極上とらいあんぐる!』




第一話 極上な出会い? いきなりな大事件!


「なぁ」
「何だ?」
「ここはどこなんだろうな?」
「わからん」
「……高町が一人で修行にいったら、いつもこんな感じなのか?」
「赤星、俺を何だと思ってるんだ? 最後には必ず家にたどり着く」
「つまり、間は迷ってる訳か。さすが士郎さんとずっと修行してただけあるな」
「それはどういう意味だ?」
 漣の音が耳に心地よい整備された海岸線を歩きながら、高町恭也と赤星勇吾は互いに微妙に警戒の色を瞳に称えつつ、大きく溜息をついた。
「そんな事より今はこの状況を打破する方が先だな」
「同感。さすがに三時間も波の音だけってのは飽きたし」
 これから秋に突入していく本来は海風が涼しい時期にも関わらず、真夏の日差しを注いでくる太陽を見上げて、二人は止まっていた重い足を再び動かし始めた。

 話は二日前に遡る。
 二学期開始まで後三日となった夏休み終盤に、恭也と赤星は中等部教諭である鷹城唯子に呼び出された。
 普段の授業態度に後ろめたさを持つ恭也とは対照的に、涼しい顔をした赤星は揃って職員室に出向いた。軽い木製の引き戸を開けて中に入ると鷹城教諭は顧問である護身道部の稽古上がりなのか、運動着と首には白いタオル姿の彼女はスポーツドリンクを飲んで待っていた。
「あ、二人とも。ごめんね。呼び出して」
「いえ、別にやる事もなく盆栽を見ていたので問題ないのですが、何かあったんですか?」 相も変わらず青年らしからぬ趣味を暴露した恭也に愛想笑いを浮かべつつ、鷹城教諭は二人の前に一枚の書類を差し出した。
「これは?」
「見ての通り、宮神学園との交換留学生の募集要項」
「ああ、そう言えば夏休み前に募集してたな」
 風々丘学園は日本だけではなく世界中に姉妹校を保有している。世界で有名なのはマグダラ修道会が保有するミッション系スクールが一番なのだが、日本国内で限定してもリリアン女学院や浅上女学園が存在する。
「でも宮神学園なんて初耳ですね」
「ええ。何でも新設校で、リリアン女学院に出資している小笠原財閥と同じ大きさの神宮司財閥が作り上げたところなんだけど、どうもそっちから風校の話を聞いたらしくて、姉妹校提携の契約が進んだの」
「はぁ。で、それが俺達と何の関係が?」
 赤星の疑問は尤もである。
 応募用紙には女生徒限定を記載がされており、それから見ても相手が女子高であるのは明白である。
 男であり、しかも高校三年になる二人が呼ばれた理由が見当たらないのだ。
 もちろん、その質問は予想していたのか、唯子はもう一口スポーツドリンクを飲んでから、口を開いた。
「極上生徒会の要請なの」
「極上……?」
「生徒会?」





 私立宮神学園には教職員よりも権限を持つ生徒会がある。
 私立宮神学園学園極大権限保有最上級生徒会。
 略して――











 極上生徒会!









