『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




LXV・清算するべきもの。しないもの。

「以上が今回の潜入壊滅作戦になる。俺と火影は正面玄関から進入し、囮になる。その間に美沙斗さん、斎藤、恭也君で進入して首謀者を捕縛。もしくは暗殺。で、リスティと弓華は別働隊として外周警備。エリスさんはここから全員の指示を出して欲しい」
 作戦の全貌はこうだ。
 蔡雅忍軍が先手を打って正面より進入し、その間に隠密部隊として御神二人と斎藤の三人で首謀者を捕まえるのだ。ここで重要なのは何故空也と火影ではないのか? という点だが、これは合同作戦の短所であるどれだけ香港警防と蔡雅忍軍をまとめあげるか。と、いう部分が関ってくる。それぞれが元々の戦闘スタイルがあるため、一つの指揮が統率するのは難しい。そこで蔡雅と囮部隊の指示を空也達が取り、全体指揮をエリスに任せる事によって、連帯を充実させた。
「でも、私でいいのか?」
「ああ。蔡雅がやろうと香港警防がやろうとも、必ず独自の癖が出てしまう。それでは全体のレベルがばらばらになってしまうからな。話によるとマクガーレン・セキュリティサービスの中でも最高ランクのチームをまとめていると聞くし、斎藤からの推薦もある。君の指揮レベルを信頼しよう」
 その言葉にエリスははっと息を飲んで斎藤を見た。まさか今までの地獄の日々の中でそんな事を考えているとは思わなかったからだ。普段通り煙草を人差し指と中指の付け根に挟んでいる彼の表情からは何を考えているかはわからないが、それでも少し心が暖かくなった気がした。
「決行は当初通り今晩の十二時。日付が変わると同時に開始する。それまでは各自体を休めておく事。以上解散!」
 空也の号令で作戦参加者四十六名は思い思いの方向へ散っていく。エリスもどう言った指示をしていくべきかを思案し斎藤に相談しようと探していると、会議をしていたテントの入り口で最悪の組み合わせで彼を発見した。
 ハジメと……ミサト?
 すぐに昨晩の悪夢に近い風景が思い出される。
「ちょ、ハジ……」
 多少慌てながら止めるべく駆け出しかけた彼女を、大きな手が肩を掴んで止めた。弾かれるように振り返ると、そこには何故かにやけている空也が固い彼には似合わないウインクをした。

 少し空には雲がかかっていた。
 薄い灰色の雲は鰯雲のように細く青空に一点の染みを浮かばせている。風に流れて太陽を覆い隠し、目に映える木々から生気を奪い去った。
 煙草に火をつけながら先導する美沙斗の後ろをついていく斎藤は、一雨来そうな空に元々無愛想な顔を更に顰めた。別に雨が嫌いなのではなく、単純にこれから降ってしまって作戦に何かしらの不都合が出ないか心配しているだけだが。
 会議が終って、一人鍛錬をしてから夜に備えようとしていた時、美沙斗が付き合って欲しいと突然声をかけられた。昨晩の事もあるし、何より明け方に空也にはめられて肯定してしまった話を聞かれてしまった、何となく後ろめたさに似た感情もある。
 俺は別に御神を憎んでいる訳じゃ……ないんだがな……。
 口からたなびく紫煙を細く吐き出しながら、あの瞬間を思い出す。
 そう言えば、あの日もこんな昼間だったな。
 斎藤の両親は長く世界規模のボランティアを行っていた。ティオレともある紛争地域で良く一緒に活動し、幼くて心臓の弱い彼の妹を残しても、妹も旅から晴れやかな顔をして戻ってくる両親の土産話を楽しみにしていたので、斎藤も合えて何も言わずにただ毎日日本の警察で特殊鎮圧機動隊として剣腕を振るいながら勤務していた。しかし……ある時幸せは一瞬で崩れ去る事になる。余りに有名になりすぎた活動は、其れゆえに彼等は龍に狙われた。
 その日、空には少し雲がかかっていた。
 半年振りに帰国した両親を迎えに、斎藤は妹の燕を連れて成田空港へと来ていた。嬉しそうに出口で待ち侘びている燕に、滅多に見せない微笑を浮かべながら彼もまた出口を見詰めていた。その時、鼓膜を破るほどの爆発音と共に、目の前に巨大な火柱が上がった。突然の出来事に妹は気絶し、斎藤はさすがに驚きを隠さず呆然と爆発を見続けていた。そして爆発の中心に立ち尽くしていた、父の右半分を炭化させた死体を片手に炎の中に立っている美沙斗の姿……。
 両親の死を知って妹は酷く落ちこんだ。いや一種の鬱病と言い換えてもいいかもしれない。両親の死に涙は流れなくても、暗く心を閉ざした妹の姿を見るたびに地獄の業火のような怒りがふつふつと湧きあがってきた。
 絶対に追い詰める。それだけを心の糧に当時は必死に走り続けた。
 そして追い求めた者は今目の前に居る。しかしすでに消えた怒りは、こんな千載一遇のチャンスにも起きるどころか反応一つしない。自分の中ではすでに決着がついてしまったのだと感じ、小さく口を楽しげに歪ませた。
 その時!
 ビュウ! と風が裂けた。突然質量を持った物体が飛来する音に、斎藤は反射的に刀を抜いた。それはおそらくわざとなのだろう。日本刀を構えやすい鞘とは反対側を狙っているのだから。引き抜かれた刃が斎藤の側面に到達した時、そこに新たに重い衝撃とぶつかり合う金属音が鳴り響いた。
 鉄の刃と柄を通じて衝撃が掌から出血させる。だが、傷を確認するより先に、反対側からも白刃が迫った。今度は刀を抜いていたので、力任せに横に薙ぐ。二つの白刃はくるくると回転するように動きつつも、彼の前方を歩いていたたった一人の女性の胸の前でぴたりと止まった。
 一体何の真似だ?
 そう問い掛ける斎藤より先に、再び二つの牙が動いた。
 一刀では力負けすると読んだのか、二本を平行に並べて同時に狭い間隔で斬りつけてくる。三本の日本刀が火花を散らした。だがこれだけでは止まらず、捌かれた二本の小太刀はすぐに向きを変え、斎藤に襲いかかる。
 何とか利き腕一本で己の間合いを取ろうとするが、激しい剣戟は息つく暇すら与えられない。

