『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XX・こうして休暇に入ったんだ。

 小さい体を駆使して隅から隅まで注意を払う。トイレはもちろん個室の一部屋一部屋声をかけていき、食堂で調理をしている専任のコックの手元まで凝視と言うより異様な雰囲気を放ちながら睨み付けている。授業には見学と称して入り浸り、終始CSSメンバーの側から離れようとしない。
「シェリー、どしたんだろ?」
 突然変わってしまった友人を、おやつであるバナナチップをポリポリと齧りながら、知佳はコーヒーの香りを楽しんでいるフィアッセに問い掛ける感じで呟いた。
「そうだね。何かあったのかな?」
「でもずっと一緒だったから何も無かったと思うよ」
「そうだよねー」
 イリアが厳選して購入してきたコーヒーに舌鼓を打ちつつ、フィアッセも何事かと頭を捻った。
 知佳とセルフィがロンドンに来て五日目。
 本日もロンドンは雲一つない快晴で、二人は校長室のベランダにあるテラスでのんびりとした昼下がりを堪能していた。
 セルフィは今もアイリーンに付き合って授業に出ている。ゆうひは本日はロンドン市内の公開録画のゲストに出席している。
「マリーさんもエレンさんももっと時間あれば良かったんだけどね」
「仕方ないよ。二人とも売れっ子だもの」
「CSS一番の売れっ子が何を言ってるかな?」
 腕を組んで嘆息した知佳とフィアッセの視線がぶつかって、二人は同時に笑った。

「平和ね。まぁ、知らされてなければ仕方ないか」
 その様子を双眼鏡で見詰めて、エリス=マクガーレンは少し羨ましげに洩らした。
 普段と変わらぬ白いジャケットに紺色のスカートという服装で、背後にいるセキュリティサービスの部下に双眼鏡を持たせて後退すると、ポニーテールにした金髪についた埃を払うように掻き上げながら少し離れた指揮車で地図を眺めている斎藤の元へ戻った。
 斎藤は目の端にエリスが映ると、顔を上げてあいも変わらず鋭い視線を投げかけた。
「何か動きはあったか?」
「今のところは何も」
 車に設置してあった休憩用の魔法瓶から紅茶を紙コップに注ぐと、エリスは斎藤の対面に腰を下ろして地図に視線を落とした。
「……本当に今日明日に来るんでしょうね?」
「さあな」
「ハジメ、貴方がうちを動かした時にそう言ったのよ?」
「あくまでそんな情報もあると言っただけだ。確実とは言っていない」
 まるで柳を必死に力で折り倒そうとしているように掴み所のない斎藤に、几帳面な性格のエリスはあからさまに憮然とした表情を浮かべた。
「でもうちはCSSの警護を受け持ってるし、未確認とは言え護衛するのが任務だから例えガセでもやるわ」
 CSSから正式契約を受けているとはいえ、呼ばれてもいないのに警護に入る訳にも行かないマクガーレン・セキュリティサービスの面々は仕方なく斎藤の指示で行動している。本来ならばすぐにでもフィアッセの隣に行きたいのだが、会社命令とあってエリスも渋々ついているに過ぎない。
「なら文句を言う前に部下の指示を密にしろ。正面校門入り口付近のフォックスから連絡が薄い」
「……わかったわ」
 完全に上を向いた眉を隠さず、靴音を荒げさせて去っていくエリスの背を見送って、斎藤は近くの木に持たれかかった。
 彼がロンドン入りして早十日。その間スコットランドヤードとマクガーレンセキュリティサービスの尽力もあって、ロンドン中の下層組織のほぼ殉滅を達成した。こうなれば次は中層組織が動きそうなのだが、中層以上になれば自分達の身の保身を第一に考えて持ちかけられても動く事はしないだろう。
(そうなると次に動くのは金髪の少年。か)
 AGPO研修初日にようやく捕まえた首謀者らしき影を想像し、続いて記憶しておいた犯罪記録を脳内から引っ張り出す。
 世界規模で青少年の犯罪が急増しているのはわかっている。
 先進国では銃による殺人事件が増え、銃を手に出来ない国では刃物を使った凶悪事件が横行している。だが百万イギリスドルを平然と取り出すとなると、まるで状況は変わる。
「少年を使って指示をさせているだけか、それとも自分でそれだけの金を動かせられる年少社長か……」
 日本ではいないが、欧米では小学生で年商数億とも数十億とも稼ぎ出すビジネスの天才はいる。日本でも時折特別番組を組まれるほどに数は多いのだ。
「しかし香港警防まで情報収集を依頼したが、未だに年少社長に関しての連絡は無い。と、すると後は動いている組織となるが、それだと尚更不に落ちない点がある」
 個人レベルでの活動と組織レベルでの活動の差だ。小さな動きで全てが収まる個人レベルとは違い、組織レベルで行えば必ずどこかに痕跡が残される。だが、ICPOと香港警防が動いているにも関らず、一切の痕跡、ダミーすら見つからないのは想像し難い。
「……どちらにしても、手足は抑えたとなれば後は頭が動くしかない」
 何故CSSを狙うのかはわからない。
 世界各地に散っているCSSメンバーは現在新撰組十番隊まで全ての隊と各国の国家隠密が動いている。
「ま、待つだけでさ」
 長考して喉が乾いているの気付き、斎藤はエリスと同じ魔法瓶から紅茶を紙コップに注いだ。
 その時、地図の横に置かれていた携帯が鳴った。
『こちらイーグルU』
 電話の向こうで授業を終えた少女達のざわめきが聞こえる。そんな場所から連絡をよこす協力者など一人しかいないため、斎藤は名乗りもせずに用件を切り出した。
「校舎内に異常はないか?」
『今のところは。これから最後の授業でフィアッセとアイリーンの共同授業になるわ。場所は三階の大音楽室』
 エリスからもらっておいて建物内面図を開き、場所を確認する。
「三階西側の角か。ここからだと少し見難いな」
『知佳が明日の朝一で帰国するから、一緒に授業見学に入るわ』
「そうか。なら安心だな」
『……あたしだけじゃ不安だと?』
「決まっている」
 思わず電話口で黙りこくってしまうが、斎藤は気にせずに通話ボタンを切断した。

