宇宙は果てしなく広く、そして静かだった。このどこかで争い、血を流し、命を奪い合っているとは思えないほどに。

 聞こえるのは機械のかすかな駆動音と自分の呼吸だけ。

 目を閉じて一年前を思い出す。

 繰り返される戦いの中、確かに感じた大切なたった一人の少女。彼女は今自分が目指す場所にいる。

そして戦争とは犠牲なくして終わることはないらしい。最後の決戦である仲間は、自分たちをかばって散っていった。

 

 彼のように、自分はみんなを守れるだろうか。

 そのためにこの命を惜しげもなく差し出せるだろうか。

 

 

『大佐………マイヤーズ大佐』

「ん………ちとせ、どうしたんだ?」

 

 少し眠っていたらしい。すでにエルシオールが音信不通になったエリアに突入しようとしていた。

 

『戦闘と思しき反応とエルシオールを発見しました。距離、およそ3000

「分かった。最大速度で敵陣を突破してエルシオールと合流する」

『りょ、了解しました』

「初めての戦闘で緊張するのは分かるけど、もう少し肩の力を抜いたほうがいいよ。リラックス、リラックス」

 

 モニターの向こうできょとんとちとせが首をかしげた。というのも彼女の想像ではタクト・マイヤーズという男はもっと厳格で冷静沈着な人物だったからだ。あの戦乱で自分の艦から一人の戦死者も出さずに勝ち抜いたのだから、そう思われても無理のないことだった。

 

『リラックス、ですか』

「そう。リラックス。………さて、おしゃべりはここまでだ。システムを戦闘モードに切り替えるぞ」

『了解です』

 

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第二章

二節 その名は銀河

 

 

 

「敵巡洋艦一隻がこちらに突っ込んできます! 回避できません!」

「対空防御、迎撃! パエトーン、一番二番……撃てぇっ!」

 

 エルシオールの両舷から発射された二発の大型ミサイルが突撃してくる巡洋艦の艦首とブリッジに直撃した。巡洋艦は巨大な火球に飲み込まれて沈黙する。

 パエトーンもまた今回の任務に合わせてエルシオールに搭載された新型のミサイルである。高エネルギーを圧縮した特殊弾頭は命中した目標を確実に焼き尽くす。

 

「巡洋艦、沈黙!」

「よし。エンジェル隊はどうだ?」

「エルシオールの前方で敵艦隊と交戦中! 各機、損傷は軽微、針路上の敵戦力の六十パーセントを掃討完了しています!」

「このまま敵陣を突破する! エルシオール、最大戦速!」

「艦長! 後方から敵高速突撃艦が接近中! 数、三! どうしますか!」

 

 だがレスターは不敵に笑って問い返した。

 

「先ほど発射したクラッシュランナーはどの辺りだ?」

「え、あ……敵艦の針路上、あと8秒で交差します!」

「なら俺の合図で起爆させろ」

「りょ、了解!」

 

 目を閉じ、まるで見えないはずのそこを見つめるようにレスターは息を止めた。

 一秒――――――――

 二秒――――――――

 三秒――――――――

 四秒――――――――

 五秒――――――――

 

「今だ、起爆!」

「了解! CR、一番から十二番を起爆!」

 

 刹那、艦全体を激しい衝撃が襲った。クラッシュランナーによって発生した爆発の衝撃波が安全圏にいるはずのエルシオールを揺さぶる。

 

「追撃艦隊、完全に消滅!」

「状況を確認! 艦に異常がないか調べろ!」

 

 クラッシュランナーは何せ実戦で使用するのは今回が初めてなのだ。何か予期せぬ影響が起こることも考えられる。問題なく効果を発揮しただけでも十分なのだが今は戦闘中だ。突発的なアクシデントはご免こうむりたい。

 ともかく背中から撃たれる心配は無くなった。あとはこのまま前進あるのみだ。

 

 

「お行きなさい! フライヤー!」

 

 全周囲に射出された無人小型攻撃ユニット・フライヤーが、トリックマスターに殺到する無数のミサイルを迎撃した。爆風を背に旋回しながら新たな目標を索敵する。

 

(おかしいですわ………あっけなさすぎる)

 

 わざわざあれだけの数をそろえて築き上げた包囲網にしてはあまりにも脆弱だった。

攻撃の連携がまったくとれていない。

すぐに後退して陣形が崩れる。

 まるで本当は戦いたくないような―――――――そんな空気さえ漂っている。

 

「っ!」

 

 その時だった。エンジェル隊の進行方向とはまったくの別方向から接近する五つの未確認反応。それは瞬く間に間合いを詰めてエルシオールに一撃を食らわせ、そのまま距離をとって旋回した。

 