「はぁ」
 何故か片足を机に乗せて力説する鷹城教諭に愛想返事しかできない赤星と、呆気に取られて二の句が次げない恭也の冷ややかな視線に気付き、わざとな咳払いを一度だけして、席に落ち着く。
「とりあえず、一番上の学年で、色眼鏡なしで判断できそうな異性となると、私には二人しか浮かばなくて……。ね? お願いできないかな?」
 両手を併せて、本当に困った時にしか見せない表情で頼まれ、二人は何度目かの顔を見合わせる事になった。
「――と、風々丘学園の鷹城唯子教諭から選抜した二名が出発したと連絡が入ったのは二日前。二学期の始業式は明日だというのに、まだ高町恭也と赤星勇吾は到着していないのか?」
 日に透けるだけで虹を浮かび上がらせながら、ボーイズショートに似合う麗人と言ってもおかしくない容姿を持った一人の女子高生が、壁一面ガラス張りの生徒会長室のデスク前で茶色にオレンジを一滴落とした色合いのブレザーに水色のリボン。そして深緑色のスカートの裾を僅かに翻しながら窓際から海を眺めている少女に、多少問い詰める感じに問いかけた。
 少女は女子高生と同じ制服に身を包み、胸より少し下のストレートヘアを乱す事無く振り返った。
 容姿端麗とは彼女のような存在を示すのだろう。
 整った顔立ちは男性だけではなく女性からも一望される程に整い、顔のラインに沿うように入れられたシャギーが大人っぽさを醸し出している。
 少女は女子高生の質問に一瞬の間をおいてから、にっこりとこれまた見事な微笑みを浮かべた。
「到着はしていないけど、大丈夫よ」
「その根拠は?」
「りのの時だって、何だかんだと言いながら間に合ったのよ。今度も大丈夫」
「……まるで下地のない意見だ」
 それでも普段から根底を見えさせない思慮深さを持ち合わせている少女だけに、女子高生は大きく息をついて、議論の内容を変更した。
「それじゃ今度はこっちだ。一週間前から起きている件で、今日、この後遊撃全員で罠を張る」
 どこぞの一流企業よろしく、社長室にありそうな自然の光沢を放つデスクの上に、タイムテーブルと印の入った地図を置くと、少女も元々高級で音のしない絨毯の上をさらに絹音一つ立てずに移動すると、女子高生の反対側から地図を覗き込んだ。
「小百合とれいんは校舎の二階と三階。香は一階において裏門をわざと開けておく」
「なるほど。飛び道具や武器の持たない和泉さんを一階に置く事で、侵入しやすさをアピールするのね?」
 女子高生は少女の洞察力に小さく頷いた。
「他にも久遠が動いている。わざと見つけやすい穴を作ってもらっているから、後は罠にかかったところを全員で捕獲する」
 校舎内をぐるりと走らせる廊下のコースを指でなぞり、最後に入り口が一つしかない校内プールの上を軽く指でノックした。
「ええ。問題ないわ。私も後で合流します」
「わかった。先に準備を進めておく」
 地図をポケットにしまうと、女子高生は振り返らずに部屋から退出して行った。
 一人になった広い室内で、少女はゆっくりとたおやかにデスクに備え付けの椅子に座ると、唐突に微笑んだ。
「ふふ。何か、本当にりのが初めて来た時みたい」

 赤星はおもむろに腕時計を覗き込んだ。
 しかしすでに日の落ちて都会ではない海が近い島へ続く橋の上で、文字盤が見えるはずも無くすぐにライトをつける。
「夜の十一時か。始業式開始まで後九時間と」
「ふむ。おかしいな」
「いや、初めて一緒に歩いたけど、ここまで寄り道するとは思わなかった」
「これが普通だろう」
 絶対おかしい! とは口に出して言えず、幼い頃からの旅が完全に骨身に染み付いているのが、完全に一般人から外れた感性を恭也に持たせている。
 赤星は仕方なくとぼとぼと力なく前を行く恭也についていくしかなかった。
「む。赤星、あそこに見えるのが宮神学園じゃないのか?」
「ん? ああ、そうみたいだな」
 進行方向に少々変わった三角屋根の白い外壁をした建物を指差した恭也に、暗くて今まで気付かなかったが道の脇に備え付けられた看板を見た赤星が、大きく頷いた。
 そこには紛れもなく宮神学園と記載されていた。
「住む所は学校の生徒会の寮の空き部屋だったっけ?」
「鷹城先生からはそういう風に聞いている」
 目標ができた事に僅かながら気が復活した二人はまた、とぼとぼと歩みを進めだした。

