『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XLW・四点の闘い〜操対セルゲイ

「な、なんだぁ!」
 今まで建物を探しても人影一つ見つからなかった建物から突然現れた総勢二十名の人間に、晶は驚きのあまりに動きを止めてしまった。そこへナイフのように鋭く伸ばした爪が四方八方から襲いかかった。爪は空を切り裂き、一直線に晶の頭上に向けて振り下ろされる。
「危ない!」
「だめぇ!」
 しかし、爪が晶を切り裂く直前、横から飛び出した二つの影が人間達を吹き飛ばした。
「晶! ぼうっとするな!」
「晶ちゃん、大丈夫?」
「あ、勇兄……みなみさん……」
 自分の前に立って、爪を持って襲い来る人間達を何とかさばいている勇吾と、心配そうに顔を覗きこんでくるみなみの瞳に、ようやく今置かれている状況に体が硬直から解き放たれた。
「ご、ごめん! オレ……」
「いいさ! それより……何なんだこの人達……この!」
 会話などしている暇もなく、人々は間断を置かずして飛びかかってくるのを蹴り、時には殴り倒しつつ、勇吾は顔を歪めた。彼の本来の戦闘スタイルは草間一刀流という剣術を使用するタイプであり、直接的な打撃は苦手である。しかし、商店街の建物は鉄筋コンクリートが大半で、武器になりそうな細長い破片は落ちていない。剣術にも徒手空拳は存在するが、それは白刃取りから派生する技であって、人の爪を捕らえるなど経験だけではなく、どんな古武術にすら存在しないだろう。
「このぉ!」
 そこへ晶が乱入した。元々空手を習っている彼女も、爪を伸ばして襲ってくる相手などした事ないだろうが、それでも素手対素手を基本としているため、勇吾よりも動きがいい。振り被る素人同然の動きを予測して、軌道から体を逸らすとがら空きの脇にノーモーションから腰の回転を生かした一撃を打ち抜く。ぐぎゃぁ! と獣のような短い悲鳴を上げながら地面に転がった。そこへ隙を伺っていた人間が背後から両手を同時に突き付ける。だが体を反転させながら後ろに倒れるようにしてやり過ごすと、流れた相手の体を柔道の巴投げの如く柔らかい腹部を蹴り上げた。一対多数の戦闘の場合、地面に寝転ぶ姿勢はイコール死を意味する。晶は重力にひかれて倒れる体を肩越しに両手で支えると、限界まで圧縮したバネを開放したように肘を伸ばしてすぐさま立ち上がった。
 勇吾の方でも体格と力を生かして数人を投げ飛ばしている。そこでようやく襲ってくる人間達は手強いと思ったのか、距離を取るために円形に離れた。
「一体何なんだ? こいつら」
 できるだけ背後を取られぬように半壊した建物に格闘のできないみなみを守りながら、移動していく。だが、それは元々奇襲によって行動範囲を殺がれた三人にとって、更に選択肢を狭めるだけだ。
「あの、ごめんね。二人とも」
 せめて竹刀や木刀と言わなくとも、せめて強度のある長い棒があれば……と舌打した勇吾に、みなみがしょんぼりと肩を落とした。
「何で岡本さんが謝るんです?」
「いや、この人達、たぶんあたしを追って来たから……」
「どういう事?」
「うん。あの人達、本当の吸血鬼なんだ」
「……はぁ?」
「実は……大阪で吸血鬼に襲われて、そこを四乃森さんに助けてもらっちゃったんだよ」
「本物の……」
「吸血鬼?」
 一瞬、忍やさくらの夜の一族を思い浮かべる。彼等は話を聞いただけだが、十年前に風芽丘学園で起こった吸血鬼事件は夜の一族の一人が起こしたという。それを聞くとみなみは小さく首を振った。
「そうじゃなくて、別の吸血鬼だって」
「世の中色々あるんだな」
 正直な感想を述べて、嘆息する晶に心の中で勇吾も同意する。
「それで、今四乃森さんの前にいるあの人が……今日本で起きている吸血鬼事件の犯人なんだって」