『久しぶりだね、エルシオールの諸君』

「な――――――――彼らは………!?」

「ヘル………ハウンズ!」

 

 現れたのは五機の高機動戦闘機ダークエンジェルを駆る、旧エオニア軍の将軍・シェリー直属の特殊部隊『ヘルハウンズ』。だが彼らはただの戦闘機乗りではない。無人兵器を多用するエオニア軍の中で唯一と行ってもいい凄腕のパイロットたちだ。その実力はエンジェル隊に匹敵する。

 だがエオニアの戦乱の最終決戦の場に彼らの姿はなかった。理由は分からない。それが何故今頃になって現れたのか。

 

『――――――終戦から一年。長かった。だが我々はここでエルシオールを討ち、シェリー様の仇をとる!』

 

 ヘルハウンズが散開し、攻撃を開始した。

 長時間の戦闘で消耗しているエンジェル隊とエルシオールではとてもではないが応戦するのが精一杯で、突破するのは不可能だ。

 

「きゃあっ!」

「あーもう! なんだってのよっ!」

「くっ………このままではもちませんわ!」

「さすがに、きついかね………やっぱ」

「損傷、拡大」

 

 パワーアップしたとはいえ紋章機は機械である。長時間の連続稼動とわずかな損傷の積み重ねが確かに彼女たちの動きを鈍くさせている。

 思うように身動きが取れないまま、じりじりと追い詰められていく。

 絶望感が戦場を支配していく。

 

(だめ―――――――)

 

 爆発に揺さぶられながらヴァニラはぎゅっ、と唇を噛んだ。

 ここで気持ちが折れてしまったら何も守れない。守りたいという気持ちがあるからこそ、自分たちは戦えるのだ。

 それが自分の得た確かな答え。

 だが現実は覆し難く、そしてヴァニラが戦えたのは自分の後ろに彼がいたからこそ。

 

(タクト、さん………)

 

 切なる願い。

 かすかに漂い始めた死の気配を打ち払うように、その名を呼ぶ。

 

「タクトさん―――――――――!」

 

 願いは届かない。

 奇跡は起こらない。

 そう告げるかのように漆黒の天使がハーヴェスターの眼前に舞い降りた。突き出た二門のビーム砲に光が宿る。

 

『やらせませんっ! フェイタル・アロー!』

 

 ビーム砲が火を噴く直前、ダークエンジェルの右主翼を光の矢が貫いた。損傷したダークエンジェルが残った推進器を使って大きく後退する。さらに飛来する矢が次々にヘルハウンズのダークエンジェルを射抜いていく。

 何が起こったのか分からぬまま、ヴァニラは矢の放たれた方角に目を凝らす。

 

 ―――――――――そこには、六人目の天使。

 

『こちらは本日付でエンジェル隊に配属されました烏丸ちとせです! ここは私たちが引き受けます、皆さんは今のうちに離脱を!』

 

 私たち………?

 かろうじて損傷を免れたヘルハウンズのリーダー、カミュは首をひねった。

 その場に現れた増援は新たな紋章機――――――六番機・シャープシューターだけだ。周辺には他に新しい反応はない。おおかたもう一人サブパイロットが搭乗しているのだろう。

 そう判断したカミュは損傷した味方を後退させ、愚かにも単独でシャープシューターへ突進した。

 機体の各所の高性能レーダー。高出力のレーザーキャノンは長距離砲撃に特化したスナイパーライフルである。たとえ機体のデータを持っていなくとも外から装備を見るだけで、シャープシューターがどのような機体か判別することはできる。

 すなわち、近距離戦(ドッグ・ファイト)に持ち込めばたとえ紋章機といえど容易く撃破できる!

 

「ここで君は滅びるのさ!」

 

 そう、それは彼にとって確信以外の何物でもなかった。

 だが逆に彼女たちにしてみれば、ただの負け惜しみにしか聞こえなかった。

 

『やらせません、絶対に!』

 

 シャープシューターは回避行動をとりつつレーザーファランクスでカミュを牽制する。だがその程度の攻撃はカミュにとって大した障害にはならない。容易く掻い潜り、一気に間合いを詰めて平行に飛行する。

 

「もらった!」

『それはどうかな?』

 

 ちとせのものとは違う、自信に溢れた男の声。そして、それを聞いたヴァニラの目が大きく見開かれ、感極まった笑顔へ変わる。

 ちとせが機体を回転させ、シャープシューターの腹がカミュの眼前に現れる。相手に詰め寄られた状況では、まるで相手に自分を撃ってくれといわんばかりだ。

 だが違う。カミュの目に飛び込んできたのは――――――

 

「なっ―――――――――――!?」

 

