『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XL・商店街炎上

「こんにちは……?」
 美由希に遅れる事約一分。翠屋の入り口をくぐった勇吾は店内の不思議な空気に思わず語尾を疑問系にしてしまった。奥のテーブル席には恭也の恋人の忍と高町家の家事全般を担当している蓮飛と晶が。カウンターには何時大阪から帰ってきたのかみなみと何故かニヤニヤしている桃子。最後に初対面であろう男性が入ってきた二人……いや、美由希に視線を集中させている。
「赤星君、こんにちは。ちょ〜っと今立て込んでるから、忍ちゃんのところでのんびりしてて」
 普通であれば立て込んでいるなら帰宅を促す言い方をするであろう場面で、のんびりしててと言い切る桃子に苦笑と疑問符を浮かべながら頷くと、紅茶を飲んでいるウェイトレス三人組元へと移動した。
 疲れを紅茶で癒しているウェイトレス達は、頭を掻きながら歩いてくる彼に、こちらもどこか達観した様子でちらりと上目使いで見上げた。
「こんにちは。赤星君」
「こんにちは〜」
「ちわ! 勇兄」
「よ。ってそれより、桃子さんの様子おかしいけど、何かあったのか?」
 挨拶もそこそこに空いていた忍の席に腰を降ろすと、やはり気になるのかカウンターの男性に顔を向ける。
 しかし何かあったのか? と言われても、全てを把握しきれていない忍達は互いの顔を見合わせると、小さく嘆息しつつこう答えた。
「まぁ、何と言うか、見てたらわかるわよ」
「はぁ?」
 歯切れの悪い物言いに眉を顰めるが、それ以上は三人とも口を開かないので、仕方なく事の成り行きを見守る事にした。
「さて四乃森さん、彼女が御所望の御神美由希よ」
「かーさん?」
 高町ではなく御神として紹介されて、美由希は不信感と疑問をごちゃ混ぜにした表情を浮かべるが、義母の見る人によっては天使に見える微笑みに、あえて追求はしなかった。代わりに目を見開いて餌をねだる鯉のように口をパクパクさせている男性――四乃森操に警戒をしながら桃子の隣に座った。
 それを油の切れた人形のように首をぎこちなく回転させると、操は大きく溜息をはくように擦れた声で質問してきた。
「あの……本当に本当にこの子が?」
「そうよ。現在の御神流正統後継者」
 かーさん……。どこで誰が聞いているかわからないから、無闇にそれを口にしないで……。
 そんな心の中で涙を流している娘の叫びなど一切気付きも、気付こうともせず、母は重々しく操の肩を叩いた。
「青年。どれだけ呆けても事実は変わんない訳だし、ちゃっちゃと質問しちゃってー」
「なぁ……桃子さん……」
「うん。絶対遊んでるで」
 そんなまるで要点を得ない会話に、美由希は堪らず回りに目を向ける。しかしその時、ようやく操が重くなった口を開いた。
「あの……御神……さん?」
「はぁ。そうですけど」
 同じように重くなった美由希から戻ってきた返答に、表面上は変わらない操の心の中は完全にパニック状態に陥った。考えてみて欲しい。吸血鬼事件の関係者と思われる人物を探していて辿り着いた先で待っていたのは、眼鏡をかけたショートカットの美少女だ。バランスよく発達した体に来こんだ衣服の隙間から時折覗く柔らかい白い肌と、操より背が低いため、必然的に見上げている潤んだ瞳は、やましい気持ちが無くても胸をドキドキとさせてしまう。尤も、光の加減で潤んでいるように見えているだけなのだが、今の操にそこまで考えられる脳の許容量は存在していない。
 もちろん、忍びとして育てられたため出来るだけ内心を表に出さぬように反射が働いたが、それでも僅かに頬に走った朱色に、小悪魔二人が同時に反応した。
「あれ? 四乃森さん、ちょ〜っと頬が赤いよ〜?」
「まぁまぁ! もしかして美由希に一目惚れ?」
「いやいや桃子さん、所謂『眼鏡萌え』っていうやつでしょ」
「なるほど〜。さすが忍ちゃん。見事な推理だわ」
「それほどでもー。それじゃ折角だからあたしが四乃森さん用に自動人形眼鏡っ娘ver.を製造して……」
「違うぅぅぅぅ! 俺はそんなんじゃ、そんなんじゃ―――!」
 桃子と忍の同時攻撃に、とうとう壊れてしまった操であった。