 人の気配のない校舎に、一つの息遣いが浮かび上がった。
 それは三日月の浮かぶ夜の元に相応しくない乱れたものだ。
 息は校舎の裏口から内部に侵入すると、迷いなくロッカールームのある体育館に続く南側廊下をゆっくりと進んでいく。
 建物内には窓を大きく作ったり、壁一面が窓ガラスになっている事が多く、今日も閉鎖空間独特の息苦しさや気持ち悪さがない位にまぶしい。
 月明かりに照らされて息の正体は明るみへと導き出された。
 言うなれば完全な泥棒ルックスと言うヤツである。
 黒のニット帽にサングラス。鼻まで隠れる大きなマスクに深緑色の首元までしっかり絞めたジャンパーに軍手にジーパン。それにスニーカーとくれば素人が勝手に想像したスタイルだ。
 泥棒はありきたりに周囲に視線を振り巻きながら、一目散にロッカールームへ向かう。丁度月明かりに隠れる位置にある目的地にたどり着いた泥棒は、ゆっくりと手をドアノブへと向け――。
「現行犯よ! このブルマー泥棒!」
 何処に隠れていたのだろう。
 泥棒が気付いた時、自分が今歩いてきた裏門方向の廊下から、後ろで赤いリボンで結った髪を左に流したピンクのタイにスカート、そしてクリーム色した上着を着た気の強そうな印象を与える中等部の女生徒が、泥棒を指差して仁王立ちしていた。
 今の時刻は深夜十一時。
 人が居る事に驚いた泥棒は声も上げずに、正門方向へと逃走した。
「あ! コラ! 待ちなさい!」
 女生徒も大声と目尻を吊り上げて、一直線に泥棒を追いかけ始める。
 速度の差は歴然であり、十メートル以上空いていた二人の間がみるみる縮まっていく。
 これ以上追いかけられるのはまずいと判断した泥棒は、すぐさま近くの階段を駆け上がり始めた。
「階段を上って目眩まそうなんて甘い!」
 女生徒もすぐに相手の考えを察知して速度を上げるが、如何せん人気のない校舎というのは、音の反響が洞窟のように轟き、正確な方向すら失わせる。二階に上がったところで彼女は泥棒の姿を見失った。
 しかし、女生徒は乱れぬ呼吸のままポケットよりインカムを取り出すと、すばやく耳に取り付けてスイッチを入れた。
「こちら和泉。第一段階成功。小百合先輩、次をお願いします」
 ヘッドホンを通じて聞こえてくる返事に、一度頷くと和泉は今来た階段を降りて行った。
 一方、ようやく後ろを振り返る余裕ができた泥棒は、肩で息をしながら重くなった足取りで二階を歩いていた。
 だがそうは問屋が卸さなかった。
 ガラス張りの廊下に差し掛かったところで、廊下の中心に人影を発見してしまった。
 制服は和泉と同じ中等部のもの。
 勉強ができそうな眼鏡をし、きゅっと引き結ばれた唇は武道を嗜む人間固有の意思の強さを表している。後ろで纏めた髪も同様に動きやすさと微妙な色気を演出した。
 しかし泥棒は彼女を見た瞬間に凍り付いてしまった。
 正確には彼女が手にしているモノを見て。であるが。
「飛田活生流――飛田小百合、参る」
 何故か刃がギラリと凶悪な光り方をした木刀を持って、小百合は無表情のまま泥棒に突進してきたのだ。
 これには泥棒も短く悲鳴を上げ、脱兎の如く逃げ始める。
 乳酸が溜まりまくって本当は動くのも億劫な状態だが、ここで捕まってしまっては間違いなく木刀の餌食だ。立ち止まった瞬間に地獄が口を開く。
 想像するだけでとんでもない情景を思い浮かべ、泥棒の足の回転は限界領域を突破してモルタルの床を踏みしめていく。
 それでも小百合のは女豹のように身を低くして接近してくる。
 足音だけなのに、異常な圧迫感が心臓の鼓動を当社比十倍まで跳ね上がってくる。