 猛禽類を髣髴とさせる両眼に光が灯る。鋭い動きでそれは右腕がライフルを突き出し、トリガーを引いた。

 ほとばしる閃光がカミュのダークエンジェルを弾き飛ばす。右のビーム砲と主翼を損傷したカミュは戦況は不利だと判断し、全軍に撤退を指示して離脱していった。

 

 シャープシューターから分離したロボットは減速せずに、未だエルシオールを執拗に追うミサイル艦に突進した。その軌道をなぞる様に白銀の粒子が尾を引く。

 ミサイル艦のブリッジにライフルのレーザーを撃ち込み、機能を停止させるとそのままエルシオールへ向かった。

 

「こ、これは――――――――」

 

 ブリッジのレスターたちの前に現れたのは、全長十八メートル弱の人型ロボット。まるで一年前、RCSが彼らの前に現れたのと同じような構図だったが、今ここに現れたそれはRCSではなかった。

 白銀に輝くボディ。鋭利な双眸はエメラルドの光を湛え、手にはライフルとシールドを持っている。

 

『みんな、半年ぶり。元気だった?』

 

 向こうから通信が入った。無論、レスターは何者か問うことなく答えた。

 

「ああ、久しぶりだな。タクト」

『積もる話がたくさんなあるけど、とりあえず着艦したい。挨拶もしたいしね』

「分かった。RCSのハンガーはそのままだからそこを使え」

『了解』

 

 

 

 一足早く帰艦し、休憩室にいたエンジェル隊の面々は大慌てで格納庫へ向かった。なにせ半年ぶりに彼が戻ってきたのである。そりゃあ言いたいことが山ほどどころの騒ぎではない。

 しかしその中でヴァニラだけが戸惑っていた。

 

「ん? どしたの、ヴァニラ」

「あ………ランファさん。その………」

「いまさら恥ずかしいとか言わないでよ? ほら、は・や・くぅ!」

 

 ランファはずるずるとヴァニラを格納庫まで引きずっていくと、ちょうど機体から降りてきた彼の前に放り出した。

 勢いあまって尻餅をついてしまったヴァニラに、

 

「久しぶり、ヴァニラ。大丈夫?」

 

 彼は笑顔で手を差し伸べた。

 

「タク、ト………さん」

「え、ヴァニラ?」

「会いたかった………」

 

 タクトの手を握り、そのままヴァニラは彼の胸に飛び込んだ。ただ結果としては身長差の問題ゆえ、飛び込んだ先はタクトの胸ではなくお腹の辺りだった。

 

「タクトさん……怪我、しませんでしたか? 病気は……?」

「うん。一回風邪はひいたかな。あと病気がもう一つ」

「え………?」

 

 驚いて顔を上げたヴァニラは今すぐにでも泣きそうで、でもそれだけ自分を心配してくれる彼女がタクトは好きだった。

 

「どんな………どんな病気ですか?」

「うん、その名も『ヴァニラに会いたくてどうしようもない病』」

 

 ランファとミントが絶句し、フォルテにいたってはその場で腹を抱えて笑い出してしまった(ミルフィーユは真剣にそんな病気があったか周りの人間に尋ねていた)。

 

「あー、その………マイヤーズ大佐?」

 

 後ろのほうで会話に参加するきっかけを得られずに戸惑っていたちとせが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「タクト。その子はもしかして?」

「そうだよフォルテ。彼女がエンジェル隊の新しいメンバーさ」

「このたび配属されました烏丸ちとせです。階級は少尉で、搭乗機は六番機のシャープシューターです。あ、あの………よろしくお願いします!」

 

 頬を赤く染めて照れるちとせをエンジェル隊の一同がまじまじと見つめる。

 かねてより新しい紋章機が発見されたため、新人が選抜されるということは聞いていたが、まさかこんな普通の子が来るとは思ってもみなかった――――というのはフォルテとランファとミントの感想で、ミルフィーユは可愛い後輩ができたと大はしゃぎだ。

 

「私はミルフィーユ桜葉。よろしくね、ちとせ」

「は、はい! ミルフィーユ中尉!」

 

 ぴたり、と一瞬その場が硬直し、ランファがげらげらと笑い出した。突然のことに混乱するちとせに、散々笑い転げたランファが説明する。

 

「あー、いやごめんね。ミルフィーの奴が中尉なんて、あんまりおかしかったから」

「で、ですが階級は上なわけですし………」

「そこらへんは気にしなくていいって。普通に名前で呼んでよ。ね、フォルテさん?」

 

 フォルテはいまだにタクトから離れようとしないヴァニラを引き離そうにも、タクトがしっかり抱きしめているため四苦八苦していた。これも愛か、愛のなせる業なのか!?