 御神流裏・奥義之弐・虎切・弦!

 斎藤は技の名を知らなかったが、それは御神流でいう虎切の裏を持つ技だった。本来は長距離用抜刀術なのだが、御神を守るために時代の闇へと身をとした不破は、虎切を間合いの狭いニ連撃とし、しかも鞘の小口をカタパルトのように台座に見立てて、攻撃を繰り返す毎に速度を上げていく。
 これが今は亡き御神静馬の妻であり、御神の裏を守る不破士郎の妹、御神美沙斗の本気だ。
 表情はまるで機械のように冷淡で、ただ目の前に立つ敵だけを葬っていく殺人機械。そんな印象を持ちながらも、斎藤の心は楽しげに温度を高めていく。
「ぬぅう!」
 両手持ちに切り替え、どれだけ鍛錬しても如何ともし難い男女の筋力差に、美沙斗の華奢な体を数メートル後退させた。いや手応えがないため、自ら後ろへと飛んだのだと理解する。
 しかし今の斎藤にこの距離は有難かった。
 すぐに柄尻を持つ左手を引き、右手を照準のように切っ先に添えると、ぐっと腰下に溜め込んだ力を一気に解放する。

 牙突!

 地面を抉り取りながら、一足飛びに美沙斗の眼前に水平に構えた狼の牙を放つ。だが彼女も只者ではない。斎藤の踏み込みと合わせて二本の小太刀を一直線にそろえると、後ろの小太刀を推進剤にして牙突に正面衝突する軌道を描く。
 
 御神流裏・奥義之参・射抜!

 二対の刺突は、鏡に映したように同じで、そして見事な芸術とも言える技だった。しかし勝利できるのは一人であり、そして勝ったのは――。
「チャックメイトだ」
 美沙斗だった。
 一本目の小太刀が牙突と噛合った瞬間、美沙斗は急激に力を抜いたのだ。普通ならばここで躊躇してしまうのだが、斎藤はそのまま打ちぬきにかかる。だが一刀目が力を抜いたのは、狼の牙をかいくぐる策略だった。円を描きながら日本刀の真下に来ると、唐突に上へと弾いたのだ。
 そこから反撃を取らせるような手合いであれば良かったが、相手は美沙斗だ。次の瞬間に残された小太刀は斎藤の喉元へと突き付けられていた。
「…………」
 少々驚きはしたものの、無表情のままぎらぎらとした眼をぎろりと美沙斗の無機質な顔に向ける。
「これが……かつて私が龍の手下となっていた時に使っていた技だ。これが……おまえの両親を殺した技だ」
 小太刀を引き、感情が戻り出す瞳に後悔の念が浮かび始める美沙斗に、彼は何も声を発さない。
「どれだけ時間をかけようとも、おまえへの償いはしよう。だが今は待っていてくれ。龍がこの世に残っているうちは……死ねない」
 美沙斗はあの話を聞いた後、必死に斎藤の両親を思い出そうとした。だが十年と言う余りに長い闇の生活は、掘りかえ出せる記憶の数を多種にあたって増大させ、一つに結びつかなかった。
 だからこそ、斎藤が自分を殺すというのなら、止めはしない……。でも全てを終らせるまで待ってほしい……。
 すっと斎藤の白いグローブが彼女の目元に当てられた。グローブは薄らと染みを作って離れたのを見て、美沙斗は自分が涙を流していたのだと初めて知った。
 自分のグローブにしばし視線を落としている斎藤は、黙したまま動こうとしない。
「斎藤?」

