『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




LXXXZ・美緒と見直せる男性

 もちろん、互いの瞳はぼやけるくらいの至近距離で、一切の揺るぎもなく見詰め合っていた。
 まぁ、突然バランスを崩して気付いたら唇が触れ合っていたのだから、自分の身に起きた出来事について行けない場合は、思考がフリーズしてしまうのかもしれない。
 さすがに周りにいた猫達も何と言っていいのかわからずに、二人の顔の間を交互に動かしている。
 そのまま数分近い沈黙が続いた後、先に理性を取り戻したのは男性だった。
「ちょ! お前! 一体何してんだ!」
 下になっている男性は、硬直している美緒の小さく華奢な体を力任せに起こすと、男性とも男としては細い腕で自分の体の上から持ち上げると隣に座らせた。
「いきなり襲いかかってきてこれかよ? 俺はあのイマイチよくわからない生物を助けようとしただけなのに、何でこんな目に……っておい?」
 唇を何度も拭いながら、口から零れてくる愚痴をぶつぶつと洩らしていると、隣の美緒の体が小刻みに震えているのに気付いた。
 不思議そうに首を傾げて髪に隠れて見えない美緒の表情を確認するべく下から顔を見上げて……。
「何するのよ! バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 平手一閃。
「ぐわぁ!」
 見事に男性の頬に、ビンタが打ち込まれていた。
「み、み、み、美緒のファ、ファーストキスを……!」
「何言ってるんだ。俺だってそうだ、御互い様だろう」
「男と女の重みが違うのだ!」
「なんだと!」
 すでに売り言葉に買い言葉。
 離れていた距離が次第に近付き、またもやキスを連想させる、吐息の暖かさまで感じ取れるところまで顔が近付いた。
「あ……」
「う……」
 同時に先ほどまで互いの唇に触れていた柔らかな感触を思い出し、これまた同じタイミングで赤面した。
 重苦しい沈黙が二人の間に流れる。
 しかし、そんな蟠りを払拭するように、氷那が弱々しく鳴き声をあげ、ようやく二人は今の状況が自分達の事で言い争っている場合ではないと思い直した。
「と、とにかく近くに知り合いがやってる動物病院があるのだ。そこに氷那を連れて行くのだ」
「意見が合ったな。俺も近くにある動物病院は知ってるからそこに連れていこうと思ってたところだ」
 じっと睨み合う時間が少しだけ流れた後、どちらともなく道を歩き出す。
 つられるように猫達もまた後ろをぞろぞろとついて来る。
 だがどちらも口を開けば出てくるのは愚痴と文句しかないため、視線だけで攻撃を繰り返す冷戦状態に突入してしまった。
 人間一人に猫又一匹それに猫多数という奇妙な集団は、無言のまま槙原動物病院へ続く道路に入ったところで、集団は病院前に一人の女性が心配そうな顔をして立っていた。
「愛!」
「院長」
 二人は同時に人物を呼び、そしてこれまた同時に互いの顔を見合わせた。
「何でお前が愛の事を知ってるのだ!」
「何でお前が院長を呼び捨てにしてるんだ?」
 どうやら意識的に無視を決め込んでいたにも関らず、しっかりと頭の中に入りこんでいた知り合いの病院というのが同じ槙原愛が院長を務める病院だったと、今更ながら気付いた。
 そんな美緒と男性の間に流れる険悪な空気には露とも気付かず、名を呼ばれた本人である愛は拍手を打つように手を合わせると、小走り近付いてきた。
「美緒ちゃんに樹君。も〜、出勤が遅いから心配しちゃったわよ〜」
耕介との結婚時に気分一新するために切った髪を少しだけ伸ばした彼女は、交互に二人の顔を見ると胸に手を当てて大きく溜まっていた空気を吐き出した。
さすがにこの人の前で我を張り続けるのは気が引けるのか俯いて、美緒は男性――樹を、樹は美緒を視界から外すようにしている。
 しかし樹は俯いた事で腕の中に抱えた氷那を改めて思い出し、愛に差し出すようにして傷口を見せた。
「あの院長、この患畜なんですが……」
「え? あ、氷那ちゃん? 一体どうして?」
「ちょうど俺が通りかかって。で、見たところバイクか自転車に轢かれたみたいです。傷の状態は思ったより深くないので消毒と傷を縫い合わせれば問題ないかと思います」
 氷那の状態を見た愛は途端に医者としての顔になり、傷を触診した。
「そうね。樹君の言う通りだわ。でも早く処置しましょう。美緒ちゃんはその間に病院に来た人の対応をお願いね」
「え? あ、わ、わかったのだ」
 普段は静かで耕介の隣で微笑んでいる印象と、幼い頃から姉であり母である顔しか知らなかった美緒には背筋に冷水を流しこまれたような衝撃だった。
 何とか呟くように返す事に成功した言葉を待たずして、二人は一息に手術室へと飛び込んだ。
 後に残ったのは美緒と猫達だけで、そこには少し肌寒い風すらふきすさぶ。
「……あたしは仕事にいくから、お前達は戻ってるのだ」
「ニャ〜」
 どちらも仕方なしと言った様子で返事をしたのだった。

