『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XX[・少女覚醒

 旭川。
 日本全国的にはラーメンで一番有名だが、裏の世界では別の意味で有名な町である。
 どんなに熟練の格闘者であろうと屈服し、どんなに情報を武器とする組織であろうと朗詠を防ぐ事が出来ない。
 その名を国家認定隠密集団・蔡雅と言う。
 日本で最高の技術を擁し、現代科学の粋を結集して作られた建物でさえ進入し脱出する事ができると言われている。
 蔡雅の本拠地は、ここ北海道の中心部から程近い旭川の郊外にある。昔からの習わしなのか、本家は山の中の私有地に置かれ、本拠地の隠密術を学ぶ時は本家に寝泊りする。もちろん本家というからには分家も存在し、それぞれ蔡雅を冠する流儀を持っている。
 本家は蔡雅流全ての基本であり、全ての奥義とも言われる蔡雅御剣流を代々受け継いでいる。
 そんな蔡雅本家の和室に少女が横たえられていた。
 透き通るような白い肌に、紫に見える長い髪。間違いなく美人の部類に入る少女だ。しかし今は寝巻きの浴衣に身を包み、昏倒しているように胸を上下させている。
 その横で、キューティクルが綺麗なショートカットに黄色のパーカーを着た、髪の短い少女が唾のない小太刀を鞘から抜き放ち柄と刃に掌を当て、瞼を閉じて意識を集中させている。小太刀は仄かに黄色い光を放ち、時々伸びる触手のような光が少女の肌に触れていく。
 布団の上からおおよそ少女の体に光を当て終えて溜息をついた時、襖を開けて黒真珠のような長い髪を鈴のゴムで留めた、ここでの普段着なのだろう睡蓮の花が咲いた浴衣を着た女性が足音も立てずに入ってきた。
「楓、どう?」
 楓と呼ばれた少女は小太刀を鞘に納めながら、少し疲れたような表情を浮かべた。
「多分……ウチらが感知したものやと……思うんやけど……」
「どうした?」
「何と言うか、最初に感じたのは突然妖魔クラスのちょう大きな妖気が出現したんやけど……」
 楓はそこで言葉を切ると、少し自分の考えを吟味するように考えると、一向に動こうとしない少女を見た。
「全然大きさが違うんや。そう……気球と風船くらいに」
「でもこれが折角の旅行まで台無しにして家に駆け込んだ理由だろ?」
「そう……なんやけど……。うがぁ! もう何やわからん〜! こう言うのは葉弓姉か薫の担当やのに〜!」
 楓はわしゃわしゃと髪を掻き乱して埃のない畳の上を転がった。
「まぁ今は張本人が寝てるんだし、起きるまでは何もできないんだ。楓も少し休みな」
「……そうするわ。一角姉」
 女性……一角はそうしなさいと楓の肩を叩くと、入ってきた時と同じように静かに出ていった。
「一角様」
 部屋を出た直後、一角は廊下の陰に控えていた着物を着た女性に声をかけられた。
「何?」
「道場で四乃森様が御待ちです」
「操が?」
「はい」
 普段一角を名指しで呼ぶ事が滅多にない操からの指名に、一角は一寸戸惑ったように口を開きかけたが、何も発しないまま女性を伴って道場へ歩き出した。
 長く鶯張りの板の上を一切の音を立てずに進み、母屋から渡り廊下を抜けて道場へと入る。
「お? ようやく御剣先輩が来た」
「御剣先輩って……別に二人の時は一角でいいって言ってるじゃない」
 道場の真中で大の字になっている操に呆れながら、御剣一角は体を起こした操の前に腰を下ろした。
「そうやってると本物のお嬢様みたいだなぁ」
「ほほう」
「ごめんなさい。苦無取り出すのは止めて……」
「はぁ。そうやって謝るなら最初から突っかからないと良いのに」
「どうも性根が素直なだけにどうしてもね」
「それって忍者失格じゃない」
「それは気付かなかった」
 京都から出てきた操と大学は地元の国立大学に進学した二人は、出会った当初からこのようなやり取りを楽しんでいる。一角には実際に弟がいるのだが、実の弟よりも弟らしいと言わしめたくらいだ。
「さて、オレを名指ししたんだ。何かあった?」
 一頻り笑い終え、一角は普段と違う操に忍者の色を滲ませた瞳で見据えた。
 操もそんな彼女の気配の変化に、服装の襟を但し、正座の姿勢をとった。
「実はついさっき翁から入った情報なんだけど、現在日本各地で吸血鬼と思われる事件が多発している」
 始まりは何時だったのかはわからない。
 だが、最初は日本の退魔を司る枢魔院陰陽寮の陰陽師が首筋の二つの傷痕以外に怪我がないにも関らず、出血によるショックを起こした事により、全国の裏に活動する組織に広がった。それ以降跳ねられても置きあがってくる人間。傷を負わせても瞬時に回復する超人。力の弱い退魔師が惨殺される事件が多発し、中でも多量出血のショック死で亡くなる人が新聞の一面を飾ってしまった。おかげで世間では吸血鬼殺人と名打たれ、過疎化の進む小さな町では夕日が沈むと同時に人影がなくなるという自体に陥っている。
「その話はオレも聞いてるし、火影兄も空也兄も内閣から調査依頼が舞い込んでる」
「で、どうも俺達も動かなくちゃいけなくなって」
「隠密御庭番衆が?」
 日本の隠密活動を行うにして、実は蔡雅は東日本を中心に活動している。西日本は江戸時代より幕府の守護を受け持つ伊賀流忍術集団・隠密御庭番衆が大きな組織として活動していた。
 そして四乃森操はその御庭番衆の一員である。
「折角一角先輩の上位三忍襲名祝いで駆けつけて、楓さんの依頼やら何やらでまともに話もできなかったけど、そんな訳で早々に立つ事になっちゃったんだ」
「そっか。二、三日は久しぶりにお酒でも飲もうかと思ってたんだけどな」
「ま、今度は増お気に入りの『狐の嫁入り』と黒の写真持って来るから勘弁してくれ」
「なぁ! 何でそこで黒木さんの写真が出てくるのよ!」
 それはもう小学生レベルで取り乱し、普段の男言葉から女言葉に変わった一角に、操の瞳がにやりと嫌らしく笑った。
「おやぁ? 黒って家で買ってる黒丸だよ? 誰が黒木って言ったかなぁ〜?」
「……本気で死にたいらしいな」
「アハハハハハハ〜……って浴衣のどこから短刀出したの!」
「帯から」
「なるほど〜。さすが蔡雅御剣流上忍」
「それだけか?」
「いえ、本気でごめんなさい。今度黒木とデートをセッティングするから」
「殺ス!」
「わぁ! 待て! 俺今武器持ってないんだ!」
「忍として最低条件だろうが!」
 結局、怒りの一角から逃げきるまで翌朝までかかり、目の下に隈を作って出発した。