 

「んー、あー、階級の話か。まあホント年上のあれだけ気をつけてればいいって。それよりこっちを手伝ってくれないか? 思った以上にタクトが放そうとしなくて―――――」

「ええまったく。タクトさんは幸せ者ですわ」

 

 もう何がなんだか。ミントに皮肉られ、フォルテとランファにヴァニラを連れて行かれ、タクトはしょんぼりと肩を落として格納庫を出て行った。レスターにいろいろ説明しなければいけないことがあるそうな。

もう何がなんだか。

 結局自己紹介はうやむやになってしまったのでティーラウンジに場所を移して仕切りなおすことにした。

 

「あたしはランファ・フランポワーズ」

「ミント・ブラマンシュですわ」

「フォルテ・シュトーレン。エンジェル隊のリーダーをやってる。よろしくな」

「ヴァニラ・アッシュです。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

≪あうとろーデス。ヨロシクオネガイシマス≫

 

 とまあ、ようやく場の空気が和んできた一同であったが、一人離れて『じゅるじゅる』とオレンジジュースを飲んでいるミルフィーユだけは違った。

 実は出撃前に特大のデコレーションケーキのスポンジを焼いていたのだが、帰艦後のどたばたでオーブンから出し忘れて真っ黒に焦がしてしまったのだ。

 

「はう〜……なんかもうがっかりです」

「そう気を落とすなよ、ミルフィー。また次頑張ればいいじゃないか」

「でも〜」

「そんなんじゃ後輩にあきれれちゃうぞ?」

 

 はっとしてミルフィーユはちとせの方を見た。それからごしごしとフォルテのコートで涙をぬぐって、

 

「私、頑張ります! 今度こそ美味しいケーキを焼いてちとせに食べてもらうんだから!」

 

 そのままアウトローに乗って全速力でティーラウンジから走り去ってしまった。恐らく自室でまたケーキを焼くのだろう。

 

「ミルフィーの奴………このコート、クリーニングから返ってきたばっかりだってのに」

「まあまあ、フォルテさん。ミルフィーユさんが立ち直ってよかったですわ」

 

 ミルフィーユのテンションの上下の激しさは今に始まったことではないし、彼女の強運が各隊員に及ぼす影響の有無はさておいても、やはり笑顔であるのが一番いいということか。

 

 

 それから程なくしてエルシオールはテラス4に到着した。タクトによると、本来の予定ではここでちとせやタクトと合流し、新装備を搭載する予定だった。もっとも、カミュや宇宙海賊の襲撃でタクトたちのほうがエルシオールに来る羽目になったのだが。

 

「まあ、結果オーライということで」

 

 相変わらずの楽天的な笑顔のタクトをレスターが呆れたまなざしで見つめている。今二人はテラス4の管制室である人物に謁見していた。

 

「無事ならそれでよい」

「しかし驚きました。いきなりエンジェル隊の新人と人型兵器に乗ったタクトが駆けつけてきましたから」

「それも踏まえて説明する。指令書は読んだな?」

「はい。所属の変更の件ですね。しかしこのタイミングでの異動とはいったいどういう――――」

「今から説明する」

 

 シヴァは溜めた息をゆっくりと吐き出し、それからタクトとレスターを見据えておもむろに話し始めた。

 

「エオニアのクーデター後、軍司令部から再三再四、緊急事態に際して即対応できる大規模な独立機動部隊の設立を求める報告書が届いた。正規軍ではエオニアの戦力に太刀打ちできなかったことがかなり響いたのだろう。そこで戦歴輝かしいエルシオールとエンジェル隊を中核にした艦隊を編成することにした」

「それが………皇国防衛特務戦隊」

「そうだ。その任務は二つ。一つは皇国内の治安維持と有事における可及的速やかな事態の解決。それからもう一つだが………ネイバート、あれを」

 

 傍らに控えていたアンスが何十にもコーティングされた強固なプラスチックケースを持ってきた。タクトとレスターがその中を覗き込むと、そこには淡い光を放つ小さな碧色の宝石が収められていた。

 

「陛下、これはいったい――――――」

「うむ。これはリフレジェント・クリスタルというものだ。一見すると普通の宝石のようだが中には非常に膨大な量の情報が記録されている。旧時代以前の情報が、な」

 

 つまり、この宝石はとんでもない数のロストテクノロジーが詰まった宝箱というわけだ。

 にわかに信じられず呆気にとられる二人を無視してシヴァは話を続ける。

 

「これはアビスフィアのクレーターから発見されたものでな。残念ながら記録の大半は損傷していて解析不可能だったが、分かっていることが一つある。このクリスタルは宇宙に散在しており、そのほとんどが人に発見されることなく眠っているということだ」

 

 ここまで言われればタクトたちでも分かる。

 シヴァ女皇は自分たちにこのクリスタルを回収して来い、というのだ。

 

