『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




LXX・監視者達

 東京で剣心達が源柳斎の付き添いとして病院へ向い、神谷道場では一志が天罰とも言うべき美由希の反撃で意識を失い、京都では美沙斗と斎藤が何とか和解に似た雰囲気になっている頃、懐かしの……とは言っても僅か一週間しか離れていないのだが、海鳴の町に返ってきた男女二人組と一本の刀は、大きく薄らと潮の香りがする町を通りすぎる風を同時に胸一杯に吸い込んだ。
「はぁ。何か実家に居たのに、こっちに来た方が戻ったって気分になるのは変ですか?」
 男の前に立って町並みをぐるりと見回した相楽夕凪は、ボーイズショートの髪を爽やかに振りながら、胸元にリボン型のフリルのついた黄色のタンクトップにスリムジーンズという格好で、背後にいる身長二メートルに青のTシャツに黒のメンパン姿の槙原耕介に、何やら不思議そうな表情を向けた。
 それは昔、彼が来た当時に感じた思いと同じなのは安易に理解できる。パーツの大きい顔に笑みを浮かべて、日本刀を持ち直す。
「いや、いいんじゃないか?」
「そうですか?」
「帰れる場所がたくさんあるのは……幸せな事だよ」
 そろそろ耕介も三十路に手がかかる年齢に来ている。嫌でも望郷の念に駆られ、長崎で洋食屋を切り盛りしている母や仲は良くなかったが今はマスターをしている兄を思い浮かべる。あの時もう少しこうしていれば。いやこっちに手を伸ばしていれば。そう言った後悔とも言える感情が、セピア色の過去と一緒に心に漣を立てる。だからこそ同時に思えるのは、そこへも帰る事ができる自分が存在する事実だ。色々と無茶をしていて心配をかけて、それでもようやく大切な場所を作り上げた自分が安らげる場所が増えるのは本当に嬉しい。
 人生って言うのは、何時か帰る場所を作っていく事なのかもしれないな。
 そんな感想を代弁するように気持ち良さげに町の雑踏を眺める彼を見て、夕凪はそれでもいいかなと思った。
「さて、一週間も寮を空けちゃったから、みんなにお詫びで翠屋のシュークリームでも買っていこうか」
「いいですね」
 しかし、この二人の気持ちも、たった十数分後には完全に打ち砕かれる事になるとは、微塵も思っていなかった。

「う〜……。退屈なのだ〜」
 珍しく、さざなみ寮の最古参の一人、陣内美緒は髪の色と同じ毛並みをした紫色した耳と尻尾をリズミカルに揺らしながら、だらりと力なく床に両手を垂らす格好で何もない午後の一時を過ごしていた。
 大体週六ペースで入れているペットショップのアルバイトは休みで、趣味のバイクは現在車検中。親友の藤田望は、店にアルバイトで入った男性と久しぶりのデートに出かけている。
 寮の中も愛は相変らず病院に出かけ、学生メンバーは全員学校だ。こうなると真雪が居ればまだ悪巧みの一つでもできるのだが、彼女も現在編集との打ち合わせで町へ出かけている。いつもは一人暇そうにしている桂木さとみも、海鳴中央大学に進学した景浦裕子に頼まれてバスケットのコーチに出かけている。
 リスティも出張だし……。
 どれだけメンバーが入れ替わっても騒がしさだけは途切れた事のないさざなみ寮に訪れた静寂に、一人取り残されてしまった美緒は、完全に飼い猫になった小虎をお腹の上に乗せながら天井を仰いだ。
 よく真雪や愛はたまには静かにのんびりするのもいいって言うけれど、退屈極まりない。普段なら耕介が居て、何だかんだと言いながらも構ってくれる。それはありがたいし、破れてしまった恋とはいえ、何時しか血の繋がったお兄ちゃんのような耕介が側にいてくれるだけで、本当に嬉しかった。愛は自分にとって存在すらわからない母親の代わりに温もりを教えてくれたし、そんな彼女と結婚してくれて、ただただ嬉しかったのだ。
 もうすぐそれから十年になる。と、言ってもまだ三年の時間はあるが、殆ど十年と一緒だ。その間まるで関係の変わらない二人は、幸せを夢見る年頃には憧れの存在で、美緒も多聞に漏れず憧れを持っている。それは間違いなく少女の特権であり、幼い頃に出会った雪も――。
 そこまで考えて、美緒はぶんぶんを頭を振った。
 彼女を恨むわけじゃない。恨む訳じゃないのだが、どうしても耕介に不幸を与えてしまった疫病神と言う感情が先走ってしまう。
雪も大切な親友だ。それは間違いない。でも、アタシにとって大切なのは耕介なのだ。んーん。雪も大事な人だけど……だから、こんな感情を覚えてしまう。
心に大きな黒い雲がかかり、光る場所まで覆い隠すまでに広がった時、自分が最悪な人間だと感じで力任せに起き上がった。その勢いで彼女の上でまどろんでいた小虎が、うにゃぁ! と悲鳴を上げて床の上に着地した。
「ああ! 小虎ゴメンなのだー」
 さすがにすでに人間で言えば八十歳を有に超えてしまう年齢になっている小虎に酷い事をしてしまったと気付き、ソファから立ち上がってすぐに猫を抱き上げると、そのまま玄関に向かう。
「少しアタシらしくないから頭を冷やそうっと」
 美緒お気に入りの、コスモスをあしらったサンダルに爪先をつっかけると、西日の良く射し込む玄関を開けた。途端に心に澱んだ黒い靄を吹き飛ばしてくれるような心地よい風が彼女の長めの髪を靡かせながら通り過ぎて行く。瞼を閉じてもオレンジ色が見える夕暮れに差しかかった時間の日差しがわかる。
 胸に抱かれた小虎も気持ち良さげににゃ〜と鳴き声を洩らした。
「小虎も気持ち良いか? 少し日向ぼっこでもするのだ」
 とてとてと庭に移動しようとした時、山の下から歩いてくる見慣れた二人組を発見した。
「あ! 耕介―! 夕凪―!」
 庭に行く目的をあっさりと忘れて、どれだけ成長しても変わらない天真爛漫さで、雪への謝罪を無事に帰ってきた二人の出迎えの言葉に重ねながら、駆け寄っていった。