 ブツン! と受話器の奥で通話が切れた音がして、斎藤と話していたセルフィは小さな溜息をついた。たった五日で開いての人柄を理解してしまい、しかも諦めさせるのだから本当に只者ではない。
 自分は有給で後三日残されているのだが、知佳は明日の朝で帰国してしまう。同じHGSであり緊急時にはセルフィと同じく救助を行うプロだ。心の何処かで何か起きた場合に助けてもらうように考えていたので、十数時間しか余裕がないのだからどこか焦りめいた感情に弄ばれていた。
「シェリー」
「あ、知佳」
「そろそろ時間だよ」
「うん。今行く」
 本来であれば作曲を実演を交えた授業なのだが、今後も救助そていく彼女等に歌を聞かせたいと生徒達の願いが通り、どれだけ成長したのか見てもらう発表会となった。
「フィアッセとアイリーンは?」
「先に行ったよ」
「じゃ、あたし達も行こうか」
 宮殿のように高い天井の廊下を抜け、二人は扉の開かれた三階の大音楽室に入った。
 瞬間、軽い破裂音が響き、思わずセルフィは銃に手をかけかけたが、それは杞憂だった。
「知佳、シャリー、いらっしゃい〜」
「あははははっ。びっくりしてるよ。これは大成功だ!」
 クリステラ伝統の衣装である胸に薔薇の花を象ったアクセサリをつけた白いドレスを着たフィアッセと、青い衣装を身につけたアイリーンが嬉しそうに互いに手を合わせた。
「フィ、フィアッセ、アイリーン驚かさないでよ〜」
 等と嬉しい喜びを口にしている知佳と反対に、本気で心臓が止まるかと思ったセルフィはへなへなと力の抜けた足に連れられて、床の上に座り込んだ。
「こ、腰抜けた……」
「そこまで驚いてくれるとやったかいがあったね」
「うん。満足したね」
「二人とも……サンダーブレイクで仕返し……」
 中々物騒な事を愚痴っているセルフィを何とか宥めて、知佳と一緒に年少組が並ぶ壇上の真正面に座った。
 それを確認するとアイリーンはピアノの準備をし、フィアッセは二十人いる年少組の前で静かに佇んだ。ざわめきはすぐに静まり、室内に清聖な雰囲気が充ち満ちた。
 そして授業開始を伝える合図と共に、合唱は始まった。

Kagayaku hi wo aogu toki, tsuki hoshi nagamuru toki,
(輝く日を仰ぐとき 月星(つきほし)眺(なが)むるとき)
Ikazuchi nari-wataru toki, makoto no Mikami wo omo
(雷(いかずち)鳴り渡るとき まことの御神(みかみ)を思う)
.
Chorus:
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo,
(我が魂(たま) いざたたえよ 聖なる御神を)
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo.
(我が魂 いざたたえよ 聖なる御神を)

Mori nite tori no ne wo kiki, sobiyuru yama ni nobori,
(森にて鳥の音を聞き そびゆる山に登り)
Tani-ma no kiyoki nagare ni, makoto no Mikami wo omo.
(谷間の清き流れに まことの御神を思う)

Chorus:
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo,
(我が魂(たま) いざたたえよ 聖なる御神を)
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo.
(我が魂 いざたたえよ 聖なる御神を)