「説明は以上。何か質問はあるか?」

「はい」

 

 レスターが険しい表情で挙手した。

 

「うむ。クールダラス、どうした」

「タクトについてです。半年の失踪の間に機動兵器のパイロットとしての訓練を受けていたのはいったいどういうことですか? 彼でなければいけない理由は?」

「それは仕方ないことなのだ、クールダラス」

「仕方がない、では納得できません!」

 

 感情をあらわにするレスター。だがそれも当然だろう。

 もともとタクトは艦隊の司令官だった。前線で戦闘を行う下士官ではない。それがどうして最前線――――それも一番危険な任務を行うエンジェル隊の指揮官として戦場に立つということはあまりにも異常なのだ。

 

「落ち着け、クールダラス。まずタクトの機体から説明しよう。あれはG Planにおいて開発された新兵器『エンブレム・モジュール』の第一号機だ。最前線でエンジェル隊を指揮し共闘するために造られた」

「それが何故タクトに…………」

「現在エンジェル隊を最も効率的に運用できる指揮官はマイヤーズだけだ。それはお前も実感しているはずであろう」

 

 そう言われてレスターは反論することができなかった。どうしても自分の指揮では彼女たちを引っ張っていくことができないのだ。

 

「では以後、タクトは皇国防衛特務戦隊、戦隊長としてエルシオールと同行する。まあもとの鞘に納まったと思えばよい。期待しているぞ」

「了解しました」

 

 レスターは終始無言だったタクトとともに管制室を出て行った。傍らに控えていたアンスがすっとシヴァに歩み寄る。

 

「よろしいのですか。彼らに伝えなくても」

「かまわん。なんにせよ我々もあれが何であるかはっきりと分かっているわけではないのだ。今はお互いに成すべき事を成すまでだ」

「では、私は今後エルシオールに同行します。彼の機体は特別ですので」

「分かった」

 

 アンスは管制室から基地の自室へ戻ると個人用のコンピュータを立ち上げておもむろに腰掛けた。ただの技術仕官でしかない彼女だが、G Planの推進者の一人であるというだけで待遇はかなりよかった。おかげで専用の個室と一部の極秘情報にアクセスできる特権までもらったのだから。

自分で淹れたコーヒーを飲みながら届いた電子メールをチェックする。するとアンスはその中から一通のメールを開いた。

 

(諜報部から?………例の件かしら)

 

 不審に思いながらメールの続きを読んでいく。

 

(依頼項目に該当する人物のプロフィール?………って、うそ。これは―――――)

 

 内容に驚愕しながらもアンスは心のどこかで納得していた。いや、すべてが一本の線でつながった、というべきだろう。だが何故我々の前に姿を現さないのか。何か特別な理由でもあるのだろうか。

 そのメール―――――諜報部からの報告書は問題の人物の足取りを追う、ということで終わっていた。どうやらさすがに居場所まで特定することはできなかったらしい。

 アンスはG planに携わるようになってからアヴァンのデータに残っていた二人の技術者――――『ユフィリスト・キースパス』と『ユーリフィー・ウパニットン』の正体を追っていた。わざわざ軍の諜報部に調査を依頼してまで、である。この二人は一ヶ月前まで辺境の惑星都市に居たらしく、そこから先の行方はまだつかめていない。

 せめてあの荷物が無事に届いていればいいのだが………

 

 

「お、ようやく戻ってきたな」

「タクトさ〜ん、遅いですよ〜」

 

 ティーラウンジではエンジェル隊がちとせを囲んで歓迎会を開いていた。ちょうど盛り上がりはピークに達していたらしく、テーブルの上には高く積み上げられたケーキの皿、皿、皿―――――――

 いくら六人でもこれだけの数を食べるのはさすがに無理があるだろうが、とりあえずタクトは何も考えないことにした。

 

「あはは……みんな楽しそうだな」

「ええ。何せタクトさんのおごりですもの」

 

 ミントに言われてタクトはもう一度ケーキの皿の塔を見上げた。いったいこれを自分の給料で払いきれるかどうか。最悪の場合、レスターに借金することを覚悟しながら(彼は利息を十日で一割と設定しているので、できれば借金は避けたい)自分も席につく。

 

「ご注文はいかがいたしましょう」

「とりあえず、水を一杯」

「かしこまりました」

 

 注文を取りにきたウェイトレスにそれだけ告げる。正直、空しかった。

 

「それでタクト、このままエルシオールに乗るの?」

「あ、そうですよー。私もそれが聞きたかったです」

 

 ミルフィーユとランファが口々に尋ねてくる。まあ、タクトもその話をするためにここへ来たわけなのだが。

 その前にエルシオールの配属の変更について全員に一通り説明する。皇国防衛特務戦隊の位置付けや規模、その役割などを簡単に説明すると、フォルテが渋い面持ちで言った。

 