「目標C、二名が合流。指示を求む」
『了解。現在目標Aに二名合流。そろそろ作戦決行の準備に入る。一名を残して集合せよ』
 薄暗い部屋の中、様々な場所で端末が光を放っている。
 そんな小さな光を掻き消すように、全身黒装束で目の部分以外を隠した男達が忙しげに動き回っている。その更に後ろで、四人の男女が楽しげに眺めていた。
「どうやら生贄が増えてくれたみたい」
 紅姫は肩出しの闇の中でも更に浮き立つ紅いワンピースドレス姿で、右から左に三段になっている、似合わないフリルのついたスカート部分の左右に入ったスリットから妖艶な太股を露出させながら組替えた。
「ヒヒヒヒ……キィッヒッヒッヒッヒッヒィ! なぁ、今回のターゲットって女が多いんだろ? 多いんだろぉ? ああ! キィッヒッヒッヒッヒ! 想像しただけでイッちまいそうだ!」
 続いて妙に甲高い発声をする男が、頭生えている白髪はがちがちにワックスで固められて天を指し、異様に小さい眼と耳まで裂けていそうな大きな口から下品というより絶頂寸前と言った様子で、妙にギョロギョロした視線で左右にいる口を開かない男二人に目配りした。布を巻いた感じの服に、立っているだけならばスカートにも見える裾に向けて広がっている上下真っ白な白魔は、口の端からだらしなく涎を垂らしている。
「ほっほっほっほ。そうじゃ。ここ一年もの間調査して、殆どが女性じゃ。お主を絶対に満足できるぞ」
 透過はそんな彼を慈しむように質問に答えると、彼もまた落ちつきなく視線を走り回っている黒装束の男達の間を動かしている。
 そして最後に一言も発しなかった黒笠は、狂喜した笑みを浮かべてひっきりなしに飛び込んでくる伝令に、心躍らせていた。
 ん〜ふふふふふふふふふ。御神……抜刀斎……ようやく。ようやくだぁ。決着をつけるぞ……。
 彼を冠する二つ名の通り、闇よりも暗い黄昏を心に満ち溢れさせ、鵜堂刃衛はただ只管に自分の凶刃で血塗れになる姿を想像していた。



うむむむ。何やら、きな臭い動きが……。
美姫 「一体、何が始まるのかしら」
うーん、何か緊張するな〜。
美姫 「本当ね。果たして、彼らは何を仕出かすつもりなのかしら?」
そして、その目的は……。
美姫 「いや〜ん、私怖い〜」
……………………い、今、この状況にいる俺の方が怖い(ボソリ)
美姫 「何か、不穏な空気が…」
き、気のせいだよ。い、いやだな〜。
そ、それよりも、本当に気になるな〜。
美姫 「本当ね」
それじゃあ、次回を楽しみに待ってます〜。
美姫 「待ってま〜〜〜す」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