 ここで、泥棒はまたしても階段を見つけた。今度は三階までの一方通行だが、それでも真っ直ぐ逃げるより急激な針路変更を与えた方が相手にも負担がかかるので逃げやすい。
 僅かに速度を落とし、小百合が後一歩というところまで近づいて来るのを確認すると、泥棒は有無を言わさず階段を三段跳びで上り始めた。
「くっ!」
 何か企んでいるのはわかったが、逃げの一手をもう一度行うとは思わなかった小百合は、前のめりに蹈鞴を踏んで階段を通り過ぎてしまう。体勢を立て直した時にはすでに泥棒の姿はそこになかった。
 小百合は大きく溜息をつくと和泉と同じくインカムを取り出した。
「こちら小百合。角元、後は頼む」
 それだけ告げると彼女もまた階下へと向かった。
 すでに泥棒の体力は限界であった。
 普段はあまり走り回る事もないのに、三階まで全速力で走り切った状態なのだ。無理もないかもしれない。
 足元はおぼつかず、ふらふらと壁に寄り掛かりながら再三振り返る。
 追手のない事にようやく安堵の溜息をつきながら最後の一段に足を置いた瞬間、空気が裂けた。
 思わず身を堅くして、置いた足を再度持ち上げた場所に鋭い刃物のようなトランプが突き刺さった。
「さぁさぁ! もう逃げ……ってこっちの話が終わる前に逃げるな〜!」
 トランプを投げつけた人物――小百合と和泉の二人と同じ制服を着て、茶色い髪を外へと跳ねさせた元気の良さが嫌でも伝わってくる少女が名乗る前に、泥棒はあっという間に階下へと消えていた。
 全く納得いかず憮然としてしまったが、それでも少女は下にいた二人と同じインカムを取り出し、耳へはめ込んだ。
「こちら角元で〜す。何もしてないのにホシは逃走しました〜。これから合流しま〜す」
 後ろ頭をがしがしとやりきれない思いをぶつけるかのごとく掻いて発散すると、別の階段から彼女は下へと降りていった。
 そんなこれまであった三人が何かを企んでいるのにも気がつかない位に動転した泥棒は、何故階下に和泉と小百合がいないのか? という疑問すら心に浮かべる事無く、一気に一階まで駆け下りた。
 と、ここで一度物語を泥棒が一階に下りてくる数分前に戻そう。
「でも大丈夫かな? 勝手に校舎の中に入ったりして」
「大丈夫だろう。どういう了見かはわからないが、俺達二人は呼ばれた訳だし、それに明日の朝生徒が登校する前に正門にいれば誰かに話を聞ける」
「まぁ高町が言いたい事は良くわかるんだけど、それでもこれ、一応不法侵入だぞ?」
「一晩位大目に見てくれるだろう。夏場とはいえ潮風を常に浴び続けるのは体に悪いからな」
 宮神学園の校舎へと続く道路を登りながら、あえて目立つ正門ではなく裏門へと移動して二人は同時にたらりと一筋の汗を流しながら足を止めた。
「……女子高……だからだよな?」
「知らん。そういう事は赤星の方が詳しいと思うのだが……」
 目の前に広がっている風景に、どちらともなく心の抜け切った言葉が出てくるがそれ以上つっこめる筈もなく、とりあえず同時に深呼吸をする。
「厳重な警備だと思うしかないかな?」
「それが妥当だろう」
 いや、至る所に有刺鉄線が張られていてそれが有に数メートルにも及んでいる時点で普通ではないと解釈するのが妥当じゃないのか? と、いう作者の叫び等届く筈もなく、恭也は荷物から一本の小太刀を取り出した。
「とにかく中に入ろう。少しくらいなら斬っても後で直せるしな」
「同感、かな」
 そう言う訳で赤星の同意を得た恭也はこくりと頷くと、疾風の速さで小太刀を引き抜いた。