「あたしも実際にそういう事件に関わったから、なるほどとは思うけどね。いくらなんでもいきなりじゃないかい、戦隊長さん?」

 

 確かに今まで極秘裏に推進されていた計画だったとはいえ、もう少し関係するスタッフなど―――――つまり自分たちには話が通っていてもおかしくはないはずだろう。

 だがタクトは首を振って答えた。

 

「本当は来年から投入される新造艦二十隻を中心に、もっと時間をかけて編成される予定だったんだけど例の宇宙海賊の件を重く見て、急遽計画を始動させる事になったんだ」

「しかしそれでは国の予算を大幅に軍事費に割かれることになりません?」

「だからといって治安の悪化を放っておくわけにはいかないだろ。それに軍備の増強は国民の反感を呼ぶかもしれないけど、何でも俺がその問題への解決策になるんだとか」

 

 その対策が具体的にどのようなものかは分からないが、前の戦乱の折に多大な戦果を挙げ、国賊エオニアを討った英雄であるタクトが皇国を守るために危険へ立ち向かう。その構図こそが民衆の好感を得ることができるのだろう。

 

「あの、タクトさん………タクトさんが乗っていたあの機体は?」

「そうよ、いつの間にあんなのを造ったのよ」

「あ、いや………」

「お困りのようですね、マイヤーズ大佐?」

 

 ヴァニラを膝に乗せたまま(いつの間に!?)タクトが振り返ると、呆れた様子のアンスが立っていた。どうやら会話の一部始終を聞いていたらしい。

 

「あれ、アンスさん? こっちに来てたんだ」

「ええ。今日から正式にエルシオールの配属になります。それで大佐の機体についてですが―――――」

「カッコいいですよね。なんかキラキラしてて」

 

 ミルフィーユの感想はさておき、アンスはタクトに目配せした。彼が頷くとおもむろに説明を始める。

 

「あれはエンブレム・モジュール『ギャラクシー』。エンジェル隊の指揮官機としてRCSなどのデータを基に開発された人型機動兵器です。人型タイプの機動兵器は実用性の低さから研究・開発が遅れていましたが、さまざまな事情により導入が決定し、一年の歳月をかけてマイヤーズ大佐の乗機として完成しました」

「それにしても趣味的なデザインよね。本当に大丈夫なの?」

「先の戦闘では問題なく稼動していましたが、運用にはまだ多くの問題が残っています。それはこれから解決していくつもりです」

 

 いくらデータがそろっているとはいえ、人型機動兵器に関しては素人であるトランスバールの技術者たちではいきなり兵器として完成させることはできなかった。無論、白き月に保管されていた旧時代の人型兵器をそのまま運用することも考えられたが、そんな古代の機械が正常に稼動するはずがないと判断され、結局一から造り出すことになった。

 

「当面は紋章機の一機と合体して運用します。今連結用のパーツを取り付けていますので」

「が、合体ぃ!?」

「わぁー、かっこいいですね!」

 

 言わずもがな、先の戦闘のシャープシューターのようにギャラクシーを抱えて戦闘する、ということか。だがアンスは沈痛な面持ちで目をそらした。

 

「ん? 何か問題があるのかい?」

「大佐………残念ながら六機の紋章機と合体して完成する『究極! 銀河天使ロボ・ギガギャラクシー』は無理でした」

「………いや、そんな計画まであったの?」

「はい。最初はかなり本気でした」

 

 これも技術者の性なのだろうか。タクトは何も追求しないことにした。もし問い詰めれば、きっと取り返しのつかない大問題へ発展する。そんな気がしたのだ。

 

「さて。じゃあ俺はそろそろ部屋に戻るよ」

 

 とりあえず話すべきことは話したし、ちとせもエンジェル隊とうまく打ち解けているようだった。こっちで心配することはないだろう。

 ラウンジから出て行くタクトの背中を、ヴァニラがじっと見つめていた。彼には彼の事情がある、ということは分かっている。だが久しぶりに再会したのだからもう少し側にいたいのだ。

 

「あれ? ヴァニラ、どうしたの?」

「ミルフィーユさん………何でも―――――」

「ないわけないでしょ。まったくタクトもタクトよ。ヴァニラ置いてっちゃうんだから」

「? ランファ先輩、どういうことでしょうか」

 

 とりあえず名前を呼ぶに際して『先輩』をつけることでちとせは納得したらしい。ただここに至るまでにいったいどれほどの論争が繰り広げられたか。

 それはさておき、すべてを悟ったらしいランファはどこからともなく『どさどさどさっ!』と分厚い本を何冊もテーブルの上に積み上げた。そのタイトル、「これで決まり! 彼氏のハートをつかむ百八手」「男を落とす決め台詞ベスト100」「貴女だけに教えます。恋愛成就の秘訣」などなど。