Mikami wa yo-bito wo ai-shi, hitori no Miko wo kudashi,
(御神は世人(よびと)を愛し 一人の御子を下(くだ)し)
Yobito no sukui no tame ni, jujika ni kake-tamaeri.
(世人の救いのために 十字架にかけ給えり)

Chorus:
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo,
(我が魂(たま) いざたたえよ 聖なる御神を)
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo.
(我が魂 いざたたえよ 聖なる御神を)

Ame-tsuchi tsukurishi Kami wa, hito wo mo, tsukuri-kaete,
(天地(あめつち)造りし神は 人をも造り替えて)
Tadashiku kiyoki tamashii, motsu mi to narashime-tamo.
(正しく清き魂 持つ身とならしめ給う)

Chorus:
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo,
(我が魂(たま) いざたたえよ 聖なる御神を)
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo.
(我が魂 いざたたえよ 聖なる御神を)

Ma mo naku Shu Yesu wa kitari, warera wo mukae-tamawan,
(間もなく主イェスは来たり 我らを迎え給わん)
Ikanaru yorokobi no hi zo, ikanaru sakae no hi zo?
(いかなる喜びの日ぞ いかなる栄えの日ぞ)

Chorus:
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo,
(我が魂(たま) いざたたえよ 聖なる御神を)
Waga tama, iza tataeyo! sei-naru Mikami wo.
(我が魂 いざたたえよ 聖なる御神を)

「わぁ……賛美歌だ……」
 キリスト教賛美歌第二編百六十一番に当たるタイトル「輝く日を仰ぐ時」。フィアッセが最も得意とし、そしてアイリーンが一番好きな歌だ。
 世間で言われているように天使の如く柔らかく、そして暖かな歌声に二人は放心するように聞き惚れた。心が肉体を離れ、そして奇跡の中に全てを委ねてしまうような確かであって透明な歌の歌詞、そしてコーラスとピアノが一つ一つ満たしていく。
「綺麗……」
 隣で零れる言葉にセルフィが現実世界に戻される。見ると知佳は感動の余りに涙を流していた。それで気付いたが、セルフィも無意識に頬を涙が伝っていた。
 魂が溶けだし、本当に神様が手を差し伸べてくれる……。
 そんな思いが広がった時、賛美歌は余韻を残して大気へと消えていった。
「えへへ。どうだった?」
「歌・フィアッセ=クリステラ。コーラス・クリステラソングスクール。伴奏・アイリーン=ノア。まぁ編曲・椎名ゆうひの賛美歌」
 少し照れたようにはにかむフィアッセと、ウインクしながら手を振るアイリーン。後ろではCSS年少組も泣いている生徒もいる。
 言葉などでは語りきれない感動に、知佳は笑顔で頷き、セルフィは指の背で涙を拭った。
 それだけ十分だったのかフィアッセとアイリーンは笑顔で顔を見合わせた。
「今のゆうひちゃんがアレンジしてたんだ」
「そ。だからちょっとだけリズムが違ったでしょ」
 やはり曲と本人がおもいっきりギャップを生んでいるなぁと、本人に聞かせたくない感想を思い浮かべるセルフィを置いて、歌は次のメニューへと進んでいく。
「さて、それじゃ次は私アイリーンがメインで歌う『風よ、優しい歌になれ』を……」
 伴奏のためにピアノへ向かうフィアッセと入れ替わりに、アイリーンが中央に移動する。
その時!
突然窓の外から激しい閃光が走り、続いて室内に向けて爆発が起こった。
「な、何!」
 全く無防備なところへの爆発に、全員が悲鳴を上げ、運が悪い生徒は吹き飛び、ガラスの破片に身を切り裂かれて泣き叫ぶ。
 そんな中で、セルフィはぎりぎりのタイミングで張り巡らせたサイコバリアによって無傷で立ち上がった。知佳も同様だったのか破片が少し頭に降り積もっているが怪我もなく立ち上がる。
「おや? 無傷? これは正直予想外だ」
 声変わりもしていないようなボーイソプラノの透き通る声が爆発の箇所から聞こえた。セルフィと知佳、そして無事だった生徒達とフィアッセ、アイリーンは一斉に窓へと顔を向けた。
「ま、いっか。僕が出向いたからには目的達成は確実だからね」
 そこには短い金髪を真中で分けた、まだ十代になるかどうかの少年が背中に緑色の蝶のような羽をはためかせ、頭上にあるものを浮かせて立っていた。



おおー。事態が急展開。
美姫 「しかも、あの少年はHGS?」
この事態に、斉藤やエリスは間に合うのか。
美姫 「物凄く気になる次回」
歯軋りしつつ、次回を待つのみ!
美姫 「では、また次回!」



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