『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




LZ・神谷道場の人々

 剣心と浩の実家は東京都千代田区の一等地にある。江戸時代に神谷越路郎が起こした神谷活心流と言う流派の剣術道場だ。しかし越路郎はその後西南戦争で命を落とし、流派は師範代の腕を持つ愛娘神谷薫が引き継ぎ、今に至るまで道場を守り通している。神谷薫が二代目を継いでから神谷活心流は女性が代々受け継いでいく流れとなり、男子は代わりに神谷薫の夫と彼女との間に生まれた剣路が伝えてきた飛天御剣流を口伝として継いできた。
「簡単に説明するとこんな感じ」
 渋谷からJRの車内で、なのはから聞かれたどんな道場なの? という説明をし終えて、剣心は一息ついた。
「随分と長い間続いてるんですね」
「続いてても、道場は閑古鳥が鳴いてるけどな」
 さらりと実家の状況を全て言い表す一言で切り捨てる浩に、苦笑しながらふと美由希はある疑問を口にした。
「あれ? そういえばどうして緋村さんと氷瀬さんって苗字が違うんですか?」
「兄さんは父さんの連れ子」
「あ……ごめんなさい……」
「今更だから気にするな」
 それは本当の事だ。浩の母親は彼が幼い頃に病で倒れ他界した。父親はそれなりに売れている小説家だったため、悲しみに暮れて書けなくなっても生活に困る事はなかった。そんな折、幼い頃から父と兄妹のような関係だった現在の神谷活心流当代・緋村雫が父を連れ出してくれたおかげで、同じく母親を亡くしても泣く事が出来なかった浩の心の負担も軽くなった。そんな二人が互いを思いやり、結婚するに至るのに時間はかからなかった。父は心から全てをやり直す為、雫の籍に入る事を浩に告げ、浩は母親の苗字を名乗る事となった。
しかし、古傷に触れてしまったと思った美由希は申し訳なさそうに俯いてしまった。
「本当に大丈夫なんだって。もう二十年近く前の話だし」
「うん……」
 再婚したとはいえ、親を亡くす悲しさを知る彼女は、結局神谷道場の最寄駅になる神田に着くまで変わる事はなかった。
 が、神田の駅に着き、御茶ノ水と神田の中間地点に位置する道場までの道程で、彼女の目の色が突然変わる土地があった。
「はぁ〜」
 眼鏡の奥でどんよりと落ち込んでいた瞳を輝かせ、もう魂を引き抜かれたような恍惚の表情で立ち並ぶ店に魅入っている。古ぼけて日焼けした背表紙に、風芽丘学園の図書室でも見た事のないようなタイトルの数々が並ぶ棚。そして店内に入りきらず、外に溢れ出した本達。それはもう何処ぞのド近眼で年中コートを着用している読書狂の如く目を輝かせて、ふらふらと引き寄せられていく。
「お、お姉ちゃん!」
 上着の裾を掴んで必死に引き止めようとするなのはと、もう完全に意識を本に持って行かれた美由希の姉妹をしばらく観察して、浩は剣心に問い掛けた。
「なぁ。あの子、読書家か?」
「……そうみたい、だ」
 帰り道をこっちにしたのは拙かったなぁ……。と、心の中で呟きながら、神保町古本通りの真中で剣心は大きな溜息をついた。