 ランファはそのうちの何冊かをおもむろに開くと、

 

「ふむ………よし分かった!」

「早いな、おい」

 

 フォルテのつっこみも気にせずランファはつらつらとピックアップした内容を読み上げていく。

 

「ラ、ランファ?」

「まあ、確かに効果はありそうですわね」

「ちょっとやりすぎじゃないか?」

「これはおちおちしていられません……」

 

 真剣な表情で悩むちとせはさておき、ヴァニラはいまいちその内容が理解できなかったらしい。再度説明を頼むとランファはにやりと笑ってこう言った。

 

「分かりやすくまとめると………夜這いよ、ヨ・バ・イ! キャーッ!」

 

 一人赤くなってくねくね踊りだすランファ。その気持ち悪いことと言ったらろくろ首もかくやの動きである。

 それとは打って変わってヴァニラは辞書で夜這いの意味を調べていた。しばらくするとぴたりとその手が止まり、そして徐々に頬が紅潮していく。

 

 くらっ………どたっ

 

「ヴァ、ヴァニラ!?」

「しっかりしろ! 誰か、誰か担架!」

 

 

 

 

「くっ………おのれエルシオールっ」

 

 ダークエンジェルのコックピットでカミュは一人、渦巻く憎悪を吐き出していた。彼の仲間であるヘルハウンズの四人は、ある敵と遭遇した折に全員戦死してしまっていた。エルシオールとの追撃戦で上官のシェリーが死亡し、戦線を離脱して本隊と合流する途中のことだった。

 あの敵―――――漆黒の人型はすれ違いざまに四機のダークエンジェル(当時、紋章機と拮抗するだけの能力を誇っていた)を一瞬で斬り捨てた。仲間たちは脱出する間もなく爆発に飲み込まれた。そして今回もまた偶然にも人型によって阻まれた。

 

「ぐぅううぅぅぅっ! 許さない、許さないぞっ!」

 

 憎しみがすべてを塗りつぶしていく。

 屈辱。殺意。憎悪。絶望。嫉妬。あらゆる負の感情がカミュを支配していく。

 もはや手段は選ばない。自分ひとりでエルシオールを沈め、エンジェル隊もろともあの人型を葬り去る。それが散っていった同胞たちと上官への手向けとなるのだ。

 だが力が足りない。憎き敵を焼き尽くすだけの力が。

 

 力を望むか? すべてを滅ぼす力を………

 

 甘く誘う脳裏に響く。

 カミュが顔を上げると、そこには巨大な闇があった。

 

 

 ◇

 

 

「ヴァニラ、大丈夫?」

 

 ヴァニラが目を覚ますと目の前にはタクトの顔があった。体をふかふかの布団が包み込んでいる。どうやらここは医務室のようだ。

 

「タクト、さん………」

「風邪かな。まだ顔が赤いし」

 

 言ってタクトはヴァニラの額に自分の額をくっつけた。ほんのりとヴァニラの匂いと熱が伝わってくる。

 自分の行動がどのようなものなのか、たまにタクトは分かっていないことがあるがそれがまさにこれだった。

 ヴァニラはそれでも頑なに起き上がろうとする。

 

「あ、あの。タクトさん、もう大丈夫……です」

「だめ。もう少し休むこと。ヴァニラはすぐ無理するから。寝るまで俺はここにいるからな」

「分かりました………タクトさん」

 

 もう一度ベッドに横になるとヴァニラはきゅっとタクトの手を握った。

 

「タクトさん」

「うん。俺はちゃんとここにいるから、安心していいよ」

「はい……」

 

 そうしてヴァニラが小さな寝息を立てるころ、タクトもその手を握ったまま浅い眠りの中へ――――――――

 

 

 そして医務室の扉の影から中の様子を伺う一人の少女……

 

「マイヤーズ大佐………」

  



第七回・筆者の必死な解説コーナー

 

ゆきっぷう「みなさんこんにちは。ゆきっぷうでございます。さて今回はゲストにタクト・マイヤーズ大佐をお迎えしてあの怪しげな機体こと『ギャラクシー』を徹底解説! ついでにそこら辺に転がっている疑問も一つ、二つと解決しちゃいますよ!?」

 

タクト「それはいいんだけど、何で一年そこらであんな新兵器がポンポン出てくるんだ? いくらなんでも異常だろ?」

 

ゆきっぷう「知ってのとおり白き月はロストテクノロジーの中でも軍事技術の宝庫だからな。エオニアの戦乱以降、白き月の調査が進んだことで研究開発に大きな影響を与えたのさ」