「電気メス」
「はい」
「ファイヤーバーナー」
「はい」
 院内に美緒が入ると、診察室の奥にある手術室で愛と樹が氷那に向かってメスを走らせていた。
 愛が院長を務めている槙原医院は、手術中の風景を見せて飼い主にどんな事をしているのか? という事を提示して安心感を与える作りをしている。これは東京に実在する動物病院の仕組みに感動した愛が取り入れたものだ。
 窓口から覗きこんでそんな二人をしばし観覧した後、美緒はロッカールームで白衣に着替えた。
(あの目……)
 上着のボタンをゆっくりと留めながら、美緒はさっきの二人の様子を思い出していた。
 氷那の様子を見て目付きが変わった愛。
 そしてついていった樹は――。
 と、そこまで思い出して、美緒ははっと頭を思いっきり振った。
「な、何でアタシがあんな奴の事を!」
 でも、どんな理由でも、アイツがアタシのファーストキスの相手の訳で……。
「わ〜! わ〜!」
 誰もいないのに、勝手に赤くなって勝手に暴れる美緒であった。

 ようやく落ちついたのは、それからゆうに三十分は立ってからであった。
 まぁ、一言で言えば何をやってるんだか。と、纏める事ができるが、未だ半分の赤みが取れないままで美緒は待合室に出てきた。
 時計を見るとまだ時間まではしばしの時間がある。
「少しだけのんびりできるのだ」
 それでも掃除はしておかなければならないので、トイレに繋がる短い通路の脇に立っている掃除用具入れから、少々くたびれたモップを取り出すと、バケツと一緒に診察室へ戻った。
 普段から清掃が行き届いている待合室は、窓から差し込む日の光に反射して真っ白に映える。
 その時、診察室の扉が開いた。
 意識を外に向けていた美緒は心臓が飛び出るくらいに驚いて、尻尾を逆立てて飛び上がるとすぐさま音の発生源へと振り向いた。
 もちろん、今槙原動物病院には彼女の他に二人しか人間がいない。
 マスクと手術帽を外しながら、愛はほっと安心の溜息をついて後ろから続く樹に今後の処置方法を細かく指示していく。
 そんな姿は本物の獣医のようだ。
(あ、本物だったのだ)
 普段の耕介といちゃついて、真雪やリスティ達と呆れている時の姿しかしらないため、どうしてもギャップが抜けきれない。
「あ、美緒ちゃん。手術成功したわよ」
「今はどんな様子なのだ?」
「傷自体は裂傷だけだったし、内臓にも損傷はなかったわ。しばらく安静にしていれば問題なしよ」
「良かったのだ〜」
「でも、樹君には感謝しないと」
「え?」
 愛の言葉にほっと一息ついた美緒は、そんな愛の言葉に不思議そうに首を傾げた。
「彼、ここに連れてくる間にずっと止血してたの。氷那ちゃんのように体の小さい動物は小さな傷でも命に関る失血に繋がる事も少なくないのよ」
「そうなのか?」
 小さく微笑むようにして頷くと、愛はそれ以上何も言わずに診察室に戻っていった。
 美緒はそんな扉が締まるまでの短い時間に見えた入院患畜の様子を優しい笑顔で見て回っている樹の姿が瞳から離れなくなっていた。




夕凪「一ヶ月ぶりの投稿お疲れ様〜(棒読み)」
しょ、しょっぱなからキツイなぁ^^;
夕凪「当たり前じゃない。どれだけ美姫さんを待たせたらいいのよ」
……浩さんじゃないのか?
夕凪「前にも言ったけど、あのサイトの責任者は美姫さんよ」
……さいですか。
夕凪「で? なんでこんなに遅れたの?」
ん、理由はいくつあるんだけど、一つは私生活にまた変化が会った事かな?
夕凪「なにあったのよ?」
祖母が入院。
夕凪「それはなんというか……」
しかも仕事の配属変更。それにともない、幾つかの休日変更
夕凪「そっちはどうでもいいわ。
(泣
夕凪「それで、今後はどうなの?」
うん。とら剣はこのまま投稿していくし、終わっちゃったけど舞-HiMEととらハのクロスも書きたいなって思うから、ゆっくりと書いてくよ。
夕凪「それにオリジナルもあるし?」
うん。これは浩さんが良かったら読んで本格的な感想を貰おうかなって。
夕凪「浩さんより美姫さん! そっちのが役に立つわ」
(滝汗



シクシク…。
美姫 「まあ、当然の子事よね」
さめざめ…。
美姫 「はいはい、嘘泣きは良いから」
少しは慰めろよ〜。
美姫 「はいはい、可哀想、可哀想」
うわー、すっげー、おざなり。
美姫 「さて、美緒と樹がこうして出会った訳だけど」
果たして、どんな心情の変化が美緒に!?
美姫 「って、既に立ち直ってるし」
あははは〜、あの程度でへ込むか!
美姫 「それって、あんまり威張る事じゃないわよね」
そうか? と、まあ良い。
これから、どんな話になるのか楽しみだな。
美姫 「そうね。逃げた志々雄たちの動向も気になるしね」
うんうん。楽しみだな〜。
美姫 「他にも、何か書かれているみたいだしね」
そうみたいだな。そっちも、楽しみ〜。
美姫 「それじゃあ、また次回で!」
ではでは。



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