「くっ……」
 わざと自分を無視して、戦闘力の弱い三人を狙って死者を操るセルゲイに操は憎々しげに怒りの視線をぶつけた。
「ふふふふ。私は食べ残しはしない主義なんだ。ま、他にも美味そうな食料が二人もついてきた。これは貴方に感謝しないとな」
「ふざけるな! 俺がそんな事させるかぁ!」
「幾ら次の御頭候補とはいえ、人間の上に立つ私に勝てると思ってるのか?」
 それまでどこか遊んでいる様子で話をしていたセルゲイは、操が吠えた瞬間に目付きが一変した。樽のように丸々とした体中から殺気が立ち上り、みなみ達を襲っている死者と同じく、びきびきと皮膚と爪の接合点から血を流しながら鋭い爪を伸ばしていく。
「幾ら吸血鬼だからって、お前はまだ死徒二十七祖ではない。まだ倒せる」
「これは随分と過小評価されたものだ。だが、それは自らの敗北に繋がると知れ」
 燃え盛る炎の紅を反射した刃を手にした棒から引き抜き、操も構えをとる。
「もう一本使わなくてもいいのか?」
「使わせてみろ」
 互いに命を消滅させるべく引き絞られた瞳が交差した。
「くわぁぁぁぁぁ!」
 見た目の鈍重さを一切感じさせない動きで、セルゲイが操との数メートルの距離を一息で詰める。さすがに視界から調達できる情報を中心とする人間と言う種族の枠から外れていない操は、唐突に眼前に迫った敵に対して強引に棒を振る。もちろんそんなやぶれかぶれの攻撃など気に止める事無く、セルゲイは爪を切り上げる。
「こ……のぉ!」
 操は左手の棒など一切の効果を発揮できないと悟ると、叩きつける方向をセルゲイからアスファルトに変更する。力を篭められた棒を支点にして体のバランスを取って爪へ向けて上半身を落とした。本来在るべき位置に威力を合わせていた爪は、ヒットポイントをずらされて薄く操の頬を引き裂くだけに留まり、そのまま振り切られた。がら空きになった脇腹が目の前に晒される。そこへ小太刀の刃がまるでゼリーにスプーンを入れるようにスムーズに刺さった。鮮血に染まった切っ先が進入した反対側からずるりと貫通した。刃の一部が骨を掠めた感触が腕に伝わるが、そのまま腹部を割ろうとして、突然鍵をかけられたように小太刀が動かなくなる。はっとして視線だけがセルゲイの顔を捕えると、笑っている肉達磨がそこにあった。
 そうだ! こいつは吸血鬼……。
 人型をしているために、無意識に人間相手と思っていた心に気付くが、すでに時は遅かった。膝部分のスーツが突起物を象り、布を突き破った。それは白い骨だった。すでに人間という枠から外れた存在は皮膚と骨の遺伝子配列を瞬時に書き換え、表面に骨のバンカーを作り上げたのだ。バンカーは一直線に操の顔面に向けて走る。
 ガギィ!
 硬い物質同士がぶつかり合う音が響いた。
 棒が弾け飛び、操の体が木葉のように吹き飛んだ。
 タイミング的には確実に命を奪うものだった。だが、セルゲイはそんな感触よりも更に快楽を得るであろう状況に、大きく口の端を吊り上げた。
「くっくっくっく! さてどうする? 二本目を抜かせたぞ!」
 アスファルトに激突する直前に片手をついて回転させて勢いを殺しながら四肢をふんばる姿勢で額から伝う紅い筋を拭って顔を上げる。そこにはセルゲイと同じく嬉しそうに口を歪めた表情があった。
「悪かった。ここからは本気だ!」

「危ない!」
 普段からこういった状況を想定している恭也達であれば回避する方法も予測できたのだろう。だが、一対一。しかも試合形式を基本とするものだけの勇吾には、完全に頭の上から落ちてくる人間と言う肉の塊に対処のしようがなかった。できるだけ致命傷にならないように両手を交差させた。
「でぇぇぇぇい!」
 しかしみなみの悲鳴よりも先に気付いた晶の飛び蹴りが、吸血鬼の頭部に命中して縦回転しながら地面に擦り落ちた。
「助かったよ。晶」
「良かった……。でも、この数に倒しても倒しても起きてくるし……このままじゃ……」
 その先は口にしなくてもわかっている。だがこのままでは先に体力が尽きるのは明らかに自分達だ。みなみから簡単に話を聞いてはいるが、まだ活動を停止させるには抵抗があり、一人も倒せていなかった。
 せめて武器があれば……。
 素手の晶には吸血鬼とはいえ人を殺させる訳にはいかない。勇吾は唇を噛みながら一向に数が減らない吸血鬼に向かって走り出そうとした時、甲高い音が周囲に響いた。密閉空間のように反響した音に顔を巡らせると、丁度セルゲイに吹き飛ばされて四肢を張って倒れるのを拒んだ操の姿が見えた。
「小太刀二刀? 恭也達と同じ剣術か?」
 しかし一体どこに二本の小太刀が……?
 みなみの護衛を一寸だけ晶に任せ、ほんの少しだけ謎に頭を切り分けた時、足元に何か硬い物が当たった。徐に視線を下げて勇吾の心に光が差した。
「くっそ! みなみさん! 逃げ道は……!」
「ありませーん!」
 別にみなみはただ逃げているだけはなく、必死に逃げ道を探していた。しかし、爆発現場に近いせいか、路地は全て埋まってしまっている。少しずつ吸血鬼の少ない方向に移動しては裏口も探すが全くと言って良いほど通り抜けられない。
 髪を数本切り飛ばしていく爪を何とか避けながら視線を巡らせて……そして試合以外の抜けてしまった性格が、最悪のタイミングで現れてしまった。
 壊れた水道管から噴出した水溜りに、足を滑らせたのだ。べしゃり。と、派手に音を立てて倒れる。
「みなみさん!」
「シャアアァァァァァァァ!」
 吸血鬼を倒した晶の悲鳴と彼女を回りこんでみなみに襲いかかる吸血鬼の声が重なった。だが、そこへ黒い影が走った。体を起こしたみなみの目の前で、吸血鬼の首が引き千切られた。途端に噴水のように体液を撒き散らしながら倒れる化け物の横で、苦い表情をしながら影は呟いた。
「人を殺しちゃう感触か。慣れたくないけど俺が二人を守る!」
 操の小太刀を収納していた黒い棒――鞘を両手でしっかりと握り締め、彼は呆然としたみなみに襲いかかる新しい吸血鬼に立ち向かって行った。



おおー。こちらでも事態が…。
美姫 「一体、どうなってしまうのかしら」
それに、今回は出番がなかったけれど美由希もどうなっているんだろう。
美姫 「あ〜、気になるわ」
次回が待ち遠しいです。
美姫 「う〜ん、次回をまだかまだかと待ってますね〜」
ではでは。



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