 

タクト「なるほど。それが人型機動兵器『エンブレム・モジュール(通称EM)』の生まれる要因になったわけか」

 

ゆきっぷう「そうなるね。じゃあ本題の『ギャラクシー』の解説を始めよう。じゃあよろしく、タクト君」

 

タクト「お、俺!? 分かったよ、しょうがないな(おもむろに設定資料を取り出す)

 相変わらず下手な絵だけどそれはこの際置いておくとして。これがトランスバール皇国宇宙軍正式採用の人型機動兵器エンブレム・モジュール(通称EM)のエクストラシリーズ一号機『ギャラクシー』。形式番号はEMX01G。エンジェル隊とエルシオールの指揮を最前線で行うことを目的に極秘裏に開発されていたもので、約一年で完成に至ったんだけど……まず人型機動兵器に関するノウハウがまったくなかったことと、テストパイロットなどの運用に必要な人材がいなかったため当初その計画は難航。でもまあ、白き月から発見された数々のデータからその不足分を補うことで問題は解決したわけだ。とくに白き月のプラントが一部ではあるが復旧したことが最大の要因だね」

 

ゆきっぷう「とはいってもパイロットがいなければ宝の持ち腐れ。そこでシヴァはエンジェル隊の指揮官であるタクトを特訓による特訓で無理矢理パイロットに仕立て上げることにしたのだー。おかげで彼の休暇は三日で終了」

 

タクト「ああ、おかげさまでね。さてギャラクシーについての詳細だけど、まず動力源はクロノ・ツインエンジンと呼ばれる、クロノ・ストリングスエンジンを劇的なまでに小型化させたものを使っている。最大の特徴として背部の“HSTL(超高速戦術情報制御)ユニットが挙げられるな。これはエンジェル隊の指揮に使われていた既存の高速指揮リンクシステムを小型化・高効率化したもので、機体が戦闘中でも従来通りの情報管制能力を発揮できるそうだ。この指揮システムを組み込んだことにより機体のペイロードをほとんど埋め尽くしてしまったため、固定兵装は二本のビームセイバーのみ。まあ、何もないよりかはマシかな。他にレーザーライフル二丁と大型実シールドを携行し、そしてシールドには大出力のハイパー・ビームセイバーが内蔵されている。ところでゆきっぷう、一つ聞いてもいいかな」

 

ゆきっぷう「ん、何さ?」

 

タクト「なんだっけ、あの『ヴァニラに会いたくてどうしようもない病』。こればっかりはどうしようもないのか?」

 

ゆきっぷう「ふっ、この色男め」

 

タクト「言わせたのはそっちじゃないか!」

 

ゆきっぷう「そもそも『ヴァニラに会いたくてどうしようもない病』は恋煩いの一種でな。一度発祥すると欲求を解決するまで微熱とともに頭痛、動悸、息切れ、関節痛といった症状が続く。体力も非常に低下するためほかの病気を併発しやすく、中世ではこれにかかると最悪死に至ることもあったらしいぞー。怖いね、ああ怖い」

 

タクト「そんな真面目に説明しなくても……」

 

ゆきっぷう「何を言っている。これからはもっと“むふふ”で“どろどろ”な昼ドラ的展開が待っているのだぞ? もっとうれしそうな顔をしろ」

 

タクト「勘弁してくれ」

 

ゆきっぷう「そう言うな。両手に花だぞ? 絶倫超人だぞ? 男のロマンもとい甲斐性じゃないか」

 

タクト「それ違う。絶対に違う。頼むから違うことにしろ。いやそうしよう、今すぐに」

 

ゆきっぷう「ま、気にするな。では皆さん、ごきげんよう」

 

タクト「お願いだからスルーするなぁぁぁぁっ!」

 

ノーマッド『すべてはここから始まる。それは輝く天使たちの物語。新番組、銀河天使ロボ・ギガギャラクシー! 第一話「悪魔、襲来」。ヴァニラさんが出ますよー、皆さん見ないと不幸になりますよー』

 

タクト「突然現れるな、デマを流すな、引っ込んでいてくれっ!」

 

ゆきっぷう「ちなみに次回は普通に銀河天使大戦、第二章三節です。ご安心ください」

 

タクト「もう勘弁してくれ」




タクトとヴァニラの思った以上の再会シーン。
美姫 「まさかタクトがあそこまでやるとはね〜」
まあ、久し振りの再会だったしな。
にしても、今後の展開が楽しみ。
美姫 「両手に花とか?」
うんうん。あの最後のシーンで医務室を除いている少女とかが楽しみだよな。
美姫 「本当に、次回が待ち遠しいわね」
次回も非常に楽しみに待ってます!
美姫 「それでは、また次回で〜」



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