「お母さん、お兄ちゃん帰ってくるって?」
 江戸時代から下町の一つとして数えられ、発展してきた神田の一角で、緋村ほのかは純和風平屋の母屋から渡り廊下を走りきって、道場で年少組の指導をしている緋村雫に引き戸を開け頭単刀直入に問い詰めた。
 そんな娘に、白と紺というシンプルな剣道着にシルクのようにキューティクルを作り上げている長髪をポニーテールにした雫は、普段は糸目としか言えない優しげな瞳を珍しく見開いて口元に手を当てて驚くと、しばしして子供っぽく頬を膨らませて少しだけ眉を跳ね上げた。
「ほのかちゃん、ダメでしょう? 道場に入る時はちゃんと一礼してから。それに学校から帰ったのなら先に着替えてきなさい」
 今のほのかの格好は緑を一滴落としたような光沢のない黒い生地を使用したどこまでも上品なワンピースタイプのセーラー服で、襟元の黒のラインが一本入っているアイボリーのセーラーカラーは、そのまま結んでタイになっている。ローウエストのプリーツスカートは膝下丈。三つ折り白ソックスという古風な中に気品を漂わせている格好だ。
「それは後でするから! ね、帰ってくるの?」
 しかし、ほのかは一言で母の長くなりそうな小言を終らせると、再度質問を繰り返した。こうなると、頑として周囲の話を聞かないのはわかっているため、雫は嘆息しながらも、そうよ。と、肯定した。
「何でもおじいちゃんに用事があるんですって……。そこ、引き手が甘くなってますよ」
「おじいちゃんに?」
 頭の右横で作った変わった形に結んだ髪を垂らすように首を傾げ、活発そうな瞳に疑問符を浮かべた。確か兄は祖父に連れ回されて剣術の修行をするのが嫌だと昔から愚痴を溢しており、高校進学を機に一人暮しをして離れる決意をして家を出た筈なのだ。それがこんなにも早く戻ってくるなど考えられない。
「……ちょっと信じられない」
「そうね。お母さんも同じだわ。でも剣ちゃんにも何か考えがあるんでしょう」
 少し型が崩れた女の子を丁寧に指導しながら、同意を示す雫。しかしどうもしっくり来ないほのかは、首を捻る一方だ。
 基本的に剣術の手解きを受けていないとはいえ、祖父は彼女から見ても変わっている……と言うよりは正直変人だと思っている。幼い頃から気がついたら兄は姿がなく、戻って来るたびに大怪我をしていた。それでも嫌いではなく苦手という感情を根付かせられたのは、兄が祖父を好きであり、嫌いなのは剣術であると彼女に語ってくれたからだ。もちろん、優しく御小遣いをくれたり、遊びに連れて行ってもらったりと楽しい思いでもあるからこそなのだが、やはり平然と兄を日本全国、気が向けば世界各国へと連れ出す祖父を好ましいとは思えずにいる。
 あ、そう言えば年に数回しか会った記憶ないし。
 もちろん山篭りと称して、食料と御金が無くなった時だけ実家に戻ってきたが、それ以外は兄と遊んだ覚えが無い。浩はすでに高校生になっていたので、余計にそう感じる。
 少々ほのかの個人的感情が混じったが、祖父に関しては剣心も同じ感想の筈なのだが、何故に今頃になって戻ってくるのか。それがどうしてもわからない。
「さっき連絡があって、浩ちゃんと一緒に帰って来るらしいから、そろそろ家に……」
「ただいま〜」
「あら? ちょうど帰って来たみたいね……ってあら?」
 そう呟いて、玄関のある壁からほのかへ視線を戻すと、そこにほのかの姿はなく、廊下から走っていく足音が聞こえた。
「あらあら。裾を乱さぬように……が校則のはずなのに……ふふ。ほのかにも困ったものね」
 神谷道場は南を向いている正面玄関から入り、右手に回ると各自寝室やトイレ、御風呂場と言った個室と教養施設があり、軒下になっている廊下からは庭と外から道場に回れるようになっている。渡り廊下は玄関から見て左手にある居間や客間、台所にも行けるようになっている。つまり上から見ると外周を廊下が囲み、中に各部屋が存在する作りになっている。
 ほのかは若干距離が短い個室側を走り、速度を緩和させるために柱を使って遠心力を緩和しながら、一気に玄関に突入する。
「お、お兄ちゃん、おか……?」
 が、しかし、ほのかはそこにいる人物達を見て途端に硬直した。
「お? ほのか、久しぶり。元気だったか?」
「あ、初めまして。突然でご迷惑かけますが御邪魔します」
「初めまして。高町なのはです。御邪魔します」
「ああ、ちょうどいい。じいさんと雫さん連れて来い」
 剣心と浩。それは問題ない。生まれてからずっと一緒に暮らしてきた家族だ。別に一緒に帰って来ても問題ない。だが、一番問題なのはさっさと家に入っていく浩ではなく、親しげに会話している剣心と二人の女性。いや一人はどう考えてもほのかより年下だ。
「お兄ちゃんが恋人と愛人を連れて来た〜!」
 掛値無しに全く的外れな想像を近所の人達にも聞こえかねない大声で、ほのかはものの見事に絶叫した。
「いや、もうそれは兄さんが言ったよ……」
 半分とはいえ、さすが兄妹だなぁと、美由希となのはは同時に感想を心に浮かべた。



あははは〜。
最後の部分が良いな。
美姫 「む〜。まだ浩の出番があるなんて」
まあ、そう剥れるな。
しかし、遂に神谷道場が登場だな。
美姫 「ええ。果たして、剣心の祖父とは一体どんな人物なのかしら」
そして、美由希たちは更に強くなるのか。
美姫 「次回も楽しみね〜」
おう!
寝ていたという実感がないまま朝を迎えて、寝たりない頭で次回を待て!



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