 半分血の涙を流していた操に「苛めすぎちゃってゴメ〜ン」と、反省の色のかけらも感じられない形だけの謝罪を桃子と忍が述べると、さすがにカウンターに倒れている彼のために勇吾が同情を約九割も含んだ紅茶を淹れ直したところで、ようやく落ち着きを取り戻した。さすがに警戒心よりも憐れさが上に立ってしまった美由希も、同情の色を浮かべている。
「さて、それじゃ落ちついたところで四乃森さんの話でも聞きましょうか」
 場を掻き乱した張本人がさらりと話を進ませようとして、一斉に全員の非難の視線が集中するが、そんなものなど何処吹く風邪。鼻歌混じりに流れを見守る姿勢に入っている彼女に諦めに似た溜息をつくと、操は先程した説明を改めて話し始めた。当初は顔色を変えてしまった美由希と勇吾だったが、進むに連れてどうやら心配する必要性がないらしいとわかり、ほっと安堵した。
 話を聞き終えて、美由希は顎に手を当てて、天井を見上げるように体を傾けながら瞼を閉じて考え込んだ。
「ん〜……、やっぱり吸血鬼事件に関係するような事無いです。翁……さんでしたっけ? 刀で斬られた時は自宅にいましたし、私も本を読んでました。母さんは香港警防なので日本にいないですし」
 そう答えながら再度思考を巡らすが、結局引っかかる事柄はなく、小さく申し訳なさそうに肩を窄めた。
「そうですか……」
 折角翁の手がかりと、あのセルゲイとか言うムカツク吸血鬼の目的でもわかるかと思ったのに。
 全く期待していなかった。と、いえば嘘になる。例えほんの一匙にも満たない些細な情報でも良いから欲しい状態であった。しかし突き付けられた現実に、操は唇を噛み締めた。
「すいません。お力になれなくて」
「いえ、お話を聞けて良かったです」
 深深と頭を下げて礼を述べられて、美由希も吊られて同じ位頭を下げた。
「でも、美由希。ほら、四月の時のアレは?」
 四月にあった何とか一人の被害で事無きを得た、御神に恨みを持つ者との出来事を思い出して桃子は一昔前のマンガのように人差し指と親指でL字を作ると、美由希の方を見た。
「まぁ、関係がって言われれば微妙だと思う。御神に恨みがあるってだけだし……」
 もちろん、計画の段階で名前を盛り込まれていたという可能性は否定できないが、まだ周囲から一切の情報が入ってきていない状態でそこまで理解していろと言うのが難しい注文だ。
「えっと、四月のアレとは?」
「実は四月にも御神に恨みがある者が海鳴に入ったっていう情報が、警察関係者の友人から飛び込みまして」
 特に隠す必要性がないと判断して、話題に上った四月の通り魔事件を簡潔に説明する。
「……確かに気にはなるけど……。わかりました。それは御庭番衆で調べておきます。香港警防とも懇意にしてますし、何かあれば連絡しますよ」
「すいません」
 小さく微笑んだ美由希に、再度胸をどきりとさせながら、今度は苛められないように冷静さを保ちながら、残った紅茶を飲み干すとカウンターの丸椅子から立ち上がった。
「あら? もうお帰り?」
「ええ。必要なお話は聞けたと思いますし、一日は町を巡回して、そのまま事件の調査に戻ります」
「初めての町で巡回ですか?」
「一応忍ですので、道に迷っても方向感覚があれば何とでもなりますから」
 確かに方向音痴の忍なんて、あまりにネタだよなぁ。
 自分の淹れた紅茶を啜りながら、特に口を挟む事はないだろうと勇吾は心の中で呟いた時、窓の端で何か赤いものが光った気がして、そちらへ注意を払った。が、次の瞬間、原因を理解した彼は大声で叫びながらテーブルについていた三人をテーブルの下に引っ張り込んだ。
「伏せろぉ!」
 同時に翠屋を包み込むほどに巨大な火柱が、商店街の通りを一気に焼き尽くした。



おおー!一体何が起こったのか!
美姫 「物凄く気になる続き方〜」
ぬぐおおおお!
続き。続き〜。
美姫 「とりあえず、落ち着きなさい。と言いつつ、当身!」
ぬぐおっ!
これを……、当身と言うな……。
の、脳が揺さぶら……れる。ガク。
美姫 「さて、静かになった所で、次回を心待ちにしてますね〜」



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