 御神流・貫!

 恭也の気合に合わせ、刃が月光色に剣閃を虚空に描く。
 描かれた弧月は、有刺鉄線を瞬時に二メートルにわたり縦に切断されていた。
「これで中に入れる」
「ああ。確かに少し肌寒くなってきたな」
 有刺鉄線を折り、通りやすくしてから二人は校内に入り裏口に手をかけ――。
「え?」
「あ……」
 恭也らしからぬ間の抜けた声と同時に、手をかけようとしていたドアノブは目標から消え、代わりに猛スピードで動き出したアルミサッシが彼の額に直撃した。
 妹に一撃を喰らった時よりも、親友のトラブルに巻き込まれた時よりも反応できなかった一撃に思いっきり仰け反った。
「高町、お前でもそういう事ってあるんだな」
「……他にいう事はないのか?」
 僅かに口元が緩んでいる赤星に、上目使いに睨みを利かせながら突然開いたドアを見るとそこは完全に開け放たれたドアがあるだけで、有刺鉄線の方向から足音が聞こえてくるだけだった。
 どうやら恭也に不意の一撃を与えた兵は、すでに逃走したらしい。すでに人の姿はなかった。
「謝罪の一つを言うのは当然だと思うが、何も言ってなかったか?」
「俺は高町が仰け反るのに驚いてた」 
思ったより冷静な赤星に大きな溜息を付きつつ、恭也も体勢を立て直す。
 その時、新たに裏門を開けて数人の女生徒が恭也と赤星を囲みこんだ。
「な、何だ?」
「それはこっちの台詞!」
「これだけ段取りを取ったというのに、男子禁制の宮神学園に進入するとは不届千万!」「そうですよ! 毎月毎月無い予算をやり繰りして今月もひねり出した罠代を出したのに、全てオジャンです! 何で閃光地雷まで解除されてるんですか!」
「……高町、そこまでしたのか?」
「……有刺鉄線を斬った時に、一緒に地面の中の何かを斬った様な気が」
 あの社長室のような部屋で女性と話をしていたショートカットの女子高生が眉を吊り上げて男二人に指を突きつけると、合わせるように髪を七三に分けてピンで留めた女子高生が、半泣き状態で詰め寄り、挙句に一緒に出てきた和泉達三人も、やいのやいのと詰め寄ってくる。しばらく言葉も挟めずに全員の話を聞いていて、ようやく歯車が噛合うように内容を理解できた。
「……つまりここ数日毎晩生徒のロッカーが開けられているようなので、罠を張っていたと?」
「そうだ」
 女子高生が頷く。
「で、それを高町があっさりと壊してしまったと?」
「そうよ!」
「どうしてくれるんですか!」
「無駄骨の状態」
 完全に泣き崩れてしまった七三分けの女子高生を除く和泉、小百合、れいんの三人が同時に不満不平を漏らす。
「それに、女子高に男二人が忍び込むという行為にも問題がある。生徒会にて審議の上で然るべき機関へと身柄を譲渡させてもらう」
 どうやら彼女がメンバーのリーダーらしく、ショートカットの女子高生は、判決を言い渡す裁判官よろしく、恭也達をじろりと睨み付けた。
「まぁ待て。とにかく今逃げた奴を捕まえればいいのか?」
 しかし流石恭也と言うべきか、一向に微動だにせず挙句に腕組をしながらショートカットの女子高生に視線を合わせた。
(う……!)
 無意識のうちに放っている女性殺し(高町母命名)の視線に、麗人と言える容姿を持っている彼女すら頬を赤らめてしまった。
 その反応を敏感に感じ取ったのは、嫉妬心が人一倍強い和泉であった。
 即座に女子高生と恭也の間に割って入り、これまた音が出るくらいに見事に反らせた指を鼻先に突きつけた。
「言うのは簡単。でも、もう何処に行ったのかわからない人をどうやって探すつもり? もっと考えて……」
「赤星、わかるか?」
「ん? 消えてった方向が丘の下へだろ? 普通に考えると街に出るけど、さすがにそんな馬鹿な事はしないだろうし……そう考えると逃げたと見せかけて正門へ回ったと見るべきじゃないかな?」
 他にも幾つか選択肢はあるのだが、男二人にはアイコンタクトだけで為せる意思伝達能力が備わっていた。
 長い間付き合いのある二人だからこそ為せる技である。
 そこに埋め込まれていた意思は唯一つ。