 翁は珍しく単独行動を取ってしまった事に激しく後悔の念を浮かべた。
 元々少数精鋭を基本とする御庭番衆は世間一般で言われているコンビより単独で行動するスタイルの忍が多く所属している。
 かく言う御庭番衆筆頭忍頭の翁も、齢六十を過ぎても今だ現役を誇る強靭な肉体を持っている。
だが今回は相手が悪過ぎた。御庭番衆の頭が弱音を吐く。それは屈辱ではあるが事実を受け止めなければならない。
「せめて情報だけでも伝えねば」
 吸血鬼事件を追って見つけてしまった謎に、翁は心底恐怖を感じた。しかし一刻も早く世界の機関に流して防がねばならない。
「何処へ行くのかね?」
 だが――。
「追いつかれたか!」
 突然周囲に響いた声に、翁は袖から鋼鉄で作られたトンファーを取り出した。
「あの施設からここまで逃げ遂せたのは驚嘆に値する。しかし、この新生龍の錬金術師・佐渡島兆冶から逃げられない」
 錬金術師と言っても角刈りのように短くした髪に、研究者特有の隙を見せぬ大きな目。そして深緑色のスーツを着た男が、何時の間にか翁の前に姿を見せた。
(こやつ、何時の間に――?)
 気配すら感じさせなかった男に、翁の警戒心は一気に高まる。
「まぁそんなに緊張するな。私は単なる道案内だ。貴公の相手は彼がする」
 兆冶がそう言った瞬間、突然背後に現れた気配に、翁は反射的に体を横に転がした。
 今まで立っていた場所に深深と槍が突き刺さる。
「なんじゃと!」
 今度も急に気配が現れた。まるで瞬間移動したように……。
「まさか!」
 だが翁の口から決定的な予想が出るより先に、またしても背後に気配を感じた。
 脊髄反射だけで気配に向けてトンファーを叩きつける。しかし、トンファーは空を切り、気配は右手に瞬間移動していた。
 なっ――!
 驚愕に翁が目を見開いた。
「ごめんなさい……」
 そして最後に聞こえたのは悲しみしか含まない声と、上から下まで黒一色に統一した小太刀二刀を持つ女性だった。



おおー、最後の人物がぁぁ。
き、気になるぞ〜〜。
美姫 「まあまあ、落ち着きなさい」
す〜は〜。よし、落ち着いた。
美姫 「速すぎるわよ!」
……だからって、殴らなくても……(泣)
美姫 「はいはい。さて、知らないところで起こっている様々な事件」
これからが一つに繋がるのだろうか。
美姫 「そして、その時、一体何が」
ってな感じで、次回まで大人しく待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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