『お兄ちゃん。私ね、お父さんとお母さんが死んじゃって、すごくすごく悲しかったけど、でもお兄ちゃんが居てくれて良かった』

 其れで愕然としたのは斎藤だ。
 自分の怒りだと思っていたのは、妹の悲しみを自分勝手に歪曲して怒りにしていただけなのだと、初めて気付いたのだ。
「別に俺はもうおまえを同にかしようなんて一切考えていない」
 だからこそ、これが今の彼の気持ちだった。ありのままを受け止め、今と自分に科せられた未来を守り闘う狼となるため、ICPOへ移動したのだから。
「だが……」
「ま、罪悪感に苛まれて動きが悪くなるとまずいな。時間が余ったら妹の見舞いでも来い」
 刀を鞘に戻し、改めて煙草を咥えた斎藤は、まだ呆然としている美沙斗に背を向けた。
「夜の作戦、昨日のままであれば本部待機にさせるつもりだったが、これだけ動けるなら問題ないな」
 ようやく西に傾きかけた太陽光に消されるような僅かな微笑みを浮かべたのを見て、美沙斗は一つだけ贖罪を終えたかのようにただ透明な涙を流し続けた。




うーん。一つの山場を越えたと言う感じだな。
美姫 「何を言ってるのよ。まだまだ、これからじゃない」
まあ、それはそうなんだがな。いよいよ、突入か。
この先、彼らを待つものは一体何なのか。
まあ、一筋縄ではいかないだろうな。
果たして、どれほどの被害が出るのか……。
美姫 「一層の事、私も突入するとか」
パワーバランスが崩れます。もしくは、世界が崩壊するわ!
って言うか、お前今、北海道だろう。
美姫 「あれ、そうだっけ。まあ、どっちでも良いじゃない」
良くないわ!
美姫 「え〜、ひっどーい」
可愛子ぶっても駄目〜〜。
美姫 「ケチケチケチ!」
えーい、うるさい!
そんな奴には、お仕置きだー!喰らえーーー!!
なんちゃって流とりあえず剣術かな?、最終奥義、竜尾巻疾風走(りゅうびかんしっぷうそう)
スタコラッサッサーーー。
美姫 「って、ただの逃亡じゃない。そんなものに、偉そうな名前を付けるな」
ぬお!いつの間に前に周り込んだ!
美姫 「単にアンタの足がトロイだけよ」
馬鹿な!逃げ足は速いぞ。
美姫 「まあね。それは認めてあげるわ。でも、喋っている時間が長すぎたのよ。
アンタの考えなんて、お見通しよ」
くそっ。
美姫 「全く、ただの逃げにご大層な技名を…。しかも、それが最終奥義って……」
ふふ。竜が尻尾を巻いて、疾風のように逃げ、走り去る所からついたこの技。
よもや、見破られるとは…。
美姫 「いや、だから、名前だけは大層なんだけど。って、その前に、名前の由来からして情けないわね。
尻尾を巻いて逃げる所からって、アンタ……」
はっはっは。今更ながら、この技の恐ろしさを思い知ったか!
別名、敵前方大逆逃走とも言う。
美姫 「つまり、敵を前方に見据えて、背中を向けて全力で逃げるって事ね」
おおー!我が奥義をよくぞ見抜いた!
美姫 「誰でも分かるわ!この馬鹿!一度、その頭を冷やしてきなさい!
離空紅流、鳳天凰舞!!」
ぐげろびょにょがっ!がっがっがががががが!そ、それは乱舞系の技……。がはっ!
美姫 「安心しなさい。本命はこの次よ。喰らいなさい!離空紅流、月遮赤光斬!!」
にゅごりょぴょみょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!(キラン)
美姫 「こうして再び、世界に平和が訪れたのであったとさ。
それじゃあ、また次回を楽しみに待ってますね〜」



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