『ここで捕まったら美由希達(赤星は藤代さんや佐伯さん)に何を言われるかわからない!』

 と、いう知り合いの女性達から受ける微妙な攻撃を如何に回避するか? だけであった。 しかし赤星も全くの予測だけで出任せを口にしたのではない。
 恭也をのけぞらせた位に慌てていた人物が、また体力の限界まで走っていたとすると、次に浮かぶのは如何に安全に休むか? という一点に思考が集中する。
 裏門の表は山の頂上へと向かう道で終点には極上寮が存在する。
 そう考えると次に向かうのは街だが、前述の通り体力が続かなければほとぼりが冷めるまで隠れているのが常套手段となりえる。
 こんな思考回路を、赤星は恭也や妹の美由希との修行で少しだけ身に着けていた
 赤星の考えに頷くと、恭也は徐に荷物を置き、中から二本の小太刀を取り出すと腰に差した。合わせるように赤星も小百合に近づくと嫌味の無い爽やかな笑顔で微笑んだ。
「悪いけど、少しだけ木刀を借りていいかな?」
「え?」
 恭也と同じく殆ど無意識に発揮する女性殺し二号(月村忍命名)に中てられ、半ば反放心状態で木刀を手渡す。
「荷物と身分証を残していく。逃げた人物を捕まえずに逃げた時は好きにしてくれていい」
「何?」
「赤星、俺は森の方から回り込む」
「OK。俺は道なりに行ってみる」
 頷きあい、簡単に連絡方法を確認しあうと二人は反対に向かって走り出した。
 途中から訳もわからず呆然と成り行きを見守っていた少女達だったが、メンバー随一の好奇心の持ち主れいんが荷物の上に置かれた身分証を手にした。
「んと、風々丘学園三年、高町恭也とこっちは赤星勇吾、か。顔がかっこいいのに、女子高に潜入だなんて幻滅〜」
「何だと?」
 あからさまに舌を出して首を横に振っているれいんの読んだ身分証の言葉に、ショートカットの女子高生と、七三の女子高生が顔を見合わせた。
「まゆら、会長から聞いている名前は確か……」
「ええ、ええ! 高町恭也さんと赤星勇吾さんです!」
「奈々穂さん?」
 突然顔色を変えた先輩二人についていけず呆然としてしまう三人を他所に、ショーカットの女子高生――奈々穂はポケットから携帯を取り出すと、押し慣れた番号をダイヤルした。

「……ええ。わかったわ。今久遠と聖奈とシンディで向かうところよ」
 極上生徒会車両部として、役員の運搬を担当するシンディ真鍋の待機するランドクーパーに向かいながら、後ろに続く極上生徒会副会長銀河久遠と彼女の管理する諜報機関隠密のリーダー格である桂聖奈、そして緑色のベストに赤いネクタイ、そして黒いズボンというスタイルにぎょろりと大きい癖に半分瞼が閉じている不思議な人形を手にはめた、頭の両端をボンボンにして留めている栗毛の少女を慈愛に満ちた表情で見た。
 色素の薄いストレートヘアを振り乱す事無く、すらりと線の通った銀河久遠は電話をしている人物の前に出てランドクーパーのドアを開けて先に乗り込んだ。
「う〜……眠い〜」
「りのちゃん、ごめんね〜。みんな集まってるの〜」
 人形をはめた少女、蘭堂りのは瞼をこすりこすりしている頭を、セミロングで少し気の抜けた物言いをする桂聖奈が撫でた。
「一体何だってんだ? 会長さんよ」
 そんな持ち主を一切意に介さず、人形は電話をしながら車に乗り込んだ人物に怖くも無い睨みを利かせた。
 電話をしていた人物……つまりは奈々穂が昼間に話をしていた少女は、にこりと笑みを浮かべると一言だけ呟いた。
「新しい仲間を迎えに行くのよ」

