手ごたえを感じたのだ。
昨晩の試合終了時に手から流れ込んだのは……。
「悲しみ……」
「え?」
「あ、ううん。何でもない」
 本当に小さな独り言に反応した剣心に、ぱたぱたと手を振って誤魔化すと、「私は山道いってみる」と恭也に許可を取って山へと消えていった。
「それじゃ俺は山を右に半分いってから入る。緋村君は反対の左に回り込んでくれ」
「了解」
 それを最後に二人は別れた。

 さて四つに分かれた剣心達。
 これより高尾山に入った四人に様々な物語の第一章が訪れる。その全てを私が語ろう。
 うん?
 私かい?
 私は全てを見る者。そして全てを知る者。この先にやってきてしまう悲劇も喜劇も全てを知る者。
 神と呼ばれた事もある。
 だが実際はそんなもんじゃない。
 運命を司るアカシックレコードすら書き換えられない存在など、人と同じさ。それでも私を知りたいのであれば、全てを終えた時に名乗ろう。
 それまでは不便だがピエロとでも呼んでくれ。
 解かるくせに何もしない道化師。ぴったりだろう?
 と、少し話が長くなったな。
 それじゃ最初に語るのは眼鏡をかけた彼女。
 そう。
 高町美由希からとしよう。

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 高尾山と言えばそれなりに名が知れた山である。
 毎日登山者が訪れ、賑わいがある場所だ。
 従って道はなだらかなのだが、高さがあるためこれまたそれなりに疲れるのだ。
 毎日恭也と山岳訓練を行っている美由希には苦でもないが、一般人には十分もすると拾うが見え始めるだろう。
 だがそんな彼女も足を止めていた。いや、止めざるをえなかった。
 休憩場所になっているのだろう、山道の途中にある少し広めの広場。そこに佇む一人の男性を前に、否応なしに前回の敗北が浮かび上がる。
 それくらいに、男性の周囲に渦巻く殺気と闘気は凄まじかった。
 ごくりと大きく固唾を飲み込み、美由希は自分でも驚くくらいに、妖艶な笑みを浮かべた
「お、お久しぶりですね」
「ああ」
 男性はぶっきらぼうに返答する。
 そのまま二人の間に沈黙が舞い降りるが、そのうちどちらからともなく、武器を構えた。美由希は二振りの愛刀を。男性は己の身長を大きく超えた巨大な西洋槍を。
「言葉は入らないな」
「ええ」
「ならば始めよう」
 宣言して、蒼劉閻は瞳を僅かに大きくした。

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 同じ頃、高町恭也も山林へと踏み込んでいた。
 元々馴らされた道を歩く事が少なかった彼は、ものの数分で山の五分の一を制覇する。 目的は御ノ前の捕縛。
 護衛ではないが、犯人を捕まえる事も任務の内に練り込まれた事も。
 なるだけ意識を外へ向けて、探索を行う思考へと切り替えていく。
 だが――。
 恭也は弾かれたように顔を上げると、自分の進行方向で周囲を伺っている青年を見つけた。
 視線を感じたのだろう。青年もすぐに彼へと視線を落とす。
「あちゃ〜。御ノ前さんを見つけるより前に、当たりたくない人に見つかっちゃった〜」
「おまえは……?」
 常に微笑を絶やさず、女性のような柔和な印象を与える人物に、恭也は心当たりがあった。
 それは比叡山に突入した後で斉藤一から聞いた新しい龍の一員。
「確か、雅孝と言ったか?」
「あ、やっぱり斉藤さんから聞いてます? 聞いてますよね〜。あ〜あ。今日はそういう人達と闘う予定じゃないから、普通の太刀一本しか持って来てないや」
 仰々しく肩を落とし、溜息もこれまたわざとらしくついている。
 それでも手は腰に納めた刀をするりと抜き放った。
「えっと、高町恭也さんですよね? 僕は瀬田雅孝。今日のところは引いてくれませんかぁ?」

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 剣心はどうしたものかと思案した。
 実のところ山登りは幼い頃からやらされていたが、本来面倒くさがりな性質の彼は、道もない山を進んで登りたいは思わなかった。
 だが今回思案しているのはその事ではない。
 ぶつぶつと文句を口にしながら山を登りだして僅か五分もしないうちに、何と御ノ前清次郎を発見してしまったのだ。
 疲れきり、逃げる気力も失ってぐったりと幹に寄りかかりながら休む姿を見て、すぐさまリスティに連絡を取ったものの、起こすべきか放置するのか迷ってしまったのだ。
 尤もすぐに起こしても煩いだけだと結論をつけて、放置すると決定を下す。
 後は逃げないように見張るだけ。と、剣心も腰を落ち着けようとした瞬間。
「!」
 彼は無意識に逆刃刀を抜いていた。
「ほう。気配消してたんだが気付いたか。さすが抜刀斎だ」
 それは落ち着き払っていながら、野心を含む強大な思念を持つ声だった。背中の産毛が逆立つ。
 そしてこれまた無意識に、剣心は声の主を己の右手側の草の合間に発見した。
「ま、別に俺はそこの屑の持っている金さえ手に入れば文句はねぇ。が……」
 垂らしていた腕を組み、声の主は不敵で邪悪な笑みを露出させた。
「邪魔すると殺すぜ?」

 これが――緋村剣心と志々雄真実の宿命の出会い。
 流れ行く連鎖の始まり――。





おお! 何やら事態が動く予感が。
美姫 「こんな所で志々雄たちと出くわすなんてね」
まさに運命の悪戯!
美姫 「一体、どうなるのかしら」
次回が非常に気になるところで、つづく〜。
美姫 「あ〜ん、次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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