 正門の影に隠れながら、泥棒はすでに限界に達した心臓を抑えるように、門柱の後ろに聳えていた大きな木陰に身を埋めていた。
 人気のある宮神学園。
 その中でも特に人気の高い極上生徒会のメンバーの私物は、インターネットオークションでも高く取引されている。
 元々住んでいる場所が近かった泥棒は、一週間前から盗撮した女生徒の写真に小物をセットにしたものを売っていた。
 何と、人物は本物の泥棒だったのだ!
 泥棒は次第に整ってきた呼吸に、安堵の表情を浮かべると少しだけ顔を木陰から覗かせた。
 追手の影は無い。
 そして泥棒のできうる限り気配を読んだが、それもない。
 諦めてくれたのか? いや相手はあの極上生徒会だ。明日の朝まで隠れてて朝になったら逃げよう……。
「等と甘い考えを持っていたのなら、それは軽率すぎる考えだ」 
声は突然頭上より降って来た。
 心臓が口から飛び出しそうになる思いと上げそうになる悲鳴を必死に押し殺して、泥棒は驚愕した眼で木を見上げると、そこには小太刀を下げた高町恭也が夜に溶け込むように木に持たれていた。
 慌てて泥棒は、それが自らがドアを直撃寸前にした人物とは気付かずに、木陰より転がりだす。
「何だ高町が先に見つけてたのか」
 しかしその先には木刀片手に、大きく息をついた赤星勇吾が校門から中へと入ってきたところだった。
「ああ。だが俺も今発見したところだ」
「そうか。連絡方法なんて決める必要も無かったかもな」
 昼間の街中で偶然鉢合わせした友人ののりで言葉を交わしていく二人に気付かれない程度に、泥棒は少しずつ体を下げて――。
 不意に暗闇を切り裂いて一本の光が飛んできたかと思うと、泥棒の足はそれ以上動かなくなっていた。
「靴のゴムの部分を地面に貼り付けた。もう動けない」
 見ると何時の間に打ち出したのか、飛針が数本、泥棒の靴を貼り付けにしていた。
「相変わらず素早くて鋭い技だな」
「これでもまだ父さんには及ばない」
 何処か哀愁の漂う台詞を呟きつつ、恭也も地面へと飛び降りる。
 まさに正面の虎、校門の狼状態の泥棒はがっくりと肩を落としたのだった。
「さて、こいつどうする?」
「そうだな……けいさ……、いや、彼女達に任せよう」
 顎に手を当てて、考え込み掛けた恭也はそう言うと正門に視線を移した。
 つられて赤星も顔を向けると、すぐに納得した表情を浮かべた。
 そこにはランドクーパーと合流した奈々穂達が走ってくる姿があった。
「香、小百合、生徒会の車両を使ってこいつを連行しておけ」
「はい!」
「承知」
 二人に引きずられるように、泥棒は滝のような涙を流しながら連行されていった。
 集合した全員が後姿と発進するランドクーパーを見送ってから、奈々穂はれいんに持たせていた(現在れいんはまゆらに看護されている最中)荷物と身分証を差し出した。と、同時に奈々穂が社長室のような部屋で会話をかわし、極上寮で電話を受けた女性がりのと久遠、そして聖奈を後ろに従えて二人の前に進み出た。
「高町恭也さんと赤星勇吾さん、ですね?」
「そうだけど……」
「貴方は?」
 二人の質問に彼女は満面の笑みを浮かべて、すっと手を差し出した。
「私は神宮司奏。宮神学園の理事長であり、極大権限保有最上級生徒会の生徒会長を務めています」
「え?」
「は?」
「ようこそ、宮神学園へ」
 こうして海鳴からはるばるやって来た男二人は、これから三ヶ月と言う短い期間、宮神学園へ交換留学を行う事となった。




ぐふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
い、いきなり何するんだ!
夕凪「何をする? へ〜。そんな口聞いていいんだ?」
い、いえ、滅相もございません。前のお遊び予告から早一ヶ月。こんなに投稿が遅れたのに、美姫さんの餌食ならなかったことを心から感謝しております。
夕凪「わかっていればいいの。でも、璃斗さんもすっごく忙しそうだったし、仕方ないか」
(わかってるなら殴らないでくれ!)
夕凪「何かいった?」
ナニモイッテマセン。
夕凪「そ。とにかく、第一話ね」
本当、次はまた一ヶ月かかると思います
夕凪「い、いきなりな弱気……」
だってだって〜〜! 毎日帰ってくるのが10時くらいで、朝が六時ころでしょ? 書く時間ないってばよ〜! とら剣だけで精一杯!
夕凪「あ、次はとら剣なんだ?」
うん。今月中……というか、次の浩さんの更新には間に合うと思う。
夕凪「そっか。じゃ、死ぬ気で書いて! そして死ぬ気で極上とらいあんぐるも書きなさい!
そんな御無体な!!!!!!!!! 



お遊び予告から、遂に始まった本編。
美姫 「続きが楽しみよね〜」
一体、どんなお話が展開されていくのか。
美姫 「次回も楽しみに待ってます」